2020年12月18日

英国金融政策(12月MPC)-中小企業向け流動性支援策の延長決定

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:資産購入策は変更なし、TFSMEの延長に合意

12月16日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、17日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
・政策金利を0.1%で維持(変更なし)
・国債および投資適格級社債の購入を総額8950億ポンドまで実施する(変更なし)

【議事要旨(趣旨)】
TFSMEの6か月間の延長に合意する(21年4月末から21年10月末までに延長)
英国の行動制限は予想以上に強く、21年1-3月期の経済活動への重しとなる見込み
EUとの新たな貿易協定への移行はGDPに負の影響を与えると判断された
貿易協定が合意に至らなかった場合、為替レートは下落する可能性が高く、11月時点の見通しよりもインフレ率は上昇し、GDP成長率は低下する可能性が高い

2.金融政策の評価:金融政策は拡充されたが、経済の不透明感は続く

イングランド銀行は、今回のMPCでは主要な金融政策手段については変更しなかった。ただし、議事録の中でTFSME1(中小企業支援向け流動性供給策)の6か月延長が議論され、合意されたことが明らかになっており、市場にも通知されている。

新型コロナウイルスの感染が続く中、前回決定した資産購入策の拡充に続き、流動性供給も延長した形となった。

今回のMPCでは、足もとの新型コロナウイルスの感染拡大状況や封じ込め政策の状況が、前回11月時点の見通しより若干経済の下押し圧力となっていること、一方で、ワクチン普及へのニュースが下方リスクを軽減させていることなどが議論されている。

来年初からのEU離脱後貿易については、そもそも3割近い企業が十分な来年に向けた準備ができていないために、短期的な混乱が発生する可能性が高い点を認めている。さらに、前回11月にも議論されていたが(貿易協定の)合意なし離脱になった場合は、ポンドの下落を通じたインフレ率の上昇や成長率の低下が発生する可能性を再確認している。

英国は、新型コロナウイルスのワクチン接種が開始される一方で、足もとでは感染拡大第2波へ対応するために引き続き強めの封じ込め政策を講じている。加えてEUとの通商交渉も決着がついていないことから、議事録で指摘されているように、経済の先行きについては他国と比べても引き続き不透明感が強い。

イングランド銀行は、前回と今回でコロナ禍対応としての緩和策を拡充しているものの、下方リスクが意識されやすい状況が続くだろう。
 
1 Term Funding Scheme with additional incentives for Small and Medium-sized Enterprisesの略、参照期間が設定されており、この期間中の純貸出の増加量に応じて利率が優遇される。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
    • 委員会は現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した
    • 政策金利(バンクレート)を0.1%で維持する(全会一致で決定)
    • 投資適格級の非金融機関社債で200億ポンドの保有を維持する(全会一致で決定)
    • 現行の政策下での国債の1000億ポンドの購入を続けるとともに、前回決定した1500億ポンドの国債追加購入を開始し、総額8750億ポンド購入する(全会一致で決定)
    • 資産購入額の総額は8950億ポンドとなる
       
  • 11月のMPRは10月に公表された行動制限強化を前提に、8月よりも広範囲にわたってパンデミックが消費の重しになると見ている
    • また、この見通しでは英国が単一市場・関税同盟を抜ける来年初から速やかにEUとのFTAに移行できるという想定を置いている
    • この前提の下で、GDPは20年10-12月期に減少したのちに、行動制限が解除されるに伴って回復する見通しである
    • 失業率は生産力余剰に沿う形で大きく上昇したのち、緩やかに減少する見通しである
    • 市場金利を前提にすれば、CPI上昇率は2年以内に2%前後に達する見通しである
       
  • 11月のMPR以降の主要な情報は、いくつかのワクチンにおける治験結果の成功と来年前半における広範囲での普及計画である
    • これは、委員会が前回特定した経済見通しの下方リスクを軽減させるだろう
    • 金融市場および企業や消費者は将来の英国・世界経済の見通しに前向きに反応した
       
  • しかしながら、最近の世界経済はCovid感染者の増加と行動制限の再実施に影響を受けている
    • 20年10-12月の世界経済成長率は、11月時点のMPR見通しより弱くなるだろう
       
  • 英国経済の短期的な見通しは、11月時点のMPR見通しと概ね一致している
    • 英国のGDPは10月に+0.4%上昇したが、19年10-12月期の水準を8%下回っている
    • 新型コロナ感染者と封じ込め政策にもかかわらず、経済活動は予想より強かった
    • しかし、これらの封じ込め政策の後に導入された行動制限は、11月時点の想定よりも強く、予想以上に21年1-3月期の活動への重しとなるだろう
    • ワクチンの普及が、どれほど速やかに家計や企業の行動を変容させるかはやや不透明だが、これは段階的な行動制限の解除と経済活動の再開を支えるだろう
    • 2020年歳出見直し(Spending Review 2020)での追加財政出動は21-22年のGDPのピークを1%程度押し上げるだろう
       
  • 労働市場の状況は解釈が難しい
    • 労働力調査基準の失業率は、8-10月平均で4.9%まで上昇したが、他の指標は労働市場の弛み(slack)が失業率以上に増加していることを示唆している
    • 今後数四半期にわたって失業率はさらに上昇するだろうが、雇用維持政策の延長が短期的な失業率上昇を大幅に抑制している可能性が高い
       
  • CPI上昇率は10月の0.7%から11月には0.3%まで低下し、この声明と同時に公開された中銀総裁から財務相への書簡2のきっかけにもなった
    • 最近のインフレ率の弱さは新型コロナウイルスが経済に与えている影響を直接・間接的に反映している
    • インフレ率は、今年前半のエネルギー価格下落やVATの影響が解消することで、春に目標に向かって大きく上昇するだろう
       
  • 経済見通しにはかなりの不確実性が残る
    • 感染拡大の進展と実施される公衆衛生保護策、およびEUと英国の間の新たな貿易協定の種類や移行方法に依存する
    • また、家計、企業、金融市場がこれらの進展にどのように反応するかにも依存する
       
  • MPCは引き続き状況を注視する
    • インフレ見通しが低下すれば、MPCは目的を達成するために必要な追加策を用意する
    • MPCは生産力余剰の解消と、2%のインフレ目標の安定的達成への著しい進展についての確証が得られるまでは、金融政策を引き締めるつもりはない
 
  • 委員会は今回の会合で、現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した
 
2 インフレ率が目標から乖離した理由と今後のインフレ見通し、インフレ目標を達成するための金融政策手段について説明する書簡(インフレ率が目標(2%)から1%以上乖離した場合に公開が要求される)。

4.議事要旨の概要

議事要旨の概要(上記金融政策の方針以外の部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り。

(国際経済)
  • 最近の新型コロナ感染症と行動制限の再実施が、ユーロ圏と米国の広範囲で経済活動への重しとなっている
  • 中国経済は回復を続けている
    • ただし、コロナ禍前に予想されていた経済の活動水準よりはやや低い
  • 中国以外の新興国では、夏よりはペースが鈍化しているが、回復が続いている
    • 感染者数の状況は地域で異なり、ロシアとトルコでは感染者が急増し行動制限を再実施しており、インドでは感染者が減少している

(金融環境)
  • ワクチンに関する良いニュース、米国大統領選挙の不透明感の後退が世界的にリスク性資産の価格を押し上げた
    • 英国の資産価格の動きは、英国とEUの貿易交渉の進展も反映している
  • 株価は主要先進国・新興国のいずれでも上昇、高利回り債と投資適格債のスプレッドはいずれも過去の動きと比較して大きく減少した
    • 株価は新型コロナウイルスの感染拡大の被害が大きいと見られていた英国およびユーロ圏で顕著に上昇した
  • 英国の市場観測の政策金利パスは11月のMPCと比較してほとんど変化がなかった
    • OISの谷からは、2022年上半期までに政策金利の0.1%の引下げが示唆されている
  • 為替相場の不確実性を示す数か月先のオプションインプライドボラティリティは11月MPCよりもやや上昇し、これまでの英国離脱(Brexit)の準備期間よりも高い

(需要、生産、通貨、信用)
  • 12月のGDP成長率は11月時点の見通しより弱くなると見られる
    • 11月時点の見通しは、イングランド全域でのロックダウンが終了した後は、10月中旬程度の行動制限が課されると想定していた
  • 消費の一部は住宅市場の回復力の強さに支えられているが、いつまで続くかは不透明である
  • DMP調査によれば、約70%の企業がEUとの貿易にむけた準備を終えている、もしくは終える予定であるとしている
    • 準備状況に関わらず、ほとんどの企業が短期的には重大な混乱が起きると予想していた

(供給、費用、価格)
  • ONSの速報値では、11月の雇用維持政策(CJRS)の利用者は340万人に上昇したものの、11月時点の見通しはやや下回った
  • 週平均賃金は11月時点の見通しより強い伸びとなった
    • この要因の一部は、CJRS利用者が仕事に復帰したこと、失業が低賃金従業員に偏っているという影響が反映されている可能性が高い

(当面の金融政策決定)
  • (金融政策の方針は第3節に記載の通り)
  • 12月16日時点で資産購入規模は7430億ポンドに達し、3 月19 日および6 月18 日に公表された資産購入策3000億により、2990億ポンドが増加した
    • このうち100億ポンドが非金融機関の投資適格級社債にあてられた
  • 委員会はTFSMEの6か月延長について議論した
    • これは貸出の利用申請期間、優遇金利適用のための参照期間のいずれの延長も含んでいる
    • これは2020年3月の導入当初の目的と整合的であり、TFSMEは引き続き実体経済への貸出に対するインセンティブ付与、厳しい資金調達環境への保険を提供し、支援する
  • 各国のワクチン普及には時間がかかり、行動制限解除のタイミングに影響を及ぼすだろう
  • 委員会は英国のコロナ禍での経済活動の落ち込みが米国や多くのユーロ圏の国と比較して大きいことに関する妥当な理由について議論した
    • 大きな違いはウイルス流行の状況に依存している
    • 一部は医療・教育部門におけるサービスの測定方法に関係している
    • 英国では、娯楽・接客・観光などの社会活動支出が他国と比較して大きく落ち込んでいるように見られ、これは移動量の低下と、より感染リスクに対して慎重に行動していることが関連していると考えられる
    • 英国の第1波後の移動量の回復は、他国よりもゆっくりであり、水準も低かった
    • 英国の労働者は主要なユーロ圏各国よりも職場復帰が遅かったようである
    • しかし、個人的な選好、在宅勤務の方法、特にロンドンなど通勤を公共交通機関に依存する割合、といったものがどの程度反映されているかは不透明である
  • 英国のEUとの新たな貿易協定への移行はGDPに負の影響を与えると判断された
    • 一部の企業、特に中小企業は、来年以降のEUとの貿易協定の変更について、十分に準備ができていない可能性がある
    • 少なくとも短期的な混乱は発生する見込みである
  • 貿易協定が合意に至らなかった場合、為替レートは下落する可能性が高く、11月時点の見通しよりもインフレ率は上昇し、GDP成長率は低下する可能性が高い
    • 大きな生産余剰がある状況での合意なし離脱であるから、委員会の一時的なインフレ率の上昇乖離(overshoot)への許容度は高まっている
    • 中期的なインフレ期待が引き続き固定さていることが確認できる点も重要だろう
  • 委員会は資産購入策から発生する21年1月の償還70億ポンドに関連する再投資を実施することに合意した
  • 委員会は、TFSMEの6月の延長に合意した
    • 利用期間は従来の21年4月末から21年10月末までに延長される
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年12月18日「経済・金融フラッシュ」)

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