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- 景気後退の選挙への影響-プロスペクト理論でひも解く-
コラム
2020年07月02日
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新型コロナウイルスの経済への影響が甚大と言われる中、次の日曜日には東京都知事選挙、11月には米国大統領選挙と重要な選挙が続く。経済状況が選挙の結果に影響を与えることはこれまで様々な研究で示されてきた。日本を含めて、世界各国で行われてきた選挙の研究から、一般的に現職や与党の候補者にとって、景気拡大期であることは有利な影響を与え、景気後退期であることは不利な影響を与えることが知られている。それは一体どうしてなのか。本稿では、行動経済学の代表的な理論であるプロスペクト理論を用いた説明を紹介する。
1――プロスペクト理論とは

1 Kahneman and Tversky, 1979
2 価値関数の他に、プロスペクト理論のもう1つの柱には確率加重関数があるが、本稿では説明を省略する。
1| 参照点依存性
プロスペクト理論の価値関数の1つ目の特徴である参照点依存性は、あるものの主観的な価値はその絶対的な価値ではなく、参照点からの距離によって決まるというものである。例えば、オリンピックのメダルの価値を考えてみる。金メダルを目標にしていた選手(金メダルが参照点)が銀メダルを獲得した時に感じる主観的な喜び(価値)よりも、メダル獲得は叶わないかもしれないと考えていた選手(メダルが獲得できない状況が参照点)が銅メダルを獲得した時に感じる主観的な喜び(価値)の方が大きい状況が考えられる。これは、メダルの色の絶対的な価値ではなく、参照点との違いによって主観的な感じ方が異なっている状況を示している。
プロスペクト理論の価値関数の1つ目の特徴である参照点依存性は、あるものの主観的な価値はその絶対的な価値ではなく、参照点からの距離によって決まるというものである。例えば、オリンピックのメダルの価値を考えてみる。金メダルを目標にしていた選手(金メダルが参照点)が銀メダルを獲得した時に感じる主観的な喜び(価値)よりも、メダル獲得は叶わないかもしれないと考えていた選手(メダルが獲得できない状況が参照点)が銅メダルを獲得した時に感じる主観的な喜び(価値)の方が大きい状況が考えられる。これは、メダルの色の絶対的な価値ではなく、参照点との違いによって主観的な感じ方が異なっている状況を示している。
2| 損失回避性
プロスペクト理論の価値関数の2つ目の特徴である損失回避性は価値関数が参照点で折れ曲がっており、損失局面の傾きの方が利得局面の傾きより大きくなっていることで示される。これは、何かを得た時に感じる主観的な価値の大きさと、同じものを失った時に感じる主観的な価値の大きさを比べると、何かを失った時に感じる価値の大きさの方が大きいことを示している。
例えば、50%の確率で200万円がもらえるけれど、50%の確率で100万円を支払わなければならない賭けがあるとする。この賭けの期待値は50万円(200万円×0.5+マイナス100万円×0.5)なので、賭ける人にとって有利な条件である。しかし、多くの人が参加しないという選択をするのではないだろうか。これは、200万円もらえることによる喜びよりも100万円失うことによる悲しみの方を大きく捉える傾向、つまり、損失回避性によるものである。
プロスペクト理論の価値関数の2つ目の特徴である損失回避性は価値関数が参照点で折れ曲がっており、損失局面の傾きの方が利得局面の傾きより大きくなっていることで示される。これは、何かを得た時に感じる主観的な価値の大きさと、同じものを失った時に感じる主観的な価値の大きさを比べると、何かを失った時に感じる価値の大きさの方が大きいことを示している。
例えば、50%の確率で200万円がもらえるけれど、50%の確率で100万円を支払わなければならない賭けがあるとする。この賭けの期待値は50万円(200万円×0.5+マイナス100万円×0.5)なので、賭ける人にとって有利な条件である。しかし、多くの人が参加しないという選択をするのではないだろうか。これは、200万円もらえることによる喜びよりも100万円失うことによる悲しみの方を大きく捉える傾向、つまり、損失回避性によるものである。
3| 感応度逓減性
プロスペクト理論の価値関数の3つ目の特徴である感応度逓減性は、価値関数が利得局面では凸型、損失局面では凹型で、全体でS字型であることで示される。これは、1万円もらえることと2万円もらえることの主観的な価値の違いは、11万円もらえることと12万円もらえることの主観的な価値の違いよりも大きいことを示している。つまり、どちらも1万円の増加であるが、貰える金額が1万円から2万円に増えたときのうれしさの度合いは、貰える金額が11万円から12万円に増えたときのうれしさの度合いよりも大きいということである。同様に損失局面においても、1万円の損失が2万円の損失になった時の悲しみの度合いの方が、11万円の損失が12万円の損失になったときの悲しみの度合いよりも大きいことを示す。
この感応度逓減性は、損失局面でのリスク愛好性と利得側面でのリスク回避性を示唆する。例えば、1万円を必ず受け取ることができる選択と、50%の確率で2万円がもらえ、50%の確率で何ももらえないくじに参加する選択があるとする。この場合、多くの人が1万円をかならず受け取るという選択をするのではないだろうか。一方、1万円をかならず払わなければならない選択と、50%の確率で2万円を支払わなければならないが、50%の確率で何も支払わなくてよいくじに参加するという選択があるとする。先ほどの選択では1万円を受け取ると答えた人でも、この場合は、くじへの参加を選択する人もいるのではないだろうか。
この状況は価値関数の感応度逓減性で説明できる。つまり、損失局面では価値関数は凹型なので、さらなる損失による悲しみは小さく感じられるが、損失を小さくすることによるうれしさの度合いは大きく評価されるため、リスク愛好的になる。一方、利得局面では価値関数が凸型なので、さらなる利益を得ることによるうれしさは小さく感じられるけれど、利益が減ることによる悲しみは大きく感じられるためにリスク回避的になるのである(図2, 3参照)。
プロスペクト理論の価値関数の3つ目の特徴である感応度逓減性は、価値関数が利得局面では凸型、損失局面では凹型で、全体でS字型であることで示される。これは、1万円もらえることと2万円もらえることの主観的な価値の違いは、11万円もらえることと12万円もらえることの主観的な価値の違いよりも大きいことを示している。つまり、どちらも1万円の増加であるが、貰える金額が1万円から2万円に増えたときのうれしさの度合いは、貰える金額が11万円から12万円に増えたときのうれしさの度合いよりも大きいということである。同様に損失局面においても、1万円の損失が2万円の損失になった時の悲しみの度合いの方が、11万円の損失が12万円の損失になったときの悲しみの度合いよりも大きいことを示す。
この感応度逓減性は、損失局面でのリスク愛好性と利得側面でのリスク回避性を示唆する。例えば、1万円を必ず受け取ることができる選択と、50%の確率で2万円がもらえ、50%の確率で何ももらえないくじに参加する選択があるとする。この場合、多くの人が1万円をかならず受け取るという選択をするのではないだろうか。一方、1万円をかならず払わなければならない選択と、50%の確率で2万円を支払わなければならないが、50%の確率で何も支払わなくてよいくじに参加するという選択があるとする。先ほどの選択では1万円を受け取ると答えた人でも、この場合は、くじへの参加を選択する人もいるのではないだろうか。
この状況は価値関数の感応度逓減性で説明できる。つまり、損失局面では価値関数は凹型なので、さらなる損失による悲しみは小さく感じられるが、損失を小さくすることによるうれしさの度合いは大きく評価されるため、リスク愛好的になる。一方、利得局面では価値関数が凸型なので、さらなる利益を得ることによるうれしさは小さく感じられるけれど、利益が減ることによる悲しみは大きく感じられるためにリスク回避的になるのである(図2, 3参照)。
2――プロスペクト理論と選挙
経済状況と選挙結果の関係の一部は、プロスペクト理論の感応度逓減性の特徴から示される利得面でのリスク回避性と損失面でのリスク愛好性の高まりによって説明できることが、過去の研究によって示されている1。この研究は、他の国々に比べて良い経済状況が予想される利得局面で人々はリスクの小さい経済政策を支持するが、他の国々に比べて悪い経済状況が予想される損失局面では、リスクの大きい経済政策への支持が高まる傾向があることを確認した。つまり、経済状況と人々の経済政策の選択の関係がプロスペクト理論の予想と整合的であることを示したのだ。
経済政策の選択を、現職の候補と新人候補の選択に当てはめて考えてみる。現職候補に比べて新人候補は、人々の認知度が低いことが多く、良くも悪くもこれまでの経済の傾向を大きく変化させる可能性がある点で、リスクが大きい選択と考えられる。一方で、現職候補は新人候補にくらべてよく知られていて現在の状況を大きく変化させる可能性は小さいという点で、リスクが小さい選択と考えられるだろう。そのため、景気後退期には、人々のリスク愛好性が高まることで、新人候補にプラスの影響を与える(現職候補にマイナスの影響を与える)ことが考えられるのである。
現在、新型コロナウイルスの影響によって、日本のみならず世界的に景気は後退傾向である。つまり、プロスペクト理論を用いた予測からすれば、現在のような状況下で行われる選挙は、良い意味でも悪い意味でも人々にとってリスクの大きい、新人の候補者にプラスの状況であると考えることができるのである。
1 Quattrone and Tversky, 1988
経済政策の選択を、現職の候補と新人候補の選択に当てはめて考えてみる。現職候補に比べて新人候補は、人々の認知度が低いことが多く、良くも悪くもこれまでの経済の傾向を大きく変化させる可能性がある点で、リスクが大きい選択と考えられる。一方で、現職候補は新人候補にくらべてよく知られていて現在の状況を大きく変化させる可能性は小さいという点で、リスクが小さい選択と考えられるだろう。そのため、景気後退期には、人々のリスク愛好性が高まることで、新人候補にプラスの影響を与える(現職候補にマイナスの影響を与える)ことが考えられるのである。
現在、新型コロナウイルスの影響によって、日本のみならず世界的に景気は後退傾向である。つまり、プロスペクト理論を用いた予測からすれば、現在のような状況下で行われる選挙は、良い意味でも悪い意味でも人々にとってリスクの大きい、新人の候補者にプラスの状況であると考えることができるのである。
1 Quattrone and Tversky, 1988
参考文献
Kahneman, Daniel and Amos Tversky (1979) Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk, Econometrica 47 (2) 263-291.
Quattrone, George and Amos Tversky (1988) Contrasting Rational and Psychological Analyses of Political Choice, American Political Science Review 82 (3) 719-736.
Kahneman, Daniel and Amos Tversky (1979) Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk, Econometrica 47 (2) 263-291.
Quattrone, George and Amos Tversky (1988) Contrasting Rational and Psychological Analyses of Political Choice, American Political Science Review 82 (3) 719-736.
(2020年07月02日「研究員の眼」)
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03-3512-1882
経歴
- 【職歴】
2010年 株式会社 三井住友銀行
2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
2021年7月より現職
【加入団体等】
日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
博士(国際貢献、東京大学)
2022年 東北学院大学非常勤講師
2020年 茨城大学非常勤講師
岩﨑 敬子のレポート
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