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シニア世代が暮らしやすいデジタル社会を(中国)-「健康コード」の‘成功’が広げるデジタル・デバイド
保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき
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1――「健康コード」の‘成功’が広げるデジタル・デバイド(情報格差)
しかし、この‘成功’が、皮肉なことに、シニア世代(60歳以上の高齢者)を社会や慣れ親しんだ生活から一気に疎外してしまうとしたらどうであろうか。つまり、国の施策が、図らずもデジタル・デバイド(情報格差)1を拡大させてしまうという状況だ。
例えば、高齢者の生活の一部である通院の問題。通いなれた病院に行こうとしても、健康コードが必要であるがゆえに、それが緑でなければバスにも地下鉄にも乗れない。病院に着いても事前に診療をネットで予約をしていなければ受付をしてもらえない。治療費の支払いはスマホ決済と言われても、最後まで操作がおぼつかない。病院から帰っても、住んでいるマンションの入り口で健康コードのチェックがある。外出するには、スマホの操作に長けた子女や孫が一緒でないと不便、となると外出も控えかねない。高齢者が単独で行動しようとすると、様々な「入口(ゲート)」で立ち往生してしまう、もしくは拒否されてしまうという状況が社会の関心を集めるようになった。このような現象は、新型コロナ感染拡大期で自宅に籠っていたときよりも、日常の生活を取り戻し始め、出かける機会が増えたアフターコロナの状況下での方が顕著だ。
1 総務省『平成23年版情報通信白書』によると、「デジタル・ディバイドとは、「インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差」のことをいう。具体的には、インターネットやブロードバンド等の利用可能に関する国内地域格差を示す「地域間デジタル・ディバイド」、身体的・社会的条件(性別、年齢、学歴の有無等)の相違に伴う ICT の利用格差を示す「個人間・集団間デジタル・ディバイド」、インターネットやブロードバンド等の利用可能性に関する国際間格差を示す「国際間デジタル・ディバイド」等の観点で論じられることが多い。」としている。2019年の国際連合(UN)による「The Age of Digital Interdependence Report」のように、近年、世界的な協力も重視されている。
2――新型コロナ感染拡大期を含む2020年前半は、50代のネットユーザーの構成比が前年同期の2倍、60代は1.5倍に急増
「中国インターネット状況発展統計報告」から、直近3年間のネットユーザーの年齢構成の推移をみると、2020年6月は、1年前と比較して、50代、60代以上のユーザーの構成比が急増していることがわかる(図表1)。2020年6月時点で、30代までの世代が全体の58.6%と全体のおよそ6割を占めているのは、デジタルネイディブ世代であり、そもそも使用率が高い点が挙げられる。直近3年間でみると、構成比として増加しているのは40歳以降のユーザーで、新型コロナ発生以降、50代の構成比は1年前のほぼ2倍、60代以上は1.5倍に急増している。60代以上については、2019年6月時点でネットユーザーの構成割合が6.9%、総人口に対する割合が17.9%(2018年末時点)2であり、その差は11.0ポイントであった。一方、2020年6月では、前者が10.3%、後者が18.1%(2019年末時点)とその差は7.8ポイントまで縮小し、60代以上の高齢者層のネット利用が急速に進んだことがわかる。
2 中国では60歳以上を高齢者としている。高齢化率は中国国家統計局の発表に基づいている。
3――孫とWechatで話せても、ECでの返金手続きなど、操作が少し複雑となると最後までできない
しかし、高齢者の場合、操作の過程で何かしら問題が発生した場合、その問題を放置してしまったために生じる損失金額がそれほど大きくなければ、半数の50%が「めんどう」、「操作できない」として、操作を諦めてしまうという。ネット上の操作において高齢者からの問い合わせで多いのが、返金・商品返送手続き(42%)、商品関連(17%)、配送(16%)、決済(8%)、アカウント関連の操作(5%)などとなっている。高齢者のネット利用が増えたとしてもその利用範囲は限定的で、デジタル・デバイドが大きく緩和されているというわけではないようだ。
このような状況に対して、アリババ・グループは、2018年以降、ネットショッピングのタオバオ上で、家族がアカウントを共有できるようにして、高齢者のサポートを家族間でできるようにした。更に、2019年には、決済機能であるアリペイ上に高齢者がよく使う機能を集約し、文字を大きくして高齢者本人が使いやすいよう工夫したアプリも開発している。また、シニア大学として、スマホの安全な使い方や基礎的な機能の使い方などのレクチャーも実施している。このような取り組みから、2020年上半期は、上掲の高齢者向けアプリへのアクセス数が、前年同期比でおよそ7倍に増加した。アリババは11月26日、「小綿襖プラン4」を発表し、高齢者専用のホットラインの設置や、高齢者が予約をすれば受けられる1対1の使い方のレクチャー(電話)、詐欺被害防止の動画配信など、今後、高齢者へのサポートを更に強化していくとしている。
3 阿里雲「阿里発布《老年人数字生活報告》:一半老年人網購遇難題選択放棄」(2020年10月28日)
4 小綿襖とは、中国で主に冬に着る綿入りの上着。高齢者に寄り添った温もりのあるサービスプランの意。
4――国も乗り出した、高齢者を包摂するデジタル社会の構築
基本方針は、高齢者のために、既存の‘人’を介したサービスを一定程度維持しつつ、段階的にオンラインサービスとの融合をはかっていくというものである。計画としては、2021年までに、外出(交通機関)、診察、消費、娯楽、行政手続きといった高齢者の利用が高い分野について、日常的にオンラインサービスを利用できるよう取り組むとしている。更に、2022年までには、高齢者の円滑なオンラインサービスの利用率を更に引き上げるべく、デジタル・デバイドの解決に向けた基本的な体制を整えるとした。
例えば、重点分野のうち、「診察」については、診察予約の多様化をはかり、オンラインでの予約のみならず、電話、病院の窓口での受付を維持し、家族や友人、家庭医など代理による予約も可能とするとしている。また、医療費の支払いについては現金での支払いを維持し、窓口での人による問い合わせ対応なども残すよう指示している。一方、オンライン診療や問診については、手続きのフローを簡略化し、音声での案内や問い合わせができるように工夫をするよう求めている。一方、高齢者の日常的な健康管理については、健康アプリもさることながら、居住地域や家庭医、家族による見守りを強化し、健康状況のモニタリングや薬の配達など、地域を巻き込んだ取り組みを行うよう指示している。
国がデジタル社会の構築を強く推進すれば、その歪みは情報弱者であるシニア世代に表われる。その歪みをITのみではなく、高齢者が慣れ親しんだ地域や人を介した既存のサービスというアナログな方法と掛け合わせて解決するのが重要であろう。高齢者はネット上で薬や、健康食品、生鮮食品といった生活用品の購入に加えて、孫や子供向けの商品購入も多いという。民間の事業者側としても、高齢者向けの消費市場とそれに付帯する孫向け消費市場といった需要の掘り起こしも期待できる。
ただし、当のシニア世代が本当に必要としているサポートは、アプリの分かりやすさや使いやすさではないのかもしれない。アリババのコールセンターで、丁寧なサポートをしてくれるオペレーターに対して、高齢者から最も多く寄せられた言葉が、「私の子供があなたみたいに我慢強ければよかったのに」らしい5。本当は、この言葉が一番真理を突いているのであろう。
5 脚注3参照。
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03-3512-1784
(2020年12月18日「基礎研レター」)
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