2020年09月11日

ECB政策理事会-ユーロ高に言及、今後もPEPP主流に

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:政策は変更なし

9月10日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
変更なし

【記者会見での発言(趣旨)
9月のスタッフ見通しを公表、実質GDP成長率は、20年▲8.0%、21年5.0%、22年3.2%
インフレ率は、20年0.3%、21年1.0%、22年1.3%と予想

冒頭説明で為替相場に対するインフレ見通しへの影響を明示
理事会はユーロ高について議論したが、為替相場を目標にしているわけではない
PEPPの総枠を利用する方針は変更なし、拡大については議論していない

2.金融政策の評価:ユーロ高懸念に関心

前回7月に続き、今回の理事会でも市場予想通り金融政策は現状の政策を維持した。

今回は9月のスタッフ見通しが公表され、20年の成長率が若干上方修正されている(▲8.7→▲8.0)。インフレ率についてもコア部分(エネルギーと飲食料を除く総合)の21年と22年がそれぞれ上方修正(21年0.7→0.9%、22年0.9→1.1%)されており、若干ではあるが6月時点の見通しより経済状況は良好だった(コロナ禍の被害が小さかった)と評価できるだろう1

記者会見では、足もとでユーロ高が進んでいることから、冒頭説明に為替相場を注視する旨が記載されたほか、質疑応答でも為替相場に関する質問が散見された。ラガルド総裁は、ECBの責務である物価安定に影響を及ぼす要因であるとして、為替相場は直接の目標ではないが注視していく姿勢を見せた。

このあたりは、通貨安容認は否定しつつ、為替相場を政策の目標と認識される誤解も避けなければならず、回答次第で相場が大きく反応する可能性もあり、難しい応答だったと思われる2

その他はPEPPの枠拡大に関する質問も見られた。PEPPの拡大については議論していない旨を回答したものの、ECBはPEPPをコロナ禍による信用収縮(金利急騰)などのリスクや分断化リスクに対する役割から、物価上昇圧力を生むための金融緩和姿勢としての役割が中心になっている点について強調しており、(コロナ禍による)低インフレが続く限りPEPPは緩和手段の中心として利用されることを印象づけている。

今後は、少なくとも21年6月までと期限を設定しているPEPPの拡大や延長に焦点がうつると見られるが、PEPPを緩和策の主要手段として位置付けている限り、手段自体が廃止されることは当面ないと見られる。
 
1 ECBでは上方修正の要因について金融・財政政策の追加緩和効果についても言及している。
2 会見中に一時ユーロ高に振れる局面があったものの、その後は会見前と同程度の水準まで戻している。

3.声明の概要(金融政策の方針)

9月10日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • 政策金利の維持(変更なし)
    • 主要リファイナンス・オペ(MRO)金利:0.00%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
    • 預金ファシリティ金利:▲0.50%
       
  • フォワードガイダンス(変更なし)
    • インフレ見通しが、見通し期間において2%に十分近いがやや下回る水準へと確実に収束し、かつ、インフレ動向に一貫して反映されるまで、政策金利は現行水準もしくはより低い水準を維持する
       
  • PEPPの継続(変更なし)
    • 総枠1兆3500億ユーロの資産購入を実施
    • 緩和的な金融政策姿勢でパンデミックに伴うインフレ見通しの下方シフトの相殺に貢献
    • 購入に際しては、実施期間、資産クラス、国構成について柔軟性を持って行う
    • これにより理事会は金融政策の円滑な伝達に関するリスクを回避する
       
  • 少なくとも2021年6月までPEPPの実施(変更なし)
    • 理事会は、PEPPによる資産購入を新型コロナ危機が去るまで実施する
       
  • PEPP元本償還分の再投資の実施(変更なし)
    • PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2022年末まで実施する
    • 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する
       
  • 資産購入プログラム(APP)の実施(変更なし)
    • 月額200億ユーロに加えて、年末までの総枠1200億ユーロの購入を実施
    • 毎月の購入は、緩和的な政策金利の影響が強化されるまで必要な限り継続
    • 政策金利の引き上げが実施される直前まで実施
       
  • APPの元本償還再投資(変更なし)
    • APPの元本償還分は全額再投資を実施
    • 利上げ後の相応の期間、十分な流動性と金融緩和を維持するために必要な限り実施
       
  • 十分な流動性供給の実施(変更なし)
    • リファイナンス・オペを通じて十分な流動性供給を継続
    • 特にTLTROⅢは企業・家計への貸出支援となる非常に潤沢な資金供給を記録した
       
  • 追加緩和へのスタンス(変更なし)
    • インフレが目標に向け推移するよう、必要に応じ、すべての手段を調整する準備がある

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。


(冒頭説明)
  • 本日の理事会には欧州委員会のドンブロウスキス副委員長も出席した
     
  • 7月の理事会以降に公表されたデータでは、概ね予想に沿った力強い回復を示している
    • しかしながら、活動水準は依然としてコロナ禍前よりかなり低い
    • 製造業は改善が続いているが、サービス業の改善速度はやや減速している
    • 回復の強さは高い不確実性の中にあり、感染拡大と封じ込め政策の成否に依存する
    • 域内内需は、景気の先行き不透明さが消費や投資の重しになっているものの、底からは急速に回復した。
    • インフレ率はエネルギー価格の下落、および需要低迷や労働市場の停滞を反映した物価上昇圧力の弱さから抑制されている
       
  • 十分な金融刺激策が経済回復と中期的な物価安定のためには必要である
    • 緩和的な金融政策姿勢を取ることを再確認した
       
  • 金融政策の決定内容
    • (具体内容は上記第3節記載の通り)
       
  • 3月初旬以降の金融政策は、ユーロ圏経済の回復と中期的物価安定への重要な支援である
    • 資金調達環境を支え、全業種・地域における家計・企業への信用供給維持に貢献している
    • 不確実性の高い環境のなか、中期的なインフレ見通しへの影響に関して、理事会は為替相場を含む今後の情報を注意深く評価する

(経済分析)
  • ユーロ圏の実質GDPは20年4-6月期に前期比▲11.8%と減少した
    • 入手できるデータや調査では、7-9月期のGDPが強い回復を続けることを示している
    • 鉱工業・サービス生産の回復は強く、消費みの顕著な回復の兆しが見られる
    • 製造業と比較してサービス業の回復は鈍く、8月のサーベイ調査でも同様なことが分かる
    • 夏の感染者率の上昇は、短期的な見通しへの逆風となる
    • 今後の回復の持続性は感染拡大と封じ込め政策の成否に大きく依存する
    • 感染拡大に関する不確実性が労働市場や消費・投資の急回復を弱める可能性が高い
    • ユーロ圏経済は、良好な資金調達環境、拡張的な財政政策および世界的な経済活動・需要強化によって支えられる必要がある
       
  • 9月のスタッフ経済見通しには、こうした評価が広く反映されている
    • 実質GDP成長率は、20年▲8.0%、21年5.0%、22年3.2%と予想している
    • 6月の見通しと比較すると、20年が上方修正、21年・22年はほぼ変わっていない
       
  • 見通しの不確実性の高さから、2つの代替シナリオが用意されており会見後に公表予定3
    • 総じて成長率見通しのリスクは下方にある
    • この評価は、感染拡大の経済・金融環境への影響が不確実であることを反映している
       
  • HICPインフレ率は7月0.4%から8月▲0.2%に下落
    • 原油価格(直物・先物)の下落と一時的なドイツ付加価値税(VAT)の引き下げを考慮すると、今後数か月はマイナスで推移し、21年にプラスに転じる可能性が高い。
    • 短期的な物価圧力は供給制約の緩和による上昇圧力はあるものの、需要の弱さ、賃金上昇圧力の弱さ、為替相場の増価(上昇)による弱さが続くだろう
    • 中期的には、緩和的な金融・財政政策に支えられた需要回復による上昇圧力があるだろう
    • 市場観測の長期的インフレ期待はコロナ禍前の水準に戻っているものの依然として低水準、インフレ期待調査も引き続き低水準にとどまっている
       
  • 9月のスタッフ経済見通しには、こうした評価が広く反映されている
    • インフレ率は、20年0.3%、21年1.0%、22年1.3%と予想している
    • 6月の見通しと比較すると、20年は変わらず、21年は上方修正、22年は変わっていない
    • 22年のインフレ見通しは、金融・財政政策の良い影響を反映してエネルギー・食料を除くインフレ率を上方修正しているが、エネルギー価格見通しの修正で大きく相殺されている
 
 
3 悲観シナリオは20年▲10.0%、21年0.5%、22年3.4%、楽観シナリオは20年▲7.2%、21年8.9%、22年3.5%となっている。
(金融分析)
  • M3伸び率は上昇を続け、6月9.2%から7月には10.2%に達した
    • 域内の信用創造、ユーロシステムによる資産購入、金融部門における予防的な理由からの貨幣保有選好が反映されている
    • 流動性の高い狭義通貨(M1)が引き続き広義通貨の伸びをけん引している
       
  • 民間部門への貸付も引き続き新型コロナウイルスが経済活動へ与えた影響を受けている
    • 非金融法人向け貸付はコロナ禍直後の強い上昇の後、6月7.1、7月7.0%と安定している
    • 企業向け貸出伸び率は高く、経済活動の回復により収益はある程度回復しているものの、支出維持と運転資金、流動性余力確保のための資金需要が強いことを反映している
    • 家計向け貸出伸び率は7月3.0%と4月から変わらず、安定している
    • 民間部門への貸出伸び率は引き続き歴史的低金利の恩恵を受けている
       
  • 我々の政策手段は、各国政府・欧州機関による政策とともに、引き続きコロナ禍の影響を大きく受けた人たちへの資金調達支援となるだろう
 
(検討結果)
  • 経済分析・金融分析の結果、物価安定のために十分な金融緩和策が必要であると確認された
     
(財政政策)
  • ユーロ圏経済の急激な縮小を踏まると、野心的かつ協調した財政政策が重要
    • コロナ禍対応としての財政政策は、可能な限り一時的かつ対象を絞る必要がある
    • 欧州理事会の労働者・企業・国家のための5400億ユーロの政策は重要な支援となる
    • 理事会は、7500億ユーロの「次世代EU」を強く歓迎する。これは、パンデミック被害を受けた地域・産業を支援し、単一市場を強化し、持続的な繁栄を支援する潜在性がある
 
(構造政策)
  • 潜在力を最大限に発揮するためには、この政策が国によって考案され、実施される健全な構造政策にきちんと根差している必要がある
    • 適切に設計された構造政策は、危機からの迅速で力強く、均一な回復に寄与し、域内の金融政策の実効性も支える
    • グリーンやデジタルへの移行といった優先分野への投資加速に焦点を当てた、特定分野への構造政策が我々の経済回復に特に重要である

(2020年09月11日「経済・金融フラッシュ」)

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

     ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
      アドバイザー(2024年4月~)

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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