2020年02月07日

コワーキングスペース「WeWork」の事業収益性を考える

基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.275]

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1―はじめに

米国「The We Company」社は、2010年2月に創業し、オフィス環境を提供するコワーキングスペース「WeWork」を運営している。同社は2019年8月にナスダック市場への上場のために米国証券取引委員会に証券登録届出書*1を提出した。しかし、これを発端として、同社CEOの問題を中心にガバナンス、事業収支などについて投資家から疑念を指摘する声が相次いだ。
 
こうした状況から、同社の共同創業者Adam Neumann氏(以下 Neumann氏)は2019年9月、最高経営責任者(CEO)を辞任した*2。また、同社は中核事業の再建に注力するため、IPOの延期を決定した。拡大を続けてきた「WeWork」は岐路に立たされている。
 

2―「WeWork」とは

「The We Company」社は2010年に米国で設立された。同社は急速に事業を拡大しており、2019年6月末時点で111都市・528拠点で、52.7万人が利用している。同社は日本においても2017年7月にソフトバンクグループ(SBG)と合弁会社「WeWork Japan」を設立し、事業展開している。
 
「WeWork」はオフィスを利用する会員同士を結びつけるコミュニティ・プラットフォームを特徴としている。「WeWork」のコミュニティ・プラットフォームによって会員同士の関係を構築することで、会員はビジネス上の課題解決や新たなビジネスチャンスを獲得することができるとしている。不動産投資レポート
 
また「WeWork」は、グレード感、快適性の高いオフィス空間を提供している[図表1]。このような他社にはない付加価値の提供が「WeWork」のブランド価値を高め、顧客および投資家を惹きつけてきた。
オフィス風景

・植栽などインテリアを多く配置
・オフィス内に階段を配置し、立体的な空間を演出

3―「WeWork」の現状

1|「WeWork」の事業収支
 
拡大を続けてきた「WeWork」だが、同社は多額の損失計上を続けている。同社の2019年上期の売上高が15.4億米ドル(1656億円*3)であるのに対して、営業損失が▲13.7億米ドル(▲1477億円)となっている。「WeWork」は損失計上について、次の理由を挙げている。
 

・新規拠点の開設など、事業拡大に向けた先行投資費用
・開設から間もない拠点は、収益化に時間を要する


2|「WeWork」の費用内訳
 
以下で「WeWork」の費用項目を確認したい。図表2は「WeWork」の2019年上半期営業費用の内訳を示している。営業費用を構成する項目は、(1)「不動産リース料」、(2)「減価償却費」、(3)「従業員給与」、(4)「その他拠点運営費用」、(5)「販売費及び一般管理費」、(6)「その他営業費用」、(7)「新規拠点準備費用」、(8)「販売促進費」、(9)「新規市場開拓費用」となっている。
 
これらの項目について、(1) ~ (2) を「オフィススペースの確保に係る費用」、(3) ~ (6) を「既存スペースの運営費用」、(7)~ (9)を「新規スペースの拡大費用」と定義すると、「オフィススペースの確保に係る費用」が▲11.0億米ドル(売上対比71%)、「既存スペースの運営費用」が▲8.7億米ドル(売上対比57%)、これらを合わせた既存事業の費用が▲19.6億米ドル(売上対比128%)となる。また、「新規スペースの拡大費用」が▲9.5億米ドル(売上対比60%)となる。このことから、「新規スペースの拡大費用」の影響が大きいこと、既存事業の収支のみを見ても赤字であることが分かる。
 
座席の開設時期別割合
3|新規拠点の収益化を考える
 
続いて、「開設から間もない拠点の収益化」について考えてみたい。
 
「WeWork」の席数と会員数を同業大"手の英国「IWG」と比較すると、席数については「WeWork」が約60万席、「IWG」が約59万席、会員数については「WeWork」が約53万人、「IWG」が約250万人となっている。「WeWork」の席数は「IWG」と同程度だが、会員数は1/5にとどまり、席数に対して会員数が少ないと言える。
 
これは、「WeWork」は、開設から間もない座席が多くを占めていることが影響している。「WeWork」の座席の開設時期を見ると、2017年以前が21%、2018年が51%、2019年が28%となっており、開設から2年以内の座席が79%を占めている[図表3]。「WeWork」は、新規拠点の稼働率が上昇し収益化するには2年が必要としており、今後の稼働率上昇に伴い収益が改善に向かう可能性はあると言える。
座席の開設時期別割合

4― 事業黒字化に向けて必要な会員数を試算する

「WeWork」は事業黒字化に向けて、新規会員の獲得に注力する一方で、新規拠点開設の凍結や人員削減など運営費用の削減計画を発表している。事業が黒字化、もしくは同業他社の「IWG」と同水準の営業利益1.9億米ドル(203億円)を確保するには、どれほどの会員が必要であろうか。以下に示す4つのケースについて、一定の前提条件*4のもと、試算したい[図表4]。
 
黒字化に向けた必要会員数
①現状の費用が変わらないケース(図中青線)では、黒字化には会員数が約160万人(現状比+201%)、「IWG」と同等の利益には175万人(現状比+230%)の会員が必要である。現状の費用のままでは、黒字化には大幅な会員の増加が必要なことが分かる。
 
② 「新規スペースの拡大費用」をゼロとしたケース(新規開設を凍結)(図中橙線)では、黒字化には会員数が約86万人(現状比+62%)、「IWG」の利益水準には101万人(現状比+90%)が必要となる。新規開設を凍結したとしても、大幅な会員数の増加が必要である。従って現実的には「既存スペースの運営費用」の削減が必要となる。
 
③ 「新規スペースの拡大費用」をゼロ、「既存スペースの運営費用」を20%削減したケース(図中緑線)では、黒字化には会員数が約68万人( 現状比+23%)、「IWG」の水準には約80万人(現状比+51%))が必要となる。「WeWork」では、従業員の約20%に相当する人員削減計画を発表した。仮に、人件費に加えて他の運営費用を20%削減できたとしても、会員数を現状の1.3倍~1.5倍に増加する取り組みが求められる。
 
④ 「新規スペースの拡大費用」をゼロ、「既存スペースの運営費用」を40%削減したケース(図中紫線)では、黒字化には会員数が約56万人(現状比+5%)、「IWG」の水準には66万人(現状比+24%)が必要となる。運営費用を40%削減できれば、早期の黒字化が達成できると言えそうだ。ただし、「WeWork」の提供するコミュニティ・プラットフォーム機能や、快適で生産性を高めるオフィス空間の提供は同社の競争力の源泉である。費用削減によってその魅力が損なわれてしまうと、他社との差別化が難しくなるリスクがある。
 

5―まとめ

本稿では、「WeWork」の事業収益性についてみてきた。「既存スペースの運営費用」と「新規スペースの拡大費用」が高額であること、「開設から間もない拠点が多く、収益化に時間が必要であること」が、「WeWork」の赤字の要因であることを確認した。
 
事業収支の改善には会員数の増加とともに大幅な費用削減が必要となる。もっとも、費用削減により、「WeWork」の提供するコミュニティ・プラットフォーム機能や快適で生産性を高めるオフィス空間の提供が困難となれば、他社との差別化が難しくなるだけでなく、「WeWork」のコーポレートアイデンティティやテック企業としての企業価値も失われてしまう。「WeWork」は収支の改善、会員への付加価値の提供、ブランド価値の維持など、難しいかじ取りを求められている。
 
*1 証券登録届出書とは、米国において新規株式公開(IPO)を行う企業が米国証券取引委員会に提出する開示書類である。
*2 2019年9月、Neumann氏は執行権のない会長職に就任、翌月には会長職を辞任した。
*3 以下、2019年6月末時点の為替レート(107.85円/米ドル)を適用。
*4 試算にあたり、便宜上、「オフィススペースの確保に係る費用」を固定費、「既存スペースの運営費用」を変動費、会員当たり売上高は現行水準とした。


 
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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2020年02月07日「基礎研マンスリー」)

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