2020年05月26日

新型コロナ禍での欧州年金基金への監督対応-EIOPAの対応方針の表明から

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

世界各国で新型コロナウィルスが猛威をふるっている。

まずは感染拡大防止や患者の治療など、病気そのものへの対応が最優先とされていたのは当然のことだ。それとともに人が集まることを避けるであるとか、国によっては都市封鎖であるとかの政策により、経済活動への影響も深刻であり、直接・間接にほぼ全ての産業に影響がもたらされている状況下にある。

保険・年金分野においても、今後様々な面で影響が出てくるはずである。今すぐに思いつくだけでも、保険販売業績への影響、保険金等支払額の増加、株価下落に代表されるような資産の目減りなどが懸念事項となるだろう1

今回は、欧州の保険・年金分野で、こうした状況の下実施されている対策の一端をみていく。特にEIOPA(欧州保険年金監督局)が表明した、年金基金の監督の方針の内容を紹介することとしたい。
 
1 とはいえ、日本ではたまたま保険会社の決算期である3月末に近づいてからこの状況に陥ったので、2019年度の決算への影響は限定的のようだが、それはまた別の機会に見ていくことにする。 
 

2――EIOPAからの対応方針の表明など

2――EIOPAからの対応方針の表明など

1保険・年金分野での全般的な対応方針
新型コロナウィルス2への対応については、EIOPAから3月中旬からプレス発表などが出されてきており、以下のようなものがある3
 
2 EIOPA文書では、今回のウィルスのことを、Coronavirus/covid-19と表現しているようだが、ここでは原則として、日本の報道等でよく見られる「新型コロナウィルス」としておく。
3 全体の経緯については、EIOPAホームページ「COVID19 対策」https://www.eiopa.europa.eu/browse/covid-19-measures
こちらのレポートも参照頂きたい。
中村亮一「新型コロナウィルスの感染拡大を受けての保険監督当局当の対応-欧州のEIOPA等のケース」
ニッセイ基礎研究所(2020.5.1)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64366?site=nli
【監督措置に関して】
2020.3.17
事業継続性とソルベンシーおよび資本ポジションに関して、新型コロナウィルスの保険部門への影響を緩和するための行動に関する声明
ここでは、顧客サービスが無事に維持されることが重要であること、保険会社決算の報告期限の延長などについては柔軟な対応をすべきこと、各国保険市場について今後継続的な監視を行うことなどが述べられている。
また、保険会社の支払能力の維持が重要であり、ケースによっては監督者の介入がなされること、最近のストレステストなどの結果によれば十分な支払能力が維持されていると考えられること、この状況下においては、株主配当や報酬の支払いなどは慎重に検討すべきこと、などに言及されている。
 
2020.3.20
監督報告および公開の期限に関する監督の柔軟性に関する勧告

2020.4.3
ソルベンシーIIなどの報告や公開に関する仕様書などの取り扱いについて

2020.4.30
2020年12月末まで、ソルベンシーIIレビューに関する提言のためにタイムテーブルを改定
【保険分野における対応】
2020.4.1
新型コロナウィルスが消費者に与える影響を緩和するための保険会社などへの要請
契約の権利の確認・説明や今般の緊急的な措置についての説明を行うべきことなどを述べている。

2020.4.2
配当金分配と慣行報酬」に関する声明 (株主配当の一時的な停止、報酬の支払延期などを勧告)
 【年金基金分野における対応】
2020.4.17
新型コロナウィルスが年金基金に与える影響を緩和するための原則に関する声明(内容は後述)
【消費者向けの声明】
2020.4.24
新型コロナウィルスの保険の適用範囲の理解にむけて
保険でカバーされる範囲の確認、オンライン詐欺等への注意喚起、資産の目減りへの拙速な対応の戒めなどにつき、述べられている。
2年金基金分野への対応方針
このうち、4月17日に出された年金基金分野に関する新型コロナウィルスの影響を緩和するための原則について、少し詳しく内容を紹介する。

これは、各国の監督官庁に向けて、年金基金分野における今般の対応について原則を述べたものである。

まず、年金基金は長期投資家としての立場から、現在の不安定な金融市場で安定化の役割をはたすことができるとの自負を示している。また、欧州の年金基金の制度は、EU指令等により共通の健全性規則を最低限設定しているとはいうものの、加盟国の法律が異なることでやはり異なる面もある。そのため、加入者、年金受給者、基金、スポンサー、保護基金など関係者の負担するリスクには国や地域毎に違いが生じている、というEIOPAの現状認識がある。

こうした多様性はあるものの、新型コロナウィルスの感染拡大状況を考慮してダメージを軽減し、さらに広く経済全般や金融システムへの悪影響の連鎖を回避することを目的として、リスクベースでかつその影響の重要性に応じた対応として、各国監督者に以下のような、大きくは5項目の原則的な考え方を示している。
1.事業の継続とオペレーショナルリスクについて
・各国監督官庁は、主要な運営(拠出金の投資、資産の管理、給付金の適時正確な支払、加入者・年金受給者に対する各種サービスなど)を優先して行えるようにする。
・また、拠出金の払い込みにおける各基金の柔軟な取扱いを可能とすること。賃金の支援策や雇用主の資金繰りの問題を十分考慮すること。
・リモートワークなどに起因する一時の混乱に乗じた詐欺等の犯罪に備えた、データ保護・サイバーセキュリティに関する効果的な管理
・文書提出、データ開示、報告に関する期限の延期など柔軟な対応。なお、EIOPA自身への年金基金情報の報告は、2019年末の年次報告に関しては8週間延期され、2020年第一四半期については2週間延期されている。

2.流動性ポジションの確保
雇用主や従業員からの拠出金の支払いが遅れたり、なされなかったりすること、デリバティブポジションによっては追加の拠出金支払いなどに留意すべきであること。
ローンの停止、株式配当金受入れの一時停止、資産売却の困難な現状の下で流動性リスクの、重要性に応じて監視する必要がある。

3.資金調達の状況とプロシクリカリティの回避
確定給付年金を提供する年金基金の財政状態に与える、金融市場の動向の影響と「国内の資金要件」の遵守状況を監視する必要がある。年金基金の長期的な利益保護のための資産売却などが経済へ短期的な影響をもたらすといった悪循環(プロシクリカリティ)をうまく回避する必要がある。
 
4.加入者と年金受給者の保護
年金の権利を保護するためには、例えば拠出金の払い込みの一時的な延期などにおいて、ある程度柔軟な対応が必要かもしれない。
 
5.コミュニケーションの重視
新型コロナウィルスの影響(サービスの継続や経済状況の悪化に伴う悪影響)について、情報の提供などを適切に行う必要がある。特に確定拠出年金における拠出金の資産運用方法について、各加入者が不安にかられるあまり、慌てて運用方法を変更するなどして長期的な利益を失わないように、必要な情報提供を行うこと。
 

3――おわりに

3――おわりに

年金基金に関して言えば、医療給付金の支払いの増加による資金不足という心配は小さいだろうが、各企業の経営悪化などに伴う拠出金受け入れの混乱や、資産運用に関しては、確定給付年金の場合には、必要な準備金を確保する点からは、実態経済の悪化に伴う資産の目減りも心配であろうし、確定拠出年金の場合でも加入者に対するこうした場合の資産運用に関する教育や情報提供が重要になってくるということであろう。

日本においても、保険会社の2019決算の発表が始まった時期であるが、業績・収支状況に加えて、この事態への対応にも注目されるだろうし、欧州でのこうした対応が参考になる面もあるかと思われる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年05月26日「保険・年金フォーカス」)

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