2020年03月17日

新型コロナと保険(中国)-SARSの教訓をどう活かすのか。

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――2003年のSARSの教訓をどう活かすのか。

中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19は、世界でその猛威をふるっている。WHOによると、2020年3月15日時点で、中国を含め144の国と地域に広がり、感染者数は15万3,517人、死者数は5,735人に上っている1。その半数を占める中国では、感染者数8万1,048人、死者数3,204人となっている。しかし、中国では新たな感染者数、死者数の増加の勢いは急速に鈍化しており、感染はいまや中国以外の国や地域で急拡大している。(図表1)。
図表1 中国及び中国以外での新規感染者数
振り返ってみると、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)発生に際して問題の1つとなったのは、農村で公的医療保険制度が整備されていなかった点だ2。感染の疑いがある者は、病院がある都市まで長時間移動しなければ診察を受けられない、更には、高額な医療費を心配して治療を諦めてしまうなどの問題が発生した3。当時は医療保険制度の整備や医療の供給体制などに多くの課題があり、それが結果的に感染を広げてしまう事態も招いていたのだ。

SARSでの教訓を新型コロナでどう活かすのか。本稿では、今般の新型コロナに関して、公的医療保険、民間保険、P2P互助といった保険分野を軸に、どのような緊急措置や支援事業が実施されているのか、その一端を紹介する。
 
1 WHO「Coronavirus disease (COVID-2019) situation report-55」
2 飯島渉・澤田ゆかり(2010)『高まる生活リスク-社会保障と医療』(叢書 中国的問題群10)岩波書店
3 人民ネット「治癒一個SARS病人要花多少銭」(2003年第六期)http://www.people.com.cn/GB/paper2515/9616/887461.html 2020年3月10日アクセス
 

2――武漢市の患者は、病院での窓口負担なし

2――武漢市の患者は、病院での窓口負担なし

今般の新型コロナで、医療行政面で大きな動きが見られるようになったのは、習主席が新型コロナウイルスの蔓延を全力で阻止するよう指示を出した1月20日以降であろう4。その2日後には、法定伝染病(日本の指定感染症に相当)に指定され、感染地域の封鎖、住民の活動や行動の制限、感染者や濃厚接触者の隔離治療などが法律(伝染病予防治療法)に基づいて実施されることになった。また、法定伝染病の指定とともに、国が公費補助を発表、それを受けて、武漢市は病院での窓口負担なしを発表した。
 
新型コロナウイルスによる肺炎が法定伝染病に指定されたのは1月22日で、原因不明の肺炎患者の報告からおよそ1ヶ月を経ての指定となった5。SARSの際はおよそ4ヶ月後の4月10日であった点を考えると、相対的に速く指定されている。

中国では伝染病予防治療法に基づいて、伝染病を甲類・乙類・丙類に分類している6。新型コロナは、SARSと同様の「乙類伝染病」に指定され、予防・コントロール措置は、ペスト、コレラ(甲類)と同レベルとすることも発表された。これによって、感染者の隔離治療、濃厚接触者の隔離・経過観察を強制的に行うことが可能となった。
 
伝染病予防治療法によると、隔離治療を拒んだ場合や無断で治療を放棄した場合、公安当局が医療機関と協力し強制隔離を行うと定めている。また、地方政府レベルで、娯楽施設の封鎖、住民の活動の制限や停止、授業・出勤・企業の経営活動の停止、一定地域(省レベル)の封鎖も可能としている。一方、大規模、中小規模の都市や省・自治区などを跨った幹線道路、交通などの封鎖については、国(国務院)が決定する。なお、翌日の1月23日には武漢市及びその周辺地域が封鎖されている7
 
また、法定伝染病の指定と同日の1月22日、中国の財政部(日本の財務省に相当)と国家医療保障局(日本の厚生労働省に相当、医療分野を管轄)は、急速に増加する感染者に対して緊急特別措置を決定している8

それは、新型コロナと診断されて治療を受けた場合、医療費の自己負担部分については公費で補助するというものである。SARSに際しては法定伝染病指定からおよそ1ヶ月後の5月7日に関係当局が地方政府に生活困難者に対する救済措置を求めている。しかし、地方政府の財政力によって対応が異なったため、より手厚い救済を求めて感染者や感染の疑いがある人が移動をするなどの問題も発生した。SARSを経て改定された伝染病予防治療法では、生活が困難な所得層に対して医療費の減免を規定している。しかし、今般は、所得の多寡にかかわらず全ての感染者を対象とし、また、その通知を法定感染病の指定と同日に発表している。これによって、医療費の支払いへの不安をやわらげ、人の移動を可能なかぎり少なくしようとした姿勢が見えてくる。
 
新型コロナは治療薬や治療法が確立されておらず、医療費がどれくらい必要となるかは未知数である。よって、当局は新型コロナの診療ガイドラインを作成し、そこに記載された処方薬、治療については一時的に公的医療保険での給付を可能とした9

また、中国では市単位で公的医療保険制度を管轄しており、患者が事前の手続きをせず市を跨いで治療を受けた場合、自己負担が全額もしくは多くかかる仕組みとなっている。今回の緊急措置では、まず患者の治療を最優先とし、市を跨いだ場合でも自身が保険料を納める市内での受診と同様の自己負担とするとした。これを受けて、武漢市は、感染が確定した市民について、入院、通院、病院内での経過観察治療の窓口負担を求めず、無料で治療が受けられると発表した10。一連の措置によって、治療費が払えないことを理由に医療機関が患者を拒否したり、患者自身が治療を放棄したことで感染を広めてしまうというリスクを少しでも小さくすることを企図した。
 
武漢市のような大規模都市であれば、医療の供給体制やレベル、公的医療保険制度の整備が進んでおり、通常の状態であれば何ら問題はないであろう。問題の本質は、多くの患者が不安にかられて一気に病院に殺到し、供給体制が追いつかなくなることで、医療現場に混乱が生じてしまう点にある。

習近平政権は、2月23日、感染拡大について「1949年以来、中国にとって公衆衛生分野における最大の緊急事態」とし、国を挙げて封じ込めを行う姿勢を示した。中国は、上掲のような公的医療保険制度における措置のみならず、民間保険会社に対しても緊急措置の要請をしている。
 
4 求是、http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-02/15/c_1125578886.htm 2020年2月15日、2020年3月10日アクセス、習主席は、掲載文において、最初に感染対策を講じるよう求めたのは1月7日としている。
5 国家衛生健康委員会による2020年第1号公告。2019年12月18日、湖北省武漢市で原因不明の肺炎患者の発生が報告されて以降、12月末には、中央(国家衛生健康委員会)が専門家チームを武漢に派遣。ウイルスの特定、感染者の隔離治療、消毒などを実施。12月31日にWHOに報告。1月7日に新型コロナウイルスの遺伝子配列を特定。1月前半までは病例の確認、ウイルスや発生源の特定などに費やされている。
6 伝染病予防治療法(「伝染病防治法」(2004年改定版))では、伝染病を感染力や、流行状況、危険度に応じて、甲類、乙類、丙類の3種に分類している。甲類はペストとコレラの2種、乙類にはSARS、鳥インフルエンザなど26種、丙類はインフルエンザ、風疹など11種が指定されている。ただし、乙類に分離されるSARS、炭疽症、鳥インフルエンザは甲類(ペスト、コレラ)の疾病と同じ措置をとると規定されている(4条、39条)。
7 武漢市の周先旺市長は、1月26日の記者会見で「春節及び新型コロナの影響で、500万人が武漢を離れ、900万人が市内に留まっている」と公表し、封鎖はしたものの、多くがすでに武漢を離れている点を指摘した。新浪財経「武漢市長:500万人離開武漢、他们都去了哪児」、https://finance.sina.com.cn/wm/2020-01-27/doc-iihnzahk6483733.shtml 2020年1月27日、2020年3月13日アクセス
8 国家医療保障局、財政部「関于做好新型冠状病毒感染的肺炎疫情医療保障的通知」
9 国家衛生健康委員会「新型冠状病毒肺炎诊疗方案」、2020年3月4日時点で第7版まで発表されている。なお、1月27日には追加措置として、対象者に感染の疑いのある患者も含めている。出典は、国家医療保障局弁公室、財政部弁公庁、国家衛生健康員会弁公庁「関于做好新型冠状病毒感染的肺炎疫情医療保障工作的補充通知」
10 武漢市新型冠状病毒感染的肺炎疫情防控指揮部によるプレス発表(1月21日)
 

3――給付条件や範囲の緩和を求められる民間保険

3――給付条件や範囲の緩和を求められる民間保険、第一戦で働く医療従事者に無償で付保

新型コロナがSARSの時と大きく異なるのは、社会インフラや産業のデジタル化が進んでいる点にあろう。民間保険市場も同様で、加入手続きや契約の保全、保険料や給付金の決済についてもネット上で速やかに完結することが可能だ。保険監督当局(中国銀行保険監督管理委員会)は、その担い手である保険会社に対して、本来給付対象外であるケースについても保険給付を可能とすることや、医療従事者や公務員に無償で付保することなどを緊急に要請している。保険会社側がオンライン診療などの健康に関するアプリを提供している場合、発熱に関する相談などのサービスを強化するなどの対策も講じている。このように、保険会社は現金給付という本来の役割と、オンライン診療などのサービス提供を通じて医療供給体制の一端もサポートしている。
 
では、保険監督当局が生命保険会社にどのような措置を求めたのかについて見てみる。民間保険市場を監督・管理する銀保監会は、2月3日、生命保険会社に対して以下のような給付条件の緩和や手続きの簡素化、効率化を求めた(図表2)。
図表2 当局が生命保険会社に求めた緊急要請内容(概要)
加えて、医療保険のみならず、本来給付の対象外である重大疾病や傷害保険についても、自社が可能な範囲で給付を検討するよう求めた11。被害がどれほど広がるのか想定が難しい中で、どの保険について、給付の範囲をどこまで緩和するのかについては各社に一任されている。新型コロナに乗じて保険料を引き上げることは禁止されているため、被害状況によっては多大な給付プレッシャーがかかる可能性もある。各社は経営状況に基づいて全体でどれくらいまで給付が可能なのかを見極めながら対応を進めていく必要がある。
 
当局のこのような緊急要請を受けて、生保各社も順次対応に乗り出している。その中で、国有最大手の中国人寿の対応は速かった。当局の上掲の要請の前に、(1)新型コロナの第一線で働く医療従事者や公務員などに無償で付保、(2)関係機関への寄付や援助、(3)新型コロナに感染した契約者への給付をいち早く行っている。
 
具体的にその動きを見てみると、まず、1月20日には、新型コロナに対応する専用窓口を設置している。24日には武漢市で医療の最前線で働く18万人の医療関係者に無償で付保すると発表しており、新型コロナによって死亡した場合1名あたり50万元(およそ800万円)を給付するとした。

また、25日には中国人寿の慈善基金会を通じて、武漢の衛生関係機関に1,500万元分の援助物資と資金を寄付している。26日には武漢で働く公務員と武装警察にも無償で付保するとし、新型コロナが原因で殉職した場合、1名あたり100万元(およそ1,600万円)を給付するとした。

このように、2月10日までで、中国人寿グループ全体で、武漢市の最前線で働く医療関係者およそ32万人、武漢市の武装警察、湖北省以外の20の省・60万人の新型コロナにかかわる関係者(臨床試験関係者など)などに無償で付保することを決定している。
 
一方、契約者への給付体制も整備されている。1月22日には窓口機能を強化し、24時間いつでも、アプリを通じてオンラインで支払請求を受けられる体制を整えている(紙ベースでの支払請求の免除)。加えて、給付対象となる病院の指定や制限を取消し、実損填補型の医療保険の不担保期間、免責額、治療薬と診療内容の制限も取り消すとした。また、本来給付対象とならない傷害保険への加入者については、新型コロナによる死亡、高度障害について保険金を一時的に給付すると発表した。
 
2月10日には、中国人寿が販売する重大疾病保険31商品について、新型コロナを給付対象にすると発表した。条件は、被保険者が責任期間中に、医療機関において新型コロナと初めて診断された場合、且つ重症または重篤な状態と判断された場合としている。保険金には上限を設けており、被保険者が新型コロナと診断された時点で、契約している保険金の25%を一回のみ給付できるとした。なお、給付額は100万元を超えないこととしている。また、期限も設けており、契約が発効した日から2020年4月30日の24時まで、診断は国が新型コロナの治療に指定した病院によるとものとした。このような措置によって、中国人寿は3月8日までに新型コロナ(医療現場の第一戦で働く者を含む)を要因とする案件として、合計119件、1,709万元(2.7億円)を給付している12
 
また、中国人寿は自社の健康プラットフォーム上で、オンライン診療、電話相談、感染防止の情報や感染情報の提供など、新型コロナに関する専門のサービスを無料で提供している。特に、オンライン診療や電話相談については24時間対応とし、濃厚接触の疑いがあるものの症状がない場合、感染の疑いがあるものの症状が軽く、近所の病院での診療が難しい場合、持病があるものの病院での受診をすると院内感染のリスクがある場合について有効としている。このような取り組みは、医療現場が混乱する中で、重症化しやすい慢性病疾患の患者や軽症者の二次感染の緩和に役立てることができる。
 
11 2003年のSARSの際、当時の監督官庁である中国保険監督管理委員会(保監会)は、保険会社に対して給付の迅速化などは求めたものの、給付の範囲の拡大等については原則として求めなかった。当時は各社の判断で不担保期間の短縮、手続きの簡素化などの措置をとっていた。一方で、保監会は、SARSを対象とした保険商品を認可している。2003年6月9日、保監会は生命保険会社によるSARS関連の保険金支払い件数202件、281.6万元(死亡給付が198.5万元、入院給付が83.1万元)が給付されたと発表した。2003年の生保収入保険料は3,011億元で、そのうち健康保険は8%を占める242億元であった。同年の給付総額は364.7億元である。中国政府によると、2003年のSARSに際して、保険業界全体で合計313件、500万元を超える給付がされ、寄付金は総額1,000万元、医療関係者向けの無償付保は2億元を超えたとしている。なお、SARS当時は、SARSを保障対象とした保険商品、特約が開発・認可されていたが、現在の監督当局である銀保監会は、今般の新型コロナのみを保障対象とした保険商品の開発を禁止している。http://www.gov.cn/test/2005-06/30/content_11398.htm 、2020年3月13日アクセス
12 中国人寿の2018年の給付金の総額(年間)は1,744億元である。なお、中国保険業協会によると、3月11日までで、新型コロナ関連の給付を含め、保険業界全体で12.2万件、給付金の合計は1.8億元(生保:1.13億元、損保:0.67億元)となっている。

(2020年03月17日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019~2020年度・2023年度~)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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