2020年08月05日

賃金水準と退職給付制度の変化

静岡県立大学 経営情報学部 上野 雄史

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2013年から始まったアベノミクスで給料が上がり、貯蓄しやすい環境になったのであろうか。図表1は企業規模ごとの賃金推移である。賃金は震災の影響により下がったものの、その後、政権交代、アベノミクス開始後、上昇トレンドに転じ、緩やかであるが上がっていることが分かる。つまり、この賃金上昇の恩恵を労働者は受けているはずである。マイナス金利下であり運用面では厳しい環境にあるものの、貯蓄、余剰の資金は生まれやすい環境にあるともいえる。
図表1:企業規模ごとの賃金推移
では、退職給付制度の現状および給付水準はどのようになっているのであろうか。厚生労働省「就労条件総合調査」から見てみよう。「賃金構造基本統計調査」と「就労条件総合調査」は、同一調査ではなく、企業のカテゴリーに若干違いがあるとはいえ、おおよその比較は可能である。図表2は2008年度と2018年度の制度状況を比較した結果である。
図表2:退職給付制度の状況
共通点として、「退職給付制度がない」企業の割合が全ての企業規模においても増加していることに気が付く。さらに「企業年金がある」企業の割合も減少している一方で、「退職金制度のみ」の企業が増加している。この現象は2012年3月末をもって税制適格退職年金が廃止されたことも影響している。つまり、税制適格退職年金から別の制度へ移行するのではなく、退職金に戻す、もしくは制度そのものを廃止する企業が多かったことになる。

2008年度から2018年度の減少傾向には企業規模による違いが見られる。大企業において、「企業年金がある」企業の割合は5.0%の減少に留まっているのに対して、小企業においては16.1%減少して14.1%にまで低下している。「退職給付制度がない」企業の割合についても、大企業は4.8%→8.9%(4.1%増加)、小企業18.3%→25.4%(7.1%増加)と差が大きい。4分の1以上の小企業において退職給付制度がない状況になっている。

「退職金制度のみ」の企業の割合は、大企業は、18.4%→19.3%(0.9%増)、中企業(300~999 人)28.3%→34.1%(5.8%増)、中企業(100~299 人)36.2%→47.8%(11.6%増)、小企業51.5%→60.5%(9.0%増)となっている。100~299 人の中企業における増加率が最も高くなっている。これは先述した税制適格退職年金に加入していた中企業が、「退職金制度のみ」にシフトした結果と推察される。
図表3:制度実施状況に応じた平均給付額の推移
図表3は、制度実施状況に応じた平均給付額の推移である。給付水準をみると、退職金制度の給付額がこの10年(2008年から2018年)で大幅に減少していることにも気が付く(800万円の減少)。退職金制度は労使の合意のみで給付減額が可能であり、企業年金制度と比べて減額のハードルは低いことも影響していると推察される。つまり、規模が小さい中小企業ほど退職金制度へと回帰する現象がみられ、給付額も減額していることが推測される。つまり、企業規模が小さい中小企業と大企業との退職給付の格差がこの10年で広がっていることが分かる。

賃上げの環境にあるにもかかわらず、退職給付の給付額は上昇していない理由は、この間、ポイント制など、給与上昇と退職給付額とが連動しにくい制度が導入されてきたことが影響している。企業がフローとしての賃上げには応じても、将来の負担、債務として転換される退職給付については抑制的に対応している。つまり、経営者としては将来リスクについては回避的ということが明確に表れている。

退職給付制度として望ましいことは何であろうか。経営者は資金保全をより積極的に行うことが望ましい。簡易版企業年金制度の導入によって、企業側の確定拠出年金導入のハードルは低くなっている。ただし、多くの中小企業にとって、未だに「キャッシュ・インセンティブ(確定拠出年金導入による企業の拠出負担)>税優遇」となっていることを考えれば移行を促進することは容易でない。とすると、税優遇措置、加入要件の拡大だけでは不十分で、現状を鑑みた大胆な優遇措置が必要かもしれない。
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(2020年08月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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