コラム
2020年11月19日

コロナ禍のウィーン・フィルの来日公演について

中村 亮一

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はじめに

クラシック音楽のファンにとって、この秋の最大のイベントの1つは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ウィーン・フィル)の来日公演だっただろう。コロナ禍の中で、多くの人が公演は実現しないだろうと思っていたと推測されるが、見事に日本での8回の公演を無事終了して帰国していった。

実際に、私自身もとても来日公演は無理だろうと思っていた。そもそも、ウィーン・フィルは、ほぼ毎年ないしは1年おきに来日しているので、今年は無理だとしても来年以降のチャンスもあるということで、今年の来日公演のチケットは購入していなかった。

一方で、11月5日に最初の公演が北九州で予定されている中にあって、10月下旬のぎりぎりまで公演中止の発表がなかったので、もしかしたら開催もあるのでは、と思っていた。そうした中で、10月30日に、招聘元および主催者から来日が実現するとの発表1があった。それではということで、このような特殊な年の開催ということもあり、急遽11月13日(金曜日)のチケットを購入して、公演を聴きに行ってきた。

公演を聴いて

私が行ったサントリーホールにおける公演の11月13日(金曜日)のプログラムは、

ベートーヴェン:序曲『コリオラン』作品62  
チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 イ長調 作品33 
R. シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』作品40

で、ソリストは日本を代表するチェロの巨匠でサントリーホール館長でもあられる堤剛氏だった。なお、今回の来日公演の指揮者は、ロシアの巨匠ワレリー・ゲルギエフ氏で、ウィーン・フィルの日本公演を指揮するのは16年ぶりとのことであった。

演奏は通常通りの楽器配置で行われていた。楽団員はステージに上がって席に着くまではマスクをしていたが、演奏時には弦楽器も含めて、全員がマスクを外して演奏をしていた。これは、「ディスタンスを取った演奏は、明らかにクオリティに影響」することから、「ウィーン・フィルの響きを守る義務、楽団創立以来の意思として、常に最高の音を届けなければならない」との趣旨からのようである。

R.シュトラウスの「英雄の生涯」は、4管編成の大編成のオーケストラによる演奏が必要ということで、舞台一杯にオーケストラの団員が配置されて、いわゆる密な状態での演奏が求められることになるが、実際にそのような状態で演奏が行われていた。

また、聴衆席は全てが販売されており、ほぼ満員の状態だった。私が行った以外の他の公演日でも売切れないしはほぼ売切れの状況だったようなので、この点もいつもと変わらない状況だったといえるだろう。

さすがに、観衆はブラボー等の声を発することは許されないし、サントリーホールによる各種の感染防止対策措置が取られており、演奏会全体としては、Beforeコロナと同じとは言えないものだったが、こと演奏に関する限りは、Beforeコロナと変わらないものだった。

また、オーケストラによるアンコール曲は、J. シュトラウスII世の「皇帝円舞曲」作品437であり、まさにウィーン・フィルならではのものであった。

私自身もそうだが、聴衆の皆さんも、コロナ禍では日本でもなかなか聴けない大編成の曲やウィーン・フィルならではの曲を素晴らしい演奏で聴くことができて、心温かいものを感じるとともに、大変満足したものと思われる。

今回のウィーン・フィルの来日公演における対応

ところで、今回のウィーン・フィルの来日公演については、コロナ禍での開催ということで、招聘元および主催者が10月31日に行った発表では、感染防止措置等について、以下のように述べられていた。

今回の関係各所との調整の結果、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団として、以下を始めとする各種の感染防止措置を取ることとしております。

・チャーター機による来日
・日本入国前の陰性証明の取得 及び入国時の新型コロナウイルス検査
・貸し切りバスや新幹線号車貸し切りの利用、宿泊施設ではフロアーを分け、専用食事会場の利用等により、一般の方々との接触回避を確保すること
・滞在中は 宿泊施設 とコンサートホール間の移動以外の外出を行わないこと
・毎日の検温、コンサート時以外の常時マスク着用 といった各種衛生措置
・全員による接触確認アプリ( Cocoa )のインストール、日本において接触した全関係者の記録等の接触確認対応
・日本政府及び関連業界が定める感染防止ガイドラインを遵守した公演の実施
・その他、関連する全ての各種の感染防止ガイドラインの遵守

更に、オーケストラ独自の感染防止対策として、本年6月より行っております4 日に1度の検査 を、日本滞在中も帯同の医師の下、自主的に行います。これらの各種の感染防止措置により、皆さまに安心できる形で公演を実施できるものと確信しております。

今回のウィーン・フィルの来日公演に対する各種意見

一方で、今回のウィーン・フィルの来日公演については、各種の意見等があったようである。

まずは、他の外国からのアーティスト等の来日公演が実現していない中で、「なぜウィーン・フィルだけ特別取扱いが許されるのか」という意見である。

11月4日の会見で、加藤勝信官房長官は、「オーストリア政府からの強い要請、両国間の文化交流の重要性にも鑑み、防疫措置の確保を条件に入国公演を認めた」と述べていた。

欧州においては、新型コロナウイルスの感染拡大の第3波が到来して、多くの国でロックダウン等の厳しい感染防止措置が取られている。オーストリアも例外ではなく、11月3日から11月末まで、ロックダウンして、人々の接触や経済活動を制限している状況にある。さらに外出制限も行われて、特別な場合を除いて、夜20時から朝の6時まで外出が禁止されている。コンサートなどの文化公演も実施されていない状況にある。こうした状況を反映して、オーストリアは、日本の外務省による海外安全情報でもレベル3(渡航は止めてください。(渡航中止勧告))が発出されている国である。

それでも来日が認められたのは、「オーストリア政府からの強い要請、両国間の文化交流の重要性にも鑑み、防疫措置の確保を条件に入国公演を認めた」とのことのようである。

さらには、そもそも、今回のウィーン・フィルの海外公演は、日本だけでなく、中国や韓国や台湾を含めたアジアツアーの一環として予定されていたようだが、他の国や地域での公演はキャンセルされて、日本公演だけが実現した形になっている。「なぜ日本だけが特別取扱いが許されるのか」という意見もあったものと思われる。

これはもちろん、各国・地域の政府等の判断によるものである。日本のクラシック音楽ファンにとっては、日本とウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場とのこれまでの関係を考慮すれば、他の国や地域とは状況が異なっているのだからという思いはあるのかもしれないが、他の国や地域のクラシック音楽ファンにとっては今一つ納得できないとの思いもあったものと推測される。

これ以外にも、様々な意見等があったものと思われるが、こうした意見等を全て踏まえた上で、今回の公演が実現した形になっていた。

来日に関するウィーン・フィルからのコメント

なお、ウィーン・フィルのHPにおいては、今回の来日公演に関してのコメント2が掲載されていた。

因みに、ウィーン・フィルのHPはドイツ語と英語に加えて、日本語のバージョンがあり、このことからも、ウィーン・フィルにとっての日本の位置付けの高さがうかがい知れるものと思われる。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 日本へ 2020年

サントリーホールの友人達やオーストリアと日本の政府の並々ならぬ支援のお陰で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は日本に演奏旅行に行き、11月5日から14日までコンサートをすることが出来るようになりました。長年に渡る両国間の強い連帯により、このツアーの遂行が可能になったのです。

「世界の一流オーケストラの一つとして私達は、このような時期にこそ、このような演奏旅行が必要とされることに大きな責任を自覚しています。オーケストラはこのツアーをやり遂げるために、最も厳しい安全のための感染予防措置を受け入れ、いかなる難儀をも受け入れる用意があります。私たちは隔離状態で移動します。音楽の力とその美しさで、世界中の音楽を愛する皆様に、そして愛する日本の聴衆の皆様にも、希望を与え、光明を創り出したいのです。」

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団楽団長ダニエル・フロッシャウアー

来日時の記者会見から

また、11月4日の来日時には、ウィーン・フィルのダニエル・フロシャウアー楽団長、ミヒャエル・ブラーデラー事務局長が出席して、オンラインによる記者会見が行われた。

そこでの発言によれば、まさに「今回の日本ツアーは画期的なツアー」であり、「クラシック音楽業界だけでなく、世界中にとって象徴的な出来事」だということになる。さらに、これが「未来に向けて文化的な生活を取り戻すためのビジョンを提示するまたとないチャンス」だと述べていた。加えて、来日前に発生したウィーンでのテロ事件に関係して、「日本公演の一つを、犠牲になった方々に捧げるコンサートにしたいと考えている」と述べていた。

一方で、出発前日の検査で楽団員1名の新型コロナウイルスの陽性が判明し、濃厚接触者も含めた6名がツアーメンバーから除外されたということもあったようで、各種の感染予防対策を講じてきたウィーン・フィルといえども、新型コロナウイルスに対するリスクからは免れることはできなかったことが明らかになっていた。

最後に

今回のウィーン・フィルによる来日公演の評価については、いろいろな意見があるものと思われる。

しかしながら、このまま公演終了後2週間を経過した時点で、関係者や観客の間にクラスター等の発生を見ずにすんだのであれば、今回の来日公演は大成功を収めた、と評価されることになるのであろう。一方で、仮に何らかの問題が発生したとしても、今回のウィーン・フィルのプロフェッショナル集団としての取組と挑戦は高く評価されるべき、との意見もあるだろう。実際に、今回のウィーン・フィルの来日公演は、欧州のクラシック音楽界等でもいろいろな意味で大きな話題になっているようである。

今、日本は新型コロナウイルスの第3波が到来している。以前の研究員の眼「Withコロナ下におけるベートーヴェンの「第九」-今後の関係者の取組みに注目-」(2020.11.5)でも述べたように、ニューヨークのような欧米の主要都市では、オーケストラ活動を中止せざるをえない状況に追い込まれている。こうした中で、日本において、ウィーン・フィルという世界最高峰のオーケストラを迎えての演奏を行うことができたのは本当に驚くべきことだと言わざるを得ない。

今回のウィーン・フィルの来日公演の実現が1つの参考例となって、今後のさらなる外来公演の実現につながっていくことになるのかもしれない。一方で、今回のウィーン・フィルの来日公演が実現したのは、あくまでも、チャーター機の確保、ホテルでの完全隔離、新幹線号車の貸切り等による移動等の相当なコストをかけての感染症予防対策等を実施した上でのものだった。従って、これらの方策が、幅広く一般的なケースに適用できるかと言われると、それは難しいことであるかもしれない。ただし、それでも1つの前例をつくったということは大きな意義があったように思われる。

今回のウィーン・フィルの来日公演が、多くの方に大きな勇気と希望を与えたことは間違いない。クラシック音楽ファンの一人として、ウィーン・フィルを初めとした今回の公演の実現に向けて大変なご努力をされた関係者の皆様に対して、改めて心からの感謝と敬意を表したいと思っている。
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(2020年11月19日「研究員の眼」)

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【コロナ禍のウィーン・フィルの来日公演について】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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