2021年01月15日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(6)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-

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(4) 全体的な評価
公平でない競争条件は、上記で見たように、LTG措置と株式リスク措置の異なる適用から生じる。不平等な競争条件は、措置自体が国内市場を差別化する結果にもなり得る。ソルベンシーⅠのような最小調和システムからソルベンシーIIのような最大調和システムへの過渡的なケースでは当然のことである。TTPとTRFRの移行調整はソルベンシーⅠの評価規則を参照して計算される。これらの規則は調和されていないため、加盟国間で異なる可能性があり、各国市場間で異なる量の技術的準備金と異なる割引率をもたらす。したがって、同一の責任及びリスクを有するが異なる加盟国に所在する2つの会社は、TTP又はTRFRを適用する場合、異なる技術的準備金を有することができる。

昨年と同様に、2019年においても、大多数のNSAsは、VA、MA、DBER、TRFR、TTPがポートフォリオの移転、合併、買収の数に与える影響を確認しなかった。あるNSAは、LTG措置がポートフォリオの移転、合併、買収に影響を与える可能性があると述べた。買い手と売り手の間の交渉では、保険会社が負債の削減を可能にする措置を適用できるならば、買い手は保険会社の株式に対してより多く支払うことをいとわない。即ち、負債の移転に必要な資金が少なくて済む。VAを適用する際には、参照ポートフォリオとの整合性を高めるために、資産のリスク・プロファイルが上昇する可能性もある。参照ポートフォリオとの整合性を高めることは、自己資本のボラティリティを低下させ、株主の観点からも価値を創出すると考えられるが、資産リスクの増大は契約者の観点からは有益ではない。別のNSAは、TTPを適用している会社の移転、合併又は買収の場合、対象会社の保険契約者に対するマイナスの影響を考慮して控除の移転を認めないと概説した。
 

4―LTG措置等の金融安定性への影響

4―LTG措置等の金融安定性への影響

1|調査概要
ソルベンシーII指令第77条第3項(j)によれば、LTG措置と株式リスク措置のレビューは、金融安定性に対する措置の効果を分析しなければならない。その目的のために、EIOPAはNSAsに、金融の安定性に関連したLTG措置に関する彼らの経験について尋ねた。
2|調査結果
(1) MAとVA
4つのNSAsは、2019年について、市場環境が依然として安定しており、信用スプレッドは全体的に比較的低い水準にとどまっていたため、予想されていた通り、MAとVAによる金融安定性への影響はなかったとしている。このように、MAとVAは2019年にはあまり変化せず、大きな影響はなかった。

対照的に、この状況は2020年の最初の数ヶ月の間に変化した。8つのNSAsは、VAが2020年前半に金融の安定性に関連した影響を及ぼしたことを概説している。あるNSAは、金融安定性に対するMAのプラスの影響を確認した。
(2) オーバーシュートVA
あるNSAは、VAを適用することは、比較的長期の負債と比較的少ないそして比較的よりリスクのない債券投資を行っている会社にとって、2020年上半期の自己資本にオーバーシュートの影響を与えたとコメントした。スプレッドが拡大した場合、それらの会社によるVAの適用は、それらの投資における価値の減少よりも技術的準備金の評価の大幅な減少を意味する。そのため、信用スプレッドが拡大すると、これらの会社の自己資本が増加する。
(3) 単一ユーロ圏内の国に影響を与えるスプレッド拡大の場合のユーロVAの動き
ユーロ圏のVAに関して、別のNSAは、地域の1つの国に影響を与えるスプレッドの拡大の場合、全てのユーロ圏の国に影響を与える技術的準備金のボラティリティ、自己資本及びソルベンシー比率に関して、いくつかの望ましくない影響が観察される可能性があるとコメントした。これらの影響は、昨年の報告書で既に説明されているが、イタリア国債のスプレッドの拡大によって引き起こされ、2019年前半に継続した。
(4) TTP
2つのNSAsは、TTPがソルベンシーIIへの円滑な移行を支援し、保険市場の耐性力を強化しているとの回答をした。

(5) 株式リスクの対称調整
あるNSAは、株式リスクの対称調整は、2019年にはその規模がごくわずかであったにもかかわらず、金融の安定性にプラスの影響を与えると回答した。別のNSAは、2020年前半の対称調整の肯定的な意味を概説した。

(6) 補外
あるNSAは、ユーロの補外の現在のパラメータ化は技術的準備金の価値を安定させると回答した。別のNSAは、技術的準備金の評価は安定しているかもしれないが、現在のパラメータ化のために自己資本の量は不安定になるかもしれないとコメントした。自己資本の金額が安定しているかどうかは、金利ヘッジ及びキャッシュフローマッチングの程度によって異なる4。このNSAはまた、期間構造が十分に現実的ではなく、技術的準備金が低すぎるため、規制上の自己資本が増えるためにリスクを増大させ、金融安定性に悪影響を与える可能性があると概説した。
 
4 LLP(Last Liquid Point:最終流動性点)を超えた負債のキャッシュフローと大部分マッチしている会社は、LLPを超えた負債のキャッシュフローとあまりマッチしていない会社よりも、自己資本のボラティリティが高くなる。これは、現在のパラメータ化が技術準備金の評価の目的でのみ金利のボラティリティをLLPを超えて減少させる一方で、市場価値が利用可能な資産の価値はLLPを超えた市場金利のボラティリティに完全に敏感なままであるという事実によって説明できる。自己資本のボラティリティを最小限に抑えるキャッシュフローマッチングの量は、他の側面の中でも、LLPを超えたキャッシュフローの相対量、及びリスクフリー金利期間構造のレベルと形状によって異なる。大部分がマッチしている会社は、例えば、より遅いLLPのような異なるパラメータ化で自己資本のボラティリティが低くなる。比較的少ないマッチしかしていない会社は、より遅いLLPの場合、自己資本のボラティリティが高まることになる。
 

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、EIOPAの報告書の第2のセクションに記載されているLTG措置や株式リスク措置が直接的に会社の財務状況に与える影響以外の項目のうち、「消費者及び商品への影響」、「EU保険市場における競争と公平な競争の場への影響」及び「金融安定性に与える影響」について報告した。

具体的には、2019年の報告書では、2018年の報告書と同様に、約半数の国・地域で、長期保証付きの伝統的な生命保険商品の利用可能性が減少及びユニットリンク契約の利用可能性の増加を観測した。昨年この傾向を観察した全ての管轄区域は、この傾向は今年も続いていると回答している。

ただし、昨年と同様に、大多数のNSAsは、長期保証付き商品の入手可能性の現在の傾向が消費者保護の問題を引き起こしていないことを認めている。

一方で、EU保険市場における競争と公平な競争の場への影響については、EU各国の監督当局等でのLTG措置等の具体的な適用基準の差異や移行措置によるソルベンシーIの影響の存在等から、同一の財務状況下にある会社間で比較可能な形での整合的な取扱が行われておらず、不平等な競争環境が生じる可能性があると指摘されている。

また、金融安定性への影響は、措置毎にその意味合いは異なっていることが報告されている。

今回のEIOPAによる報告書は、ソルベンシーIIがスタートして4年間を経ての数値や状況に基づく5回目の報告書となっている。EIOPAはこれらの報告書等で得られたLTG措置及び株式リスク措置の適用状況等も踏まえて、2020年12月3日に、ソルベンシーIIの2020年レビューにおける技術的助言に関する最終意見書を公表5している。

これらの最終意見書で分析及び報告されているように、現行のLTG措置及び株式リスク措置については、多くの課題等が指摘されてきている。これらの課題等については、必ずしも今回のレビュー等で全面的に解決されるわけではなく、さらなる実態等を踏まえて引き続き継続的に検討が必要になってくるものも含まれているものと思われる。その意味では、こうした実態を観察していくためにも、EIOPAによるLTG措置や株式リスク措置に関する報告書については、今後も継続されていくことが望まれることになる。現在のEIOPAの計画では、今回の報告書が最後のものと位置付けられているようであるが、この点についての見直しが行われることを期待したい。

いずれにしても、ソルベンシーIIのLTG措置や株式リスク措置については、関係者の関心が極めて高い領域であることから、それらの適用の実態やこれらの見直しについての今後の動向については、引き続き継続的に注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2021年01月15日「保険・年金フォーカス」)

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【EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(6)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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