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- 70歳雇用を推進する背景と今後の課題は?
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政府が70歳雇用を発表
今回の改正案では、企業が労働者を同じ企業で継続して雇用することを義務化した上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、(4)他企業への再雇用支援、(5)フリーランスで働くための資金提供、(6)起業支援、(7)NPO活動などへの資金提供という項目を追加した。定年延長による人件費増を懸念する企業にも配慮した措置だと言える。
また、政府は2019年9月に社会保障制度改革の司令塔となる「全世代型社会保障検討会議」の初会合を開いた。検討会議では、今後70歳までの就業機会の確保を含めて、60~70歳の間で選べる年金受給開始年齢の70歳超への選択肢拡大、疾病・介護予防の推進、後期高齢者の窓口負担の引き上げ、介護保険サービスの自己負担の引き上げなどを議論する予定である。
厚生労働省は、定年後に企業を出てフリーランスや起業して働く元従業員を対象に、個別に企業が継続して業務委託契約を結ぶ新たな制度を創設する方針を固めた。政府は、70歳までの就業機会確保について企業に努力義務を課すことを柱とする高年齢者雇用安定法改正案を今年の通常国会に提出する計画である。
70歳雇用推進の背景
一方、労働力人口は、女性や高齢者の労働市場への参加が増えたことにより、2013年以降はむしろ増加している。しかし、15~64歳の生産年齢人口の減少は著しい。日本における2016年10月1日現在の15~64歳人口は、約7,656万人と、前年に比べ72万人も減少した(図表1)。このように少子高齢化が進展し、労働力人口が減少している中で、政府は定年延長を推進し、労働力確保や経済の活性化を目指すことになったと言える。
政府が定年延長を推進するもう一つの大きな理由は社会保障制度の持続可能性を拡大するためである。2017年度の年金、医療、介護などに充てられた社会保障給付費は116.9兆円と前年度に比べて1.3%増加した。さらに、高齢者人口が4千万人近くなり、ピークに達すると予想される2040年には社会保障給付費は約190兆円に増加すると推計されている。このままだと、社会保障制度を支えている生産年齢人口は減少しているのに、主な給付対象である高齢者だけが増加し、社会保障制度を維持することが難しくなる。そこで、政府は定年延長を推進し、社会保障財政の安定化を志向することになったのである。
雇用延長の現状や今後の課題
60歳を境に正社員としての身分が失われ、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態に変わるケースが多い。このため、高齢者の賃金水準が定年前に比べて大きく低下し、場合によっては、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性も高い。こうしたことは、高齢者の働く意欲の低下を招くとともに、職場の生産性にも少なからず影響を及ぼしていることが懸念される。改正高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行されたことにより、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、低い賃金水準ゆえに、労働市場に長く参加していることが、必ずしも高齢者の生活の質を高めたとは言えないのが現状である。
定年後研究所が定年制度のある企業に勤務している40代・50代男女、および、定年制度のある企業に勤務し60歳以降も働いている60代前半男女、合計516人を対象に実施したアンケート調査(2019年6月4日)によると、「70歳定年」(70歳定年あるいは雇用延長)について「とまどい・困惑を感じる」(38.2%)や「歓迎できない」(19.2%)と回答した、「アンチ歓迎派」は57.4%で、「歓迎 する」と回答した「歓迎派」の42.6%を上回った(図表2)。「とまどい・困惑を感じる」最も大きな理由としては「収入が得られる期間が延びてよいが、その分長く仕事をしなければならないから」(65.5%)が、また「歓迎できない」最も大きな理由としては「自分としては60歳あるいは65歳以降は働きたくないから」(65.7%)が挙げられた。年金の給付を含めた老後の収入さえ確保できれば、労働者の多くは60歳あるいは65歳定年を迎えて労働市場から離れ、余暇を楽しみたいと考えているのだろう。一方、最近、金融庁の金融審議会は、夫婦の老後資金として公的年金だけでは「約2,000万円不足する」という試算結果を示し、不足分を補うためには資産運用などの「自助」の充実が必要と訴えた。この報告を聞いた労働者の多くは「いつまで働かなければいけないのか」という不安を抱くことになっただろう。従って、今後は段階的に定年を引き上げながら、賃金水準をゆるやかに調整していくことが現実的な選択肢になるだろう。今後、人口減少が進む中で経済成長を維持していくためには、高齢者がより活躍できる環境整備が求められる。
(2020年02月25日「その他レポート」)
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
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