2020年03月06日

30歳代と50歳以上の物価上昇率格差は消費増税後に3%まで拡大

基礎研REPORT(冊子版)3月号[vol.276]

経済研究部 経済調査部長   斎藤 太郎

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1―低水準で推移する物価上昇率

消費者物価(生鮮食品を除く総合、以下コアCPI)上昇率は2019年10月の消費税率引き上げ後もゼロ%台で推移している[図表1]。
消費者物価
前回の税率引き上げ時(2014年4月)に1%台から3%台まで跳ね上がったのと比べると、上昇率は低水準だ。その理由として、もともとの物価の基調が弱いことに加え、税率の引き上げ幅が小さかったこと、軽減税率、幼児教育無償化が導入されたことが挙げられる。

2―年齢階級別物価上昇率の試算

前回の消費税率引き上げ時には物価上昇率が急速に高まったことにより、実質賃金が大きく目減りし、消費低迷の長期化につながった。今回は名目賃金の伸び悩みは続いているものの、消費税率引き上げ後も物価上昇ペースがほとんど加速していないため、実質賃金の落ち込み幅は限定的にとどまっている。
 
ただし、消費者物価を押し下げている幼児教育無償化の影響は一部の世帯に限られている。
 
消費者物価指数は家計調査(二人以上世帯)における2015年平均1ヵ月間の1世帯当たりの品目別支出金額のウェイトを基に算出される。これに加えて、世帯主の年齢階級別指数が作成、公表されているが、年平均のみの公表となっている。
 
幼児教育無償化の対象となる世帯の割合は世帯主の年齢階級によって大きく異なるため、消費税率引き上げ後には物価上昇率の格差が拡大していることが見込まれる。そこで、月次ベースの年齢階級別の物価上昇率を試算した。
 
消費者物価指数で幼児教育無償化の対象となる品目は、幼稚園保育料(公立)、幼稚園保育料(私立)、保育園保育料の3品目で、それぞれのウェイトは0.03%、0.27%、0.53%だが、世帯主の年齢階級別指数では10大費目のウェイトしか公表されていない。一方、消費者物価指数のウェイトを算出する際の基となっている「家計調査」では年齢階級別の幼児教育費用、保育費用に対する支出ウェイトを求めることができる。消費者物価指数の幼稚園保育料、保育園保育料のウェイトは家計調査の幼児教育費用、保育費用を統合、配分することによって作成されている。家計調査で年齢階級別の消費支出全体に占める「幼児教育費用+保育費用」の割合を、現行の消費者物価指数と同じ2015年平均でみると、最も高いのが30~39歳の4.5%でそれに続くのが29歳以下の3.3%、40~49歳の1.6%で、50~59歳(0.1%)、60歳以上(0.0%)になるとその割合はほぼゼロとなる[図表2]。
幼児教育・保育費用
10大費目については、総務省統計局から公表されている年齢階級別のウェイトを用い、幼稚園保育料(公立)、幼稚園保育料(私立)、保育園保育料の3品目については、家計調査における年齢階級別の幼児教育費用、保育費用の割合をもとにウェイトを調整する。その上で消費者物価指数の10大費目別指数、幼稚園保育料、保育園保育料の指数を用いて月次ベースの世帯主の年齢階級別・消費者物価上昇率を試算した。
 
なお、消費者物価指数における幼稚園保育料(公立)、幼稚園保育料(私立)、保育園保育料の2019年10月以降の上昇率はそれぞれ前年比▲100%、同▲95.0%、同▲58.1%である。

3―増税後に世代間の格差が拡大

このようにして求めた年齢階級別のコアCPI上昇率は図表3のとおりである。2019年9月までは年齢階級によって上昇率に大きな差はないが、消費税率が引き上げられた10月に格差が急拡大していることが分かる。平均よりも上昇率が高いのは50歳以上の世帯で、50~59歳、60歳以上の世帯では2019年12月にそれぞれ1.2%、1.4%となった。
世帯主の年齢階級別・消費者物価上昇率
一方、49歳以下の世帯は平均を下回っており、幼児教育無償化の恩恵が最も大きい30~39歳の世帯では前年比▲2%程度のマイナス、29歳以下の世代では同▲1%台のマイナスとなっている。50歳以上と30歳代では消費税率引き上げ後の物価上昇率格差が約3%まで拡大した。
 
消費税引き上げ後の世帯主の年齢階級別・消費者物価上昇率を寄与度分解すると、それぞれの年齢階級別の支出ウェイトが異なるため、消費税率引き上げ、軽減税率導入の影響が若干異なるが、その差はそれほど大きなものではない。圧倒的に差が大きいは幼児教育無償化の影響である。
 
幼児教育無償化によるコアCPI上昇率の押し下げ幅は29歳以下が▲2.3%、30~39歳が▲3.2%、40~49歳が▲1.1%、50~59歳が▲0.1%、60歳以上が▲0.0%(数値は2019年10~12月の平均)である[図表4]。
物価上昇率の寄与度分解
幼児教育無償化の恩恵を大きく受けている世帯主39歳以下の世帯の割合は11.5%(29歳以下が1.5%、30~39歳が10.0%)にすぎない(2018年の家計調査(二人以上世帯)による)。一方、消費税率引き上げ後の物価上昇率が平均を上回っている50歳以上の世帯の割合は70.0%(50~59 歳が17.8%、60~69 歳が22.8%、70 歳以上が29.5%)である。消費税率引き上げ後の物価上昇率が低水準にとどまっているのは、一部の世帯の物価上昇率が大きく下がっているためで、全体の7割を占める50歳以上の世帯は1%台の物価上昇に直面している。
 

4―幼児教育無償化による消費押し上げ効果は限定的か

幼児教育無償化によって消費者物価上昇率の平均値は大きく押し下げられているが、そのことが実質所得の上昇を通じて個人消費を押し上げることは期待できないだろう。幼児教育無償化で支払う必要のなくなった保育料のかなりの部分は貯蓄される公算が大きいためである。
 
幼児教育無償化による負担軽減が消費増加につながりにくいことを示唆する例として、2010年4月に実施された高校授業料の無償化が挙げられる。高校授業料無償化の恩恵を大きく受けたのは、40~49歳、50~59歳の世帯だったが、2010年の消費支出はむしろその年齢層で大きく落ち込んだ。特に、高校授業料の減少が最も大きかった40~49歳の世帯では貯蓄率(黒字率)が大幅に上昇したことにより、他の年齢層よりも消費の落ち込み幅が大きくなった[図表5]。
 
高校授業料無償化の影響
足もとの消費の落ち込みは、消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動が主因と考えられる。このため、現時点で消費の基調的な動きを見極めることは困難だが、消費税率引き上げ後の個人消費は、見かけの物価上昇率以上に実質所得低下の影響を受けている可能性が高い。幼児教育無償化による消費押上げ効果は限定的と考えられる。
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

(2020年03月06日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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