2020年08月18日

EIOPAがCOVID-19に起因するリスク等に関する調査結果を公表-2020年7月の金融安定性レポートより-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2020年7月17日に、「金融安定性レポート(FINANCIAL STABILITY REPORT)」を公表1した。

EIOPAは年に2回(6月と12月)、金融安定性レポートを公表してきているが、今回の金融安定性レポートはCOVID-19のアウトブレイク後初めてのものとなることから、COVID-19のアウトブレイクが金融安定性や保険業界に与える影響について、現時点で得られるデータ等に基づいて、幅広い分析を行っている。

今回のレポートでは、この金融安定性レポートの概要を報告する。  

2―今回の報告書の概要

2―今回の報告書の概要

エグゼクティブ・サマリーに基づくと、以下の通りとなっている。

|全体的な状況
欧州では、COVID-19ウイルスの突発的な流行を食い止めるため、経済の大部分を封じ込めた。金融市場は巨額の損失と質への逃避的な投資行動を経験した。各国政府及び中央銀行は、経済・金融ショックが欧州全体の経済成長、労働市場及び消費者心理に不確実な期間にわたって挑戦することが予想されることから、経済を支えるための重要な緊急措置の提供にコミットした。

COVID-19の影響
長期化する低利回り環境は既に保険セクターの基本的リスクとなっており、COVID-19ショックはその可能性を高めた。また、このショックは信用リスクを増大させており、保険会社の資産サイドでの評価や支払能力の状況にも影響を及ぼす可能性がある。実際、マクロ経済の見通しが悪化すると、企業の収益性に悪影響を及ぼし、格下げのリスクが高まる可能性がある。さらに、ショックの影響を受けた他のセクター、特に銀行や国内ソブリンとのホームバイアス行動や相互接続は、保険会社のリスクをさらに増幅させる可能性がある。保険リスクに関しては、ウイルス関連の請求の適用範囲に関する曖昧さにより、保険会社の訴訟が増加する可能性がある。 最後に、制限措置の結果、在宅勤務が可能になり、サイバーリスクが高まり、信頼できるサイバーリスク保険市場の重要性がさらに強調された。

|監督当局の課題意識
EIOPAは、COVID-19ショックに起因するリスクが保険セクターの金融安定性に及ぼす重要性を評価するため、各国の所管当局に定性的な質問を行った。その結果、(1)投資ポートフォリオの収益性、(2)ソルベンシーポジション、(3)銀行へのエクスポージャー、(4)引受収益性、(5)国内ソブリンリスク、(6)サイバーリスクへの集中、が保険会社にとって重要性の高い6つの主要なリスク及び課題であることが明らかになった。

この具体的な内容については、後術する。

|監督当局の対応
COVID-19ショックの影響により厳しい環境が続く中、EIOPAと各国監督当局は緊密に連携し、保険会社が顧客にサービスを提供するための事業継続性の確保に注力することを支援するための措置を講じている。保険会社に対する業務上の救済を確保することを目的とする様々な措置が、欧州市場全体で調和のとれた方法で実施されている。保険会社が主たる業務に集中することを支援するために各国が講じた措置には、報告期限の延長、必須ではない継続的検査の停止、国の規制イニシアティブの発効の遅延、及び必須ではない政策イニシアティブの延期がある。資本面では、EIOPAの声明に基づき、全ての裁量的配当や株主に報いることを目的とした自社株買いを停止するように保険会社に要請したことを受けて、配当金の支払いを取り消したり減額したりすることも、多くの国で取られている措置である。
 

3―定性的なリスク評価

3―定性的なリスク評価

ここでは、上記の「3|監督当局の課題意識」で述べた6つの重要なリスク及び課題に関する定性的なリスク評価について報告する。

|評価の概要
OVID-19ショックの未曾有の事態は、家計や企業に混乱をもたらし、先行きの経済見通しに大きな不確実性をもたらしている。保険会社は厳しい状況に直面する可能性が高く、収益性やソルベンシーに影響を及ぼす可能性がある。保険セクターの金融安定性に対するリスクの重要性を評価するために、EIOPAはNCAs(各国管轄当局) を対象に定性的な質問を行った。

EIOPAの定性的COVID-19質問票によると、(1)投資ポートフォリオの収益性、(2)ソルベンシーポジション、(3)銀行へのエクスポージャー、(4)引受収益性、(5)国内ソブリン、(6)サイバーリスクへの集中、が保険会社にとって重要性の高い6つの主要なリスク及び課題である。しかし、それはまた、全体として、保険会社がこれらのリスクを軽減するための適切な措置を講じていることを示している。

|投資ポートフォリオの収益性
投資ポートフォリオの収益性は、保険セクターにとって重要性の点で最高ランクのリスクであり、回答の10%以上が、新たな措置は必要ないものの、既存の措置を強化する必要性を示唆している。

回答者のNCAsのほぼ半数が、重要性が最も高いリスクとしてランク付けしたが、わずかに低いシェア (40%)は重要性が中程度とランク付けした。低金利は保険業界の主要なリスクであることが確認されている。金利は既に低い水準で推移すると予想されていたが、中央銀行が経済を持続させるために取った措置の中で、この予想はさらに強化されている。投資ポートフォリオの約65%が確定利付資産に集中しているため、保険セクターは低利回り環境に敏感である。アンケートの公開質問でNCAsが示したように、保険会社の投資ポートフォリオの収益性を圧迫する二つの追加的要因が言及された。第一に、予想される景気後退のために減損が生じ、ローンやモーゲージから生み出されるリターンは減少すると予想される。第二に、同様の理由により、株式配当金が減少する可能性がある。NCAsの報告によると、保険商品が保証されている生命保険会社は、悪化する市場環境に耐えるために相当のバッファーを構築している。むしろ、過去に販売された保証付き商品に大きくさらされていない国内市場では、投資収益性の低下による影響は限定的であると考えられる。金融市場も4月から5月にかけて、再び失速した。

|ソルベンシーポジション
COVID-19ショック以前の保険会社の資本状況にもかかわらず、保険業界ではソルベンシーが2番目に大きなリスクとなっており、NCAsの15%が既存の措置の強化や新たな措置の導入が必要であると考えている。回答者のほぼ4分の1が重要性が高いと回答し、60%が重要性は中程度であると回答している。多くのNCAsが述べているように、2020年第1四半期にはソルベンシーポジションの悪化が観測されたが、これは低金利の継続が予想されたことと、資産の減価償却と経済の不確実性が保険会社のバランスシートに悪影響を及ぼしたためである。プラス面としては、配当の減額及び/又は取消しが、自己資本の維持を助けることによって、一部の保険会社のソルベンシーリスクを軽減する可能性がある。

|銀行へのエクスポージャー、国内ソブリンリスク
銀行のエクスポージャー、国内ソブリンの集中に係るリスクは、それぞれ3位、5位となっており、10%の回答が新たな施策の強化・導入が必要であるとしている。銀行へのエクスポージャーは、参加者の23%が重要性が高い、又は非常に高いと考えており、NCAsの半数以上が重要性は中程度と考えている。NCAsは、銀行向けエクスポージャーの高い保険会社に対しては、COVID-19危機が銀行のポートフォリオの質に悪影響を及ぼし、不良債権比率の上昇につながる可能性があるとして、より強い懸念を示した。回答者のNCAsの70%は、保険会社が講じている既存の措置は適切であると述べているが、10%は、既存の措置の強化又は新たな措置の導入が必要であると考えている。一方、 「重要性が高い」 又は 「重要性が非常に高い」 と回答した割合は30%だった。固定資産のエクスポージャーが大きい保険会社は、金利やスプレッドリスクに対する感応度が高い。一部の保険会社にとっては、ボラティリティ調整 (VA) がスプレッドの変動を補償し、他の保険会社にとっては、マッチング調整(MA)手順と満期保有戦略がスプレッドリスクを削減する可能性がある。

|引受収益性
引受収益性低下リスクが顕在化しており、10%の回答者が新たな施策の強化・導入が必要であると回答している。現在のCOVID-19ショックにおける生命保険及び損害保険の事業分野への影響については、保険料収入は、損害保険の事業分野全体でほぼ低下が見込まれるとの回答があった。代わりに、この状況は請求に関してはより不均一に見える。自動車事業(回答者の79%が減少と大幅な減少を想定)、一般責任(36%) 、海上・航空・運送保険(33%) など一部の損害保険事業については、一時的な保険金請求額の減少が見込まれ、収益性への圧力が低下している。しかし、その他の金融損失(50%増と大幅増)、所得保障保険(40%増と大幅増)、信用保証保険(60%増と大幅増)などの損害保険については、NCAsによって保険金請求額の増加が報告されている。NCAsによると、全体的な影響はややマイナスのようだが、保険会社がある種の保険金を支払う義務があるかどうかについての法的不確実性もあるため、一部の保険金請求が後に実現する可能性があるため、評価を下すのは時期尚早である。

生命保険業界では、保険料の引き下げが保険金請求額の増加よりも保険引受収益に与える影響が大きいとみられる。特に、保険料については、NCAsの63%がインデックス・ユニットリンク保険の保険料の引き下げ(63%削減と大幅削減)、60%が利益参加型保険の引き下げ(60%削減と大幅削減)を予想している。

|サイバーリスク
この調査はさらに、COVID-19のアウトブレイクが保険会社のビジネスモデルに重大な影響を及ぼす可能性があることを示している。特に、サイバーリスクの重要性について尋ねたところ、NCAsでは20%が「重要性が高い 、40%が「重要性が中程度 と回答している。半数以上の回答者が緩和措置は適切であると回答しているが、 NCAsの33%は現在の措置の強化と新しい措置の導入が必要であると回答している。この文脈では、特定の措置は特定されておらず、提案もされていない。将来を見据えた展望では、参加者の28%が今後6か月間でサイバーリスクの重要性の増加を予測している。これは主に在宅勤務環境の増加とフィッシング攻撃の可能性によるものである。

一部のリスクは、COVID-19ショック後に顕在化するまでに時間がかかる可能性があり、将来的に保険会社に追加的な圧力をかける可能性がある(図5.3)。NCAsは、受け取った回答に基づいて、今後6カ月間に訴訟が増加し、保険会社の請求額と費用が増加し、収益性に悪影響を及ぼす可能性があると予想している。収益性は、COVID-19危機による所得減少のために時間とともに増加する経過リスクによって損なわれるかもしれない。さらに、一部のNCAsは、商品設計、銀行向けエクスポージャー、引受収益性への影響の増加も予想している。回答者のNCAsの約1/3以上が、銀行へのエクスポージャーが懸念材料になる可能性があると考えている。これは国内ソブリンへの集中度についても同様であるが、やや低いため図示していないが、NCAsの回答では、各国間に一定の不均一性があることが示唆されている。

|その他のリスク
本節で議論するリスクは重要性の点で優勢なものであるが、COVID-19の影響に関するアンケートは保険セクターに対する全ての潜在的な課題をカバーしている。

上位のリスクとして指摘されていないリスクについては、おそらく、より少ない管轄区域や特定の種類の企業(例えば、デリバティブは大企業によって利用される傾向がある)に固有のものであるためと思われるが、懸念を引き起こす可能性があるため、報告書の他の部分でも取り上げている。

この文脈では、いくつかのNCAsに対する懸念として、外部格付とアウトルックに対する既存の措置の強化も指摘された。外部格付及びアウトルック(ダウングレードなど)は、NCAsの半数が重要性が中程度と考えており、回答者の14%が保険会社は既存の緩和措置を強化すべきであると考えている。

一部のNCAsは、企業の収益性の低下と公的債務の増加を考慮して、特にBBB債の格下げリスクが高まると予想していると指摘した。また、一部の監督当局は、格下げの潜在的なリスクと、それが自己資本やソルベンシー比率に及ぼす影響を注意深く監視している。41%が翌月に増加または大幅増加すると考えている。

この問題は、本章の「COVID-19危機による大規模格下げの影響」の項で分析的な観点から取り上げている。さらに、COVID-19によって悪影響を受けるセクターへのエクスポージャー、及びそれに起因する潜在的な脆弱性については、本章末の「部門別エクスポージャー」の項で取り上げている。再保険及び関連するカウンターパーティリスクへのエクスポージャーの問題については、第3章「COVID-19ショックの再保険会社への影響」で触れている。投資ファンド、特にユニットリンク型ポートフォリオの流動性に起因する潜在的リスクについては、本章の「保険会社の保有する投資資金と流動性リスク」の項で扱っている。デリバティブの保有から生じる潜在的な流動性リスクについては、本章の「デリバティブの変動証拠金」で分析している。
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中村 亮一

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