2020年07月29日

通勤時間と幸福度の関係―在宅勤務拡大で幸福度は高まるか?―

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――はじめに

新型コロナウイルス感染症の拡大は、在宅勤務を含めたリモートワークの制度拡大のきっかけになっている。こうした中で在宅勤務による様々なストレスが報告されている一方で、在宅勤務になってこれまで通勤や身支度にかかっていた時間を節約できることで、生活の質が向上したと感じている方もいるのではないだろうか。実際に通勤時間と幸福度の間には負の相関が見られることがこれまで欧米で行われてきたいくつかの研究で報告されている1。しかし、日本での通勤時間と幸福度の関係に関する研究はこれまで殆ど無い。そこで、日本での状況をとらえるために、本稿ではニッセイ基礎研究所が行った独自の調査の分析結果を紹介する。

国が実施した平成28年社会生活基本調査によると、日本に住む10歳以上の通勤・通学者における平日の片道の通勤・通学時間の全国平均は39.5分であった。往復にすると1日平均1時間19分である。これは、1週間(5日間)で6時間35分、1ヶ月(20日間)では26時間20分になる。通勤・通学の時間は平日毎日必要な時間であり、多くの人が人生の中で無視できない割合の時間を割いているからこそ、その人々の幸福度への影響をとらえることは重要と考えられるのである。
 
1 Chatterjee et al. 2020
 

2――調査の概要

2――調査の概要

全国の 18~64 歳の男女被用者を対象2にしたWEBアンケート調査である。回答期間は2020年2月28日~3月25日。回答数は5,594件。回答は全国 11 地区の性・年齢別の分布を2015年の国勢調査の分布に合わせて収集した3
 
2 株式会社クロス・マーケティングのモニター会員
3 「第2回被用者の働き方と健康に関する調査」
 

3――幸福度と通勤時間の分布

3――幸福度と通勤時間の分布

1| 幸福度の分布
まず、幸福度の把握には、「現在、あなたはどの程度幸せですか。「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか。」という11段階の選択式質問を用いた。回答者の平均は5.9点であった。同様の質問を含めた全国調査である平成23年度国民生活選好度調査では平均点は6.4点であったことから、それと比べると少し低めの分布であることが分かる。調査実施時期の違いに加え、本調査が18歳~64歳の男女被用者を対象としているのに対して、国民生活選好度調査は15歳から80歳の(被用者とは限らない)男女を対象としており、対象が異なることが影響していると考えられる。
図1. 幸福度の分布
幸福度の分布は図1の通りである。最も回答が集中しているのは、5点で約20%、次に多いのは8点及び7点でそれぞれ約18%となっている。5点のところと8点及び7点のところの2箇所に頂点がある分布の形状は、先述の国民生活選好度調査他4、これまで日本で行われてきたアンケート調査で示されてきた日本の幸福度の分布と同様の傾向である。
 
4 松島みどり他, 2013
2| 片道通勤時間の分布
次に、片道の通勤時間の分布は図2の通りである。片道の通勤時間として最も多かったのが10分~30分で約37%。次に多かったのは、30~60分で約33%であった。普段から在宅勤務の人は全体の約1%であった。在宅勤務の人を含めて片道の通勤時間が30分以内の人が約50%、30分以上の人が約50%と半々程度であることが確認できる。
図2. 片道の通勤時間の分布
本調査は新型コロナウイルス対策のため政府から緊急事態宣言が発令される前に行われたものである。そのため、本調査後には在宅勤務を含めたリモートワークの導入企業は増えていると考えられる5。しかし一方で、2018年の総務省の調査ではリモートワークの導入企業は約19%あったが、本調査で普段から在宅勤務を行っている被用者の割合は約1%となっていることから、制度の導入と実際の被用者による活用実態については異なる視点が必要であることが確認できる。
 
5 金明中 (2020年7月13日)「なぜテレワークは日本で普及しな かったのか? – 経済、働き方、消費への影響と今後の課題 -」基礎研レポートhttps://www.nli-research.co.jp/files/topics/64927_ext_18_0.pdf?site=nli
 

4――幸福度と通勤時間の関係

4――幸福度と通勤時間の関係

| 通勤時間別の幸福度の平均値
次に通勤時間と幸福度の関係を捉えるために、通勤時間別の幸福度の平均値を示したのが図3である。この図からは、在宅勤務の人はその他の通勤者と比較して幸福度が低い傾向があることが確認できる。また、片道の通勤時間が90分以上の人については、片道の通勤時間が90分未満の人に比べて幸福度が低い傾向があることが確認できる。
図3. 片道通勤時間と幸福度
2| 通勤時間と幸福度の関係を重回帰分析で捉える
しかし、通勤時間別の幸福度の平均点の比較は、通勤時間と幸福度の関係をとらえるのには十分ではない。通勤時間や在宅勤務の選択と幸福度の両方に影響を与えている様々な要因が存在している可能性があるからだ。例えば、幸福度に大きな影響を与えることが知られている健康状態について、それが悪いことが理由で在宅勤務を行っている場合が考えられる。この場合、健康状態が悪いことが幸福度には負の影響を与える一方で、在宅勤務の選択には正の影響を与える。そのことで、幸福度と在宅勤務の選択の間に見せかけの負の相関が示される可能性が考えられる。実際に在宅勤務であるかどうかのダミー変数を被説明変数として、健康状態を説明変数に入れた線形回帰分析のモデルを推計したところ、在宅勤務の人は健康状態が悪い傾向があることが確認された6

そこで、在宅勤務や通勤時間の長さの選択と幸福度の両方に影響を及ぼす可能性がある項目(健康状態、通勤手段、年収、性別、年齢、婚姻状況)をコントロール変数に加えて、幸福度を被説明変数、通勤時間の長さを説明変数として、線形回帰モデルの推計を行った。片道の通勤時間の係数の推計結果は図4の通りである7。図4には、片道通勤時間10分以内を参照カテゴリー(係数ゼロの赤い線)として、その他の通勤時間のカテゴリーの係数とその信頼区間を示している。在宅勤務の該当者は少ないため、信頼区間が広くなっているが、係数はほぼゼロで、片道の通勤時間が10分以内の人と幸福度に大きな違いが確認できないことを示している。一方で、在宅勤務ではない人については通勤時間長くなるにつれ、係数がより大きくマイナスになっていくことが確認できる。つまりこの推計結果は、通勤時間が長くなるほど幸福度が低くなる傾向を示している。
図4. 幸福度と通勤時間:重回帰分析結果
 
6 本稿最後のページに掲載されている付録の表の列(1)参照。
7 コントロール変数の係数等も含めた全体の推計結果については本稿最後のページに掲載されている付録の表の列(2)参照
 

5――本分析の貢献と課題

5――本分析の貢献と課題

本分析は、これまで欧米の研究では確認されてきていたが日本ではほとんど分析が行われてきていなかった幸福度と通勤時間の関係について、負の相関関係があることを示唆する証拠を提供するものである。このことは新型コロナウイルス対策のために在宅勤務が拡大して通勤時間が減ることが、人々の幸福度を高めることにつながる可能性があることを示唆する。

しかし、本分析ではクロスセクションの観察データを用いていることから、幸福度と通勤時間の両方に影響を与えている目に見えない要因のすべてをコントロールできているわけではなく、因果関係の示唆には限界があることを申し添える。例えば個々人の性格は幸福度と通勤時間の両方に影響を与える可能性があるが、本研究ではコントロールできていない。欧米の研究では、パネルデータを使って固定効果モデルを用いた推計で、個々人の時間によって変わらない特性の影響を取り除くことによって、通勤時間の幸福度への影響の厳密な検証が行われ始めている8。こうした手法を用いた研究の積み重ねによって今後因果関係に関する厳密な検証が行われていく必要がある。

また、通勤時間や通勤手段が幸福度に影響を与えるメカニズムについても様々な検証が進められる必要がある。例えば、通勤中に、通勤ルートや時間、環境を自分ではコントロールできない状況がストレスにつながる傾向があることがこれまでの研究で報告されている9。他にも、通勤時間が長いことは社会的な活動への参加や余暇の減少と相関していることも報告されている10。また、睡眠時間の減少と相関が見られるという報告もある11。こうした通勤によるストレスや時間配分の変化が幸福度の低下に繋がっている可能性が示唆されるのである。

また、幸福度は健康状態と強く相関することが知られていることから、通勤時間や通勤手段と健康状態の関係についても研究が行われてきている。日本を含めていくつかの研究で、公共交通機関や自転車を使った通勤及び徒歩による通勤は自動車による通勤に比べてBMIの上昇を防いだり、下げたりする傾向があることが示されてきた12が、通勤手段や通勤時間のBMIへの影響は確認できなかった13という報告もいくつかあることや、そうした影響が確認された場合でも、その影響の大きさは非常に小さい傾向があり、通勤と健康の関係に関するこれまでの研究では、一貫した結果は示されていない状態である。さらに、こうした通勤手段や通勤時間が幸福度に影響を与えるメカニズムに関する研究についてのこれまでの研究の多くは、クロスセクションの観察データを用いたものであり、今後パネルデータを用いる等の手法で、より因果関係に迫る研究が必要とされている14
 
8 Chatterjee et al., 2020
9 Sposato et al., 2012; Schaeffer et al., 1988; Lucas & Heady, 2002
10 Hilbrecht et al., 2014
11 Nie & Sousa-Poza, 2018
12 Flint & Cummins, 2016; Martin et al. 2015; Kuwahara et al. 2019
13 Mytton et al., 2016; Clark et al., 20198
14 Chatterjee et al., 2020
 

6――おわりに

6――おわりに

因果関係やメカニズムについては今後厳密な検証の必要があるものの、本分析は、新型コロナウイルス感染症対策のための在宅勤務拡大による通勤時間の軽減が、幸福感の高まりを示す可能性があることを示した。幸福度が高まると人々の生産性が高まる可能性があることが様々な研究で明らかになってきている15。在宅勤務拡大で通勤時間が減少し、幸福度が高まることで、生産性が向上するという良いサイクルに繋がることが期待される。
 
15 岩﨑敬子(2020年1月15日)「幸福度が高まると労働者の生産性は上がるのか?-大規模実験を用いた因果関係の検証:プログレスレポート-」基礎研レポート https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63388&pno=3&site=nli

参考文献
 
Chatterjee, K., S. Chng, B. Clark, A. Davis, J.D. Vos, D. Ettema, S. Handy, A. Martin & Louise Reardon (2020) Commuting and wellbeing: a critical overview of the literature with implications for policy and future research. Transport Reviews, 40(1), 5-34.
Clark, B., Chatterjee, K., Martin, A., & Davis, A. (2019). How commuting affects subjective wellbeing. Transportation. First online 11 March 2019.
Flint, E., & S .Cummins (2016) Active commuting and obesity in mid-life: Cross-sectional, observational evidence from UK Biobank. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 4(5), 420–435.
Hilbrecht, M., B. Smale & S.E. Mock (2014) Highway to health? Commute time and well-being among Canadian adults. World Leisure Journal, 56, 151–163.
Kuwahara, K., H. Noma, T. Nakagawa, T. Honda, S. Yamamoto, T. Hayashi & T. Mizoue. (2019) Association of changes in commute mode with body mass index and visceral adiposity: a longitudinal study. International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity, 16(101).
Lucas, J. L., & Heady, R. B. (2002). Flextime commuters and their driver stress, feelings of time urgency,
and commute satisfaction. Journal of Business and Psychology, 16(4), 565–571
Martin, A., J. Panter, M. Suhrcke, & D. Ogilvie (2015) Impact of changes in mode of travel to work on
changes in body mass index: Evidence from the British Household Panel Survey. Journal of Epidemiology and Community Health, 69(8), 753–761.
Mytton, O. T., J. Panter & D. Ogilvie (2016). Longitudinal associations of active commuting with wellbeing and sickness absence. Preventive Medicine, 84, 19–26.
Nie, P., & A. Sousa-Poza (2018) Commute time and subjective well-being in urban China. China Economic Review, 48, 188–204.
Schaeffer, M. H., S.W. Street, J. E.Singer & A. Baum (1988) Effects of control on the stress reactions of commuters. Journal of Applied Social Psychology, 18(11), 944–957.
Sposato, R. G., K. Röderer & R. Cervinka (2012) The influence of control and related variables on commuting stress. Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour, 15(5), 581–587
松島みどり、立福家徳、伊角 彩、山内直人(2013)「現在の幸福度と将来への希望 ~幸福度指標の政策的活用~」内閣府New ESRI Working Paper No.27

 
付録:表. 最小二乗法による推計結果
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2020年07月29日「基礎研レポート」)

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