2020年02月13日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(5)-EIOPAの2019年報告書の概要報告-

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1―はじめに

これまでの4回のレポートでは、EIOPA(欧州保険年金監督局)が2019年12月17日に公表した「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2019(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2019)」1に基づいて、EU(欧州連合)のソルベンシーIIにおける長期保証(Long-Term Guarantees:LTG)措置及び株式リスク措置に関しての保険会社の適用状況やその財務状況に及ぼす影響について、全体的な状況及び措置毎、国別、会社毎の状況の概要を報告した。

今回のレポートでは、EIOPAの報告書の第2のセクションに記載されているLTG措置や株式リスク措置が直接的に会社の財務状況に与える影響以外の項目のうち、保険契約者保護、保険会社の投資に与える影響について報告する2,3

以下の章では、UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)の使用、MA(マッチング調整)、VA(ボラティリティ調整)、TRFR(リスクフリー金利に関する移行措置)、TTP(技術的準備金に関する移行措置)、ERP(ソルベンシー資本要件に準拠しない場合の回復期間の延長)、ED(又はSA)(株式リスクチャージの対称調整メカニズム)、DBER(デュレーションベースの株式リスクサブモジュール)といった8つのLTG措置及び株式リスク措置の中から、MA、VA、TRFR、TTPの4つの措置を中心に、これらが先に掲げたそれぞれの項目に与える影響についての分析結果を報告している。 
 
 
1 News
 https://eiopa.europa.eu/Pages/News/EIOPA-publishes-its-fourth-annual-analysis-on-the-use-and-impact-of-long-term-guarantees-measures-and-measures-on-eq-ri.aspx
 報告書
 https://eiopa.europa.eu/Publications/Reports/LTG%20Report%202019.pdf
2 前回のレポートで述べたように、以下の図表及び図表の数値は、特に断りが無い限り、EIOPAの「長期保証措置と株式リスクに対する措置に関する報告書2019」からの抜粋によるものであり、必要に応じて、筆者による分析数値を加えたり、表の項目の順番を変更する等の修正を行っている。
3 LTG措置や株式リスク措置の具体的説明については、「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2019年報告書の概要報告-」を参照していただきたい。
 

2―LTG措置等の保険契約者保護への影響

2―LTG措置等の保険契約者保護への影響

1|調査概要
EIOPAは、NSAs(National Supervisory Authorities:各国監督当局)に対し、LTG措置又は株式リスク措置が保険契約者保護に与える影響、特に措置適用の承認取消のケースや過度な資本救済ケースについての観測を報告するように求めた。

一部のNSAsは一般的な見解についてコメントしたが、殆どのNSAsは、LTG措置と株式リスク措置が保険契約者保護に及ぼすプラス又はマイナスの影響について具体的な見解を示していない。しかし、あるNSAは2つの特定のケースを挙げている。1つ目のケースは、強制的な事業譲渡に関するもので、技術的準備金が十分でないことが判明したケースであり、その理由として、技術的準備金の評価に用いられた金利の想定が楽観的すぎることが指摘された(UFRに対する外挿の影響とVAの両方を含む)。2つ目のケースは、VAの適用から追加的な利益を得るために展開されたオフショア再保険イニシアティブに関連している。VAの適用は、保険会社の外にあるが保有しているスプレッドベースの投資の損失を補償することができる。そのため、保有はより多くのリスクを負うことができ、それは株主にとってはプラスであり、保険契約者にとってはマイナスとなる。

LTGの前回の報告書と同様に、MA、VA、DBER、SAの適用により、過度な資本救済が生じたかどうかが評価されている。過度な資本救済は、契約者保護に悪影響を与えるような不当に低い技術的準備金又は資本要件である。

NSAsは通常、LTG措置と株式リスク措置の適用が会社のソルベンシー・ポジションに与える影響を監視している。
2|NSAsによる評価手法
(1)VA
VA に関しては、NSAsは通常、VAをゼロに設定することの影響を評価している。いくつかのNSAsは、実際の投資収益、ポートフォリオの構成と信用の質の変化、投資戦略を考慮して、会社の投資ポートフォリオを監視すると報告した。これには、VAの決定に使用される「参照ポートフォリオ」との比較や、資産を維持する能力(資産の強制売却のリスクに直面しているか)が含まれる。いくつかのNSAsは特に、会社が実際にVA(で設定されている利回り)を獲得することができるかどうかの問題に焦点を当てていることを概説している。この目的のために、会社が実際に獲得した金利とVAの規模との比較又は遡及的なチェックが提案されている。これらの評価はケースバイケースで行われ、自動的なチェックは行われない。そのため、NSAsのプロセスは、VAの承認プロセスが予見されるかどうかによって異なっている。

(2)MA
MAに関しては、あるNSAは、過度の資本救済のケースが発生しているかどうかを評価する際に、SCR計算及び自己資本決定に自信があるかどうかを評価する。SCR計算が(標準式の不適合又は内部モデルの誤較正のため)資産のポートフォリオに内在するリスクを考慮して適切であるかどうか、及び(フロアの較正不足又は会社による資産の不正確なマッピングのため)基本スプレッドの不正確な較正により、自己資本が過大評価されているかどうか、が分析される。
3|NSAsによる具体的な調査結果
NSAsからのフィードバックによれば、LTG措置又は株式リスク措置の適用による会社に対する過度の資本救済が観察された具体的な事例はなかった。ソルベンシーII指令第37条第1項(d)によれば、MA、VA又は移行措置を適用する会社に対して、その会社のリスクプロファイルがこれらの調整及び移行措置の基礎となる前提から大幅に逸脱していると監督当局が判断した場合、資本アドオンを適用することができる。観察結果を考慮すると、結果として、どのNSAも、過度な資本救済の観察された事例に基づく資本アドオンを課していなかった。

あるNSAはTTPの適用を拒否した。移行措置の適用により、ソルベンシーIの要件と比較して財務リソース要件が減少したためである。

1つのNSAがDBERの申請を受けたが、その会社自体がこの申請を取り下げた。

NSAの中には、会社が指令第77b条第1項(a)に規定された条件を満たしていなかったために、MA適用の承認を取り消さなければならなかったケースもあった。

NSAsが過度の資本救済を懸念していることから動機付けられた拒絶又は取消は観測されなかった。

(1)VA
昨年のLTGの報告書では、VAを適用する会社に対して過度の資本救済が発生しているかどうかを体系的に評価する最善の方法について議論されたが、さらなる背景としていくつかの措置が確認されている。

EIOPAは昨年の報告書で、特にVAを適用している会社が実際に信用スプレッドの変動にさらされているかどうかを分析した。VAは、保険会社の貸借対照表の資産側で信用スプレッドの変動を相殺することを意図しているため、信用スプレッドに対する感応度の高い資産の割合が低いことは、過度な資本救済の指標となる。この目的のために、信用スプレッドの変化に敏感な資産の、VAを適用する全ての会社の資産総額に対するシェアが計算された。しかし、この分析はいくつかの近似値に基づいており、市場全体の信用スプレッドの変化にさらされている資産のシェアの大まかな概要を示すことしか許されていない。

EIOPAは2019年春、2018年末時点のVAを適用するソルベンシーIIの対象となる欧州単独保険及び再保険会社の代表的なサンプルに対して情報提供要請を開始した。これは、VAの過大補償の潜在的なケースを評価するのに役立つ情報を求めたものであり、特定のスプレッドシナリオが会社の貸借対照表に与える影響に関する情報から構成されている。この情報はまた、要請に参加する会社の信用スプレッドに対する感応度の高い資産の割合を評価することを可能にする。

以下の図表は、サンプルの結果のばらつきを示している。結果は規模順に並べられている。各棒グラフは1つの会社を表している。

このことは、結果の多様性が高いことを示している。つまり、信用スプレッドに対する感応度の高い資産に多額の投資を行っている会社がかなりの割合を占めている一方で、信用スプレッドに対する感応度の高い資産額が非常に低い会社もある。この分析のための全サンプルは、159の会社を含む。

サンプル中のVAを適用している全ての会社の信用スプレッドに対する感応度の高い資産の平均シェアは56%である。
図表 VAを適用している会社の信用スプレッドに対する感応度の高い資産の割合
この情報は、信用スプレッドに対する感応度の高い資産の額が非常に少ない会社が、VAが適用される最良推定値も非常に低いため、過度な資本救済のケースを決定するには十分ではない。VAの最良推定値に対する影響が、スプレッド・ショックが保険会社の貸借対照表の資産サイドに与える影響を上回るかどうかは、資産と負債の両方のデュレーションに依存するとともに、負債のボリュームと比較した実際の信用スプレッドに対する感応度の高い資産のボリュームにも依存する。さらに例をあげれば、次の図表は、信用スプレッドに対する感応度の高い資産と負債(技術的準備金によって測定される)のボリュームの違いを示している。サンプルは上記と同様である。図表は、技術的準備金に対する信用スプレッド資産の割合のヒストグラムを提供している。
技術的準備金に対する信用スプレッド資産の割合
これは、VAを適用する殆どの会社で、信用スプレッドに対する感応度の高い資産のボリュームは、技術的準備金の額に匹敵することを示している。しかし、いくつかの会社では、技術的準備金と比較して、信用スプレッドに対して感応度の高い資産の額は低い。

過度な資本救済の潜在的なケースを評価するためには、保険会社がVAを獲得する可能性を分析することも重要である。これは、保険会社の個々の資産構成を代表ポートフォリオと、あるいは、会社固有のVAを通貨VAと比較することによって評価することができる。次の図表は、参照ポートフォリオが会社固有のポートフォリオに設定されている場合、VAを適用する会社について、会社固有のVAのばらつきを示している。各棒グラフは一つの会社を表している。この図表はユーロ諸国とユーロのVAにのみ焦点を当てている。
図表 VAを適用している会社の会社固有のVA
次の図表は、結果の分布の概要を示すための上記の結果のヒストグラムである。
結果の分布の概要を示すための上記の結果のヒストグラム
結果はかなりばらつきがある。2018年末時点のユーロの通貨VAが24bpsを超えている会社が複数存在する。しかし、会社固有のVAの規模が非常に小さい会社もある。検討したサンプルの会社固有のVAの平均は22bpsであり、2018年末時点のユーロのVAに近いと予想される。
 
しかしながら、以下の図表が示すように、平均値は国によって異なる。
図表 国別の平均会社固有VA
この差異は、会社の社債ポートフォリオの配分が信用の質、財務、非財務、デュレーションの点で異なっているためである。通貨VAは、ユーロ諸国間の差異ではなく、平均スプレッド情報を提供するECBスプレッド情報に基づいて決定されるため、国債ポートフォリオの構成に関する(すなわち、異なるユーロ諸国に対するエクスポージャーに関する)会社ポートフォリオの差異は、これらの数値に反映されない。
(2)MA
MAからの過度の資本救済は、負債が十分に非流動的ではない場合及び/又は基本スプレッド(FS)の較正が不利な信用事象のリスクに対する適切なバッファーを提供しない場合のMAの適用から生じ得る。

この分析は、金融機関のポートフォリオにおいて、信用リスクの較正で予想されていたよりも多くの不良債権が発生しているかどうかに焦点を当てる。

MAを適用することを承認された会社は、2017年に想定された基本スプレッドと並んで、2017年に経験したデフォルト及び/又は格下げによる損失に関する情報を提供するよう求められた。

33社(スペイン15社、英国18社)からの回答があった。

3社が、対応する調整ポートフォリオ内でのデフォルトによる損失を報告した。これらの損失は、ポートフォリオの基本スプレッドがそれぞれ29bps、47bps及び51bpsであったのに対し、4bps、10bps及び1bpであった。これらの損失の主な原因は、2018年前半に英国の大会社が破産申請を行ったことによるものである。

7つのMAポートフォリオで構成される7つの会社は、格下げによる損失を報告した。これは、資産が2018年にポートフォリオから削除された際に、その削除前に行われた格下げに続いて発生した損失として定義される。報告された損失は、基本スプレッドにおいて留保された引当金と比較して重要ではなかった。7社のうち5社が3bps未満の格下げによる損失を計上しており、基本スプレッドは30bps~54bpsであった。他の2社の損失は8bps、7bpsで、基本スプレッドはそれぞれ51bps、34bpsだった。

報告された損失から推測されるよりもより広範な格上げや格下げを市場が経験したことは注目に値する。報告された損失が低い理由の1つは、保険会社がポートフォリオ内で格下げ資産を保有していたことによるかもしれない。もう1つの理由は、非投資適格資産のMAキャップによって、会社は適合する資産の高品質なポートフォリオを維持するインセンティブを与えられ、品質が低下した資産は、MAポートフォリオの外部からの高品質な資産に置き換えられるためである。

基本スプレッドは、デフォルトと格下げの長期平均コストを吸収するように設計されている(ソルベンシーII指令第77c条第2項参照)。これは、単一の期間と直接比較できるものではない。この比較を毎年継続することは、基本スプレッドが不利な市場事象のコストを吸収するのに不十分な期間を特定するのに役立つはずである。
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中村 亮一

研究・専門分野

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【EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(5)-EIOPAの2019年報告書の概要報告-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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