2020年02月21日

図表でみる世界経済(過去半世紀の経済発展編)~米中新冷戦に直面した今だからこそ、米ソ冷戦とその後30年の経済発展を振り返り、米中新冷戦に備えよう!

経済研究部 上席研究員   三尾 幸吉郎

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3――米ソ冷戦が終結して30年の経済発展

米ソ冷戦終結後の30年を振り返ると、旧西側陣営では自由資本主義の暴走とも考えられるバブルの形成とその崩壊が相次いだ。まず、旧西側陣営の盟主だった米国の一人当たりGDPの推移を見ると、2000年代後半に不動産バブルが崩壊(その発端はサブプライムローン問題)し、金融機関の破綻相次いだため(パリバショックやリーマンショックなど)、一人当たりGDPは一時的に落ち込んだものの、米国政府が債務を拡大し、非伝統的な金融緩和策を始めるなどの非常手段に踏み切って、「百年に一度」とまで言われた危機をしのいだのに加えて、高金利や米ドル基軸の金融覇権を背景に自国通貨の高評価を保ったため、この30年の一人当たりGDPの伸びは年平均3.5%と、緩やかながらも右肩上がりで上昇してきている(図表-7、8)。

また、その他の旧西側主要国を見ると、欧州では2010年代前半に債務危機に陥り金融システム不安が高まったものの、量的緩和やマイナス金利など非伝統的な金融政策を導入することで、緩やかながらも上昇を維持している。ただし、英国が離脱するなどEU分裂不安が高まり、自国通貨に対する国際的な評価を下げたため、この30年の一人当たりGDPの伸びは年平均2%台で、米国より小幅な上昇に留まっている(図表-7、8)。

なお、日本では、1990年代前半に不動産バブルが崩壊して以降、経済成長(ローカル通貨ベース)が低迷したのに加えて、膨大な不良債権を抱えた金融機関が相次いで破綻することとなった。日本政府が債務を拡大させたことで、一人当たりGDPは一時落ち込んだものの、緩やかながらも上昇を維持している。ただし、「量的・質的金融緩和(異次元緩和)」と呼ばれる非伝統的な金融政策なしには経済成長が保てなくなり、自国通貨に対する国際的な評価を下げたため、この30年の一人当たりGDPの伸びは年平均1.6%と、米国や欧州より小幅な上昇に留まっている(図表-7、8)。
(図表-7)世界の一人当たりGDP(米ソ冷戦終結~2017年)
(図表-8)世界の経済発展(米ソ冷戦終結~2017年)/(図表-9)グローバリーゼーション指数
一方、米ソ冷戦が終結した後の旧東側陣営では、旧西側陣営に共通する価値観だった自由・民主主義が流れ込み、大規模な体制転換(Regime Change)が起きた。1991年にソ連が崩壊すると同時に創設が宣言された独立国家共同体8(Commonwealth of Independent States、CIS)では、2003年にはジョージアでバラ革命、2004年にはウクライナでオレンジ革命、2005年にはキルギスでチューリップ革命と、独裁政権が倒されて民主化する国が相次ぐこととなった。また、旧西側陣営で進んでいたグローバリゼーションが旧東側陣営に波及して加速し、旧東側陣営や中国などその他の開発途上国の経済発展を促すエンジンとなった。KOFスイス経済研究所(KOF Swiss Economic Institute)が公表している「グローバリゼーション指数 9」を見ても米ソ冷戦後に終結加速したことが確認できる(図表-9)。

旧東側陣営に属した主要国を見ると、ロシアでは米国および国際通貨基金(IMF)が勧めた「ワシントン・コンセンサス10」にしたがって、「ショック療法(Shock Therapy)」と呼ばれる急進的な市場経済への移行を試みた。しかし、官僚の汚職や犯罪が蔓延することとなり、また価格統制を廃止したことでハイパーインフレーションが発生、1998年には財政危機に陥るなど問題が続出した。石油などの天然資源に恵まれていたため、旧西側陣営よりはやや高い伸びを示したものの、年平均3.9%という相対的に低い伸びに留まった(図表-7、8)。また、旧東側陣営に属していたハンガリーは、1989年に共和国に体制転換、1999年にはNATO加盟、2004年にEU加盟を果たした。体制転換後のハンガリーは、対外開放を積極的に進めたため「旧東欧の優等生」と呼ばれたこともあったが、EU内などの多国籍企業による投資が牽引役で国内企業は政府の発注や補助金に頼り過ぎて起業機運が高まらないという問題を抱えており、1990年以降の伸びは年平均5.3%に留まった(図表-7、8)。同じくポーランドでは、1989年に非社会主義政権が成立、1999年にはNATO加盟、2004年にはEU加盟を果たした。1990年代に前述した「ショック療法」を採用したポーランドでは、企業の破綻と失業の急増で当初は混乱したものの、1990年代半ばには経済発展の勢いを取り戻し、一人当たりGDPの伸びは年平均8.0%と、旧東側陣営の中ではひときわ高い伸びを示している。ポーランドは米ソ冷戦終結後の地域間格差是正を目的に設立されたEU構造基金(Structural Fund)の恩恵を最も受けた国だとされる(図表-7、8)。

また、米ソ冷戦では中立的な立場を取り1993年に社会主義市場経済に舵を切った中国では、一人当たりGDPの伸びが年平均12.8%に達し、グローバリゼーションの恩恵を最も多く受けた国だと評価できる(図表-7、8)。そして、中国が採用した国家資本主義的な経済運営に対する評価も同時に高まり「北京コンセンサス11」と称されるようになってきた。これから経済発展しようとする開発途上国にとっては、前述の「ワシントン・コンセンサス」と並び称される経済発展のモデルとなったのである。

以上のように、米ソ冷戦終結後にEU加盟を果たした中東欧諸国は、旧西側陣営の資本を取り入れることで、ドイツやフランスの半分から3分の1程度まで発展できた国が多く、EUに加盟した恩恵は大きかったと言えるだろう。しかし、その中東欧諸国でも、前述のように補助金や多国籍企業に依存した経済体質から十分に脱却できていないという問題を抱えており、経済発展の持続性には疑問符を付けざるを得ない。一方、旧東側陣営の盟主だったロシアは中東欧諸国に後塵を拝しており、2018年時点の一人当たりGDPは11,289ドルに留まっている(図表-10)。そのロシアでは、ユーコス事件の起きた2006年ごろから民主主義が後退して強権化し、国家資本主義的な経済運営に転換し動き始めた。そして、2014年のクリミア危機に伴い旧西側陣営の諸国から経済制裁を受けたことを背景に、それが本格化してきている。

また、米ソ冷戦終結後の民主主義指数(Index of Democracy)12と一人当たりGDPの伸びの関係を見ると(図表-11)、旧東側陣営で一人当たりGDPの伸びが最も高かったのは、共産党による一党独裁の政治体制の下で1986年に「ドイモイ(刷新)路線」を宣言し、市場経済を導入したベトナムだった。ソ連崩壊とほぼ同時に共産党政権が崩壊し民主化を進めた中東欧諸国の一人当たりGDPを見ると、水準という観点では民主化が後退したロシアやCIS諸国を上回っている国が多いものの、伸び率という観点では大きな差異が見られない。そして、CISを中途脱退し民主化を進めたウクライナ(2004年にオレンジ革命、2018年にCIS脱退)やジョージア(2003年にバラ革命、2009年にCIS脱退)の伸びは低迷している。

今後、中国を手本としたようなロシアの国家資本主義的な経済運営が成功する一方、中東欧諸国が多国籍企業頼みから脱却できないような事態になると、旧東側陣営の諸国に留まらず「一帯一路」の沿線にある開発途上国などでは、経済発展モデルを「ワシントン・コンセンサス」から「北京コンセンサス」へ切り替えようとする動きが加速しかねないだけに、今後の展開が注目される。そして、これはここもと米中新冷戦が現実味を帯びてきた背景のひとつでもある。
(図表-10)旧東西主要国の一人当たりGDP(2018年)/(図表-11)旧東側諸国の民主化と経済発展
 
8 当初加盟国(1991年12月中)は、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、中央アジア5ヵ国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)、アルメニア、アゼルバイジャン、モルドバの11ヵ国、1993年にジョージアが加盟して一時12ヵ国となったが、その後ウクライナとジョージアが脱退しトルクメニスタンは準加盟国の扱いとなり、現在の正式な加盟国は9ヵ国。
9 グローバリゼーション指数は、経済、社会、政治の3つの側面に関して、それぞれ法律上と事実上の視点からグローバリゼーションの進展度合いを計測した上で、それを算術平均した値である。なお、この値は1から100までの値をとり、大きいほどグローバリゼーションが進んでいることを示す。なお、グローバリゼーションに関しては、その詳細を世界金融危機以降に鈍化した点なども含めて、次回以降の「図表でみる世界経済」で改めて取り上げる予定。
10 ワシントン・コンセンサスは、1989年にジョン・ウィリアムソンが用いた用語で、米国政府・国際通貨基金・世界銀行などワシントンに本拠を置く機関が推進した開発途上国に対する政策に関する合意。旧東側陣営の国々が市場経済への移行に際し採用したため有名になった。財政規律、自由化、規制緩和、民営化などをキーワードとする政策パッケージである。
11 北京コンセンサスは、目覚ましい発展を遂げた中国の国家資本主義的な経済発展モデルを表す用語で、無理に民主化や自由化などを求めないことから、「一帯一路沿線国」など政情が不安定な開発途上国に受け入れられ始めている。
12 民主主義指数は、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(The Economist Intelligence Unit)が、世界各国の民主主義レベルを評価し毎年公表している指数で、選挙プロセスなど5つに分類(指標の数は60)した上で、0から10までの段階に評価し、それを算術平均したものである。数値が大きいほど民主化が進んでいることを示す。
 

4――日本を取り巻くアジアの情況変化

4――日本を取り巻くアジアの情況変化

最後に日本を取り巻くアジアにおいて特筆すべき点をいくつかご紹介しよう。
(図表-12)日中韓 第一に日中韓の関係である(図表-12)。米ソ冷戦の渦中にあった1970年、経済的な豊かさを示す日本の一人当たりGDPは突出して高く、韓国と中国は北朝鮮より貧しかった。また、中国が社会主義市場経済に舵を切り国家資本主義的な経済運営を本格化した1993年時点でも、韓国は日本の25%程度、中国は日本の1.5%程度の水準だった。しかし、現在(2017年)では、日本が約3.8万ドル、韓国が約3万ドル、中国が1万ドル弱で、韓国は日本の8割程度、中国は2割程度の水準にある。そして、日中韓関係にも影響し始めている。
(図表-13)中国・台湾・香港 第二に一国二制度の在り方を巡る混乱が後を絶たない中国、香港、台湾の関係が挙げられる(図表-13)。1993年時点では、中国の一人当たりGDPは香港の2.5%、台湾の4.5%で、豊かさの格差は歴然としていた。そして、現在(2017年)でも中国は香港の2割弱とその差はまだ大きい。しかし、台湾と比べると、中国全国では35%程度まで豊かになってきており、全国に先行して発展した北京や上海との差はほとんど無くなり、中国のシリコンバレーと言われる深圳では上回ってきた(図表-14)。中国が台湾を平和的に一国二制度に組み込もうと動きだした背景には、こうした環境変化もある。
(図表-14)各地の一人当たりGDP(2018年)
第三に中国と北朝鮮の関係が挙げられる(図表-15)。1993年時点での一人当たりGDPは、中国と北朝鮮はほぼ同じ500ドル程度だった。その後、改革開放をさらに進め国家資本主義的な経済運営を本格化した中国が急発展を遂げた一方、北朝鮮の経済は停滞を続けたため、中国の一人当たりGDPは北朝鮮の約13倍にもなった。中国が北朝鮮に対して、国を開き改革を進めて、「北京コンセンサス」と称される中国型の国家資本主義的な経済運営に移行するよう勧めている背景には、こうした中国の成功体験がある。
(図表-15)中国と北朝鮮
 
 

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経済研究部   上席研究員

三尾 幸吉郎 (みお こうきちろう)

研究・専門分野
中国経済

(2020年02月21日「基礎研レター」)

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