2020年02月05日

「上手な医療のかかり方」はどこまで可能か-医療サービスの特性を踏まえて効果と限界を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――「下手な医療のかかり方」が生まれる理由の考察(1)~国民の無知が原因?~

1|「下手な医療のかかり方」の事例
こんな事例を想像して頂きたい。いずれも国が言う「上手な医療のかかり方」ではない受療方法、つまり「下手な医療のかかり方」である。
 
(A)ある日の昼間、60歳代男性が家でくつろいでいると、急に頭痛を感じた。最初は「ストレスか、肩凝りぐらいかな」と思ったが、今までに経験したことがない痛さが続き、かなり不安になってくる。インターネットを見ても原因が分からないし、真偽のほどが分からない多くの情報がネット上にあふれており、むしろ情報を見れば見るほど、深刻な症状に思えて来る。不安が募るうち、自分の叔父が数年前、くも膜下出血で急逝したことを思い出し、自分も同じ病気ではないかと疑い始めた。しかも、どの医療機関、どの診療科に行っていいのか分からないので、取り敢えず大病院に行った。
 
(B)ある日の夕方、共働きの30歳代女性が保育所から「娘さんが熱を出した」と連絡を受けたので、慌てて仕事を切り上げて保育所で娘を引き取り、家に帰った。その後、暫らく様子を見たが、かなり子どもは苦しそうにしている。夫に電話したら「接待で帰れそうにない」と言うし、明日の仕事への影響とか、娘の健康状態を考えると矢も楯もたまらず、娘を連れて19時頃、病院の夜間外来に駆け込んだ。
 
いずれも筆者が作ったフィクションだが、厚生労働省の考え方に沿うと、(A)いきなり大病院に行く、(B)夜間外来に駆け込む――という点で「上手な医療のかかり方」とは言えない。しかし、上のような事例を「下手な医療のかかり方」と非難できるだろうか。多くの人が多かれ少なかれ似たような経験を持っているはずである。

では、なぜ「下手な医療のかかり方」が生まれてしまうのだろうか。考えられる一つの理由としては、国民の無知が挙げられる。つまり、いきなり大病院に行ったり、夜間・休日に駆け込んだりすると、医師の疲弊を招くだけでなく、自らも余計にコストを支払っていることを知らない可能性である。次に、国が実施した2つの調査を基に、「下手な医療のかかり方」を選んでしまう理由が国民の無知にあるのかどうか検証する。
表2:診療時間外(主に休日・夜間)に受診する場合、医療費は高くなることに対する認知度 2|国民の無知が原因とは言えない?
2つの調査とは、内閣府が2019年11月に公表した世論調査(以下、「内閣府世論調査」と表記)11と、2020年度診療報酬改定に向けて、厚生労働省による「診療報酬改定の結果検証に係る特別調査」(以下、検証調査)12である。

まず、内閣府世論調査では「平日の日中に医療機関を受診するより、診療時間外(主に休日・夜間)に受診する方が医療費は高いということを知っていたか」という設問があり、表2の通りに「知っていた」と答えた者の割合が77.0%、「知らなかった」と答えた者の割合が21.3%だった。年齢別に見ると、18~29歳の認知度が65.8%と低かったが、30歳代、40歳代、50歳代、60歳代は全て80%を超えており、75歳以上も70.3%だった。つまり、診療時間外で受診すれば、患者自身が余計に負担することについては、国民の幅広い年齢層で浸透していると言える。
表3:大病院受診時定額負担の認知度 国民の無知が原因ではない可能性については、検証調査でも裏付けられる。この調査では、2018年度から定額の上乗せ負担を取るようになった病院にかかった患者または家族に対し、「大病院受診時定額負担の認知度」を聞いており、表3の通り、初診患者の計66.1%、再診患者の計74.2%が「仕組みがあることも、仕組みが設けられている理由も知っていた」「仕組みがあることは知っていたが、仕組みが設けられている理由は知らなかった」と答えていた。内閣府世論調査に比べると、回答者数が少ないため、一定の留保が必要だが、この結果を見る限り、国民は十分に情報を持っていることになる。
 
11 内閣府2019年11月22日公表「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」。調査は郵送を通じて、2019年7~9月に実施。有効回答2,803人。
12 2019年3月27日、中央社会保険医療協議会診療報酬改定結果検証部会資料。有効回答は初診112人、再診31人。
3|受診した理由は緊急性
では、「下手な医療のかかり方」を選んでしまう理由が国民の無知ではないと仮定した場合、どんな可能性を2つの調査結果から論じられるだろうか。まず、内閣府世論調査では、「あなたや家族が休日・夜間に病気やけがをした時、どのような場合に、休日・夜間に医療機関を受診しようと思うか」という質問を設定している(複数回答可、有効回答は2,803人)。その結果は表4の通りであり、「症状から緊急性が高いと思った場合」を挙げた者の割合が90.7%と最も高く、「症状から緊急性が判断できない場合」が43.0%で続く。

つまり、「症状」「緊急性」を主な原因とし、患者は診療時間外に診察していることになる。これは「下手な医療のかかり方」として例示した(A)(B)の架空ケースと符合しており、医療の専門家ではない患者が事前に症状を把握し、その症状が軽いのか、重いのか判断するのは困難である。

実際、検証調査を見ると、患者の迷いが如実に表れている。2018年度から定額負担が始まった病院を受診した初診の患者に対し、その理由を聞いたところ、「どの診療科に行けばよいか分からないが、この病院は診療科の種類が多く、様々な病気に対応してくれるから」と答えた人が42.0%と最多だった(複数回答可)。実際には多くの診療科を持っていても、全ての病気を全人的に診られるとは限らないため、「どの診療科に行けば分からないので、取り敢えず大病院に行く」という(A)の事例のような受療行動は行政職員や医師などの専門家から見れば不合理である。ただ、不確実な意思決定を強いられる患者にとっては一定の合理性を有しているし、それなりに情報が国民に行き渡っている可能性を考えると、「下手な医療のかかり方」が起きる理由を別に探る必要がある。

以下、(1)情報の非対称性、(2)不確実性が大きい――という医療サービスの特性に着目しつつ、「下手な医療のかかり方」が起きる理由を考察する。
表4:あなたや家族が休日・夜間に病気やけがをした時、休日・夜間にに医療機関を受診しようと思うケース

6――「下手な医療のかかり方」が起きる理由の考察(2)

6――「下手な医療のかかり方」が起きる理由の考察(2)~医療サービスの特性からの視点~

1|情報の非対称性
通常の財やサービスでは、個々人の選好に合わせて、資源を効率的に分配できるため、その多くが市場に委ねられるが、医療サービスでは市場が機能しにくい。

まず、患者―医師の情報の非対称性である。先の(A)の事例では、頭痛に見舞われた患者が「下手な医療のかかり方」を選んだストーリーにしたが、「頭痛の原因は何か」「これは重症か、軽症か」「どうやったら頭痛が取り除けるのか」「頭痛の解消に要するコストや手間暇はどの程度なのか」などを知っているのは患者自身ではなく、医師などの専門職である。どんなに上手な医療のかかり方を患者が学んだとしても、これらの知識を患者が習得し、症状や緊急性を100%、事前に把握することは困難である。

このため、異変の原因を理解できない患者が「救急に行くべきか」「どの診療科が適切なのか」といった形で、必要な医療の機能や診療科を適切に選ぶのは相当、困難である。医療法で言う「(筆者注:国民が)医療に関する選択を適切に行い、医療を適切に受ける」ことは理想として正しくても、実行するのは相当難しい。

さらに医療機関で受診する時も、情報格差の問題が付きまとう。確かに頭痛の原因などについて、患者は分からない点や不安な点などを医師に確認できるし、仕事や生活などへの影響を少なくするように、診断や治療、手術に際して自らの希望を医師に伝えられる。こうした医療のかかり方を患者自身が学ぶことは極めて重要であり、医師も患者の意思決定を支援することが求められる。

しかし、情報や知識、経験の面で、患者が専門職に匹敵する情報を持つことは不可能であり、患者は医師の提案の是非、その後の健康や生活に与える影響などを予測し切れない。この結果、最終的に素人である患者はプロである医師の判断を信任するしかない。医療サービスの基本として、患者―医師の信任関係を構築しなければならない理由は正にここにある。
2|不確実性が大きい
第2に、医療サービスの特性として、ニーズの発生が不確実である点も指摘したい。先に取り上げた2つの事例は急なニーズの発生に見舞われた中での意思決定である。持病や既往症など事前に予想できる病気であれば、患者も一定程度は予想できるが、事前に予測できない医療ニーズへの対応を迫られた時など、不確実な意思決定を強いられた患者が「下手な医療のかかり方」を選ぶのは止むを得ない面がある。
 

7――「下手な医療のかかり方」が起きる理由の考察(3)

7――「下手な医療のかかり方」が起きる理由の考察(3)~行動経済学的な視点 ~13

1|利用可能性ヒューリスティック
不確実な意思決定の下で、専門家から見ると非合理的な行動が選ばれる理由として、行動経済学の知見も参考になるかもしれない。最初に、「利用可能性ヒューリスティック」を取り上げる。これは不確実な意思決定を強いられる中、手っ取り早く入手しやすい情報に飛び付く行動を説明する考え方であり、先に触れた最初の(A)のケースに当てはまる。つまり、経験したことがない激しい頭痛に見舞われ、しかも頭痛の深刻度を見通せない中、男性はくも膜下出血で急逝した親戚の経験に頼っている。

もちろん、(A)は筆者が作った架空ケースだが、急な医療ニーズに対して、こうした身内の経験だけでなく、テレビや雑誌で見聞きした情報を参照しつつ、受療行動を決めている人も多いのではないか。「下手な医療のかかり方」が起きるのは、患者が不確実な意思決定を迫られているためである。
 
13 行動経済学の部分については、大竹文雄・平井啓編著(2018)『医療現場の行動経済学』東洋経済新報社、阿部修士(2017)『意思決定の心理学』講談社選書メチエ、Daniel Kahneman(2011)“Thinking, Fast and Slow”〔村井章子訳(2014)『ファスト&スロー』ハヤカワ文庫〕などを参照した。
表5:システム1とシステム2の違い 2|システム1とシステム2
社会心理学や行動経済学の本を読むと、「システム1」「システム2」という考え方も紹介されている。これは脳の動きや思考のプロセスを表す考え方であり、前者は自動的かつ高速で働き、努力が要らない。さらに、自分自身がコントロールしている感覚を一切、持っておらず、論理性よりも直感で動く思考システムと言える。

一方、システム2は複雑な計算など頭を使わなければできない時に登場し、選択、集中など主観的な経験に関連付けられるという。両者の違いを分かりやすく比較するため、社会心理学の書籍から引用したのが表5である。言わば「直感」をベースとした「システム1」と、「熟慮」を基にした「システム2」と評すれば分かりやすいかもしれない。

この考え方を先の2つの事例に当てはめてみよう。急に未経験の頭痛に見舞われたり、不意の娘の熱に直面したりした場合、どちらのシステムが稼働するだろうか。もちろん、直感に基づくシステム1である。先の2つの事例では一応、システム2が作動している場面を盛り込んだが、人命に関わるかもしれない、より正確に言えば人命に関わるかどうか分からない不確実な意思決定を強いられる重大な場面で、全ての人がシステム2を作動できるとは限らない。
 

8――救急搬送の軽症者は「下手な医療のかかり方」と言い切れるか

8――救急搬送の軽症者は「下手な医療のかかり方」と言い切れるか

こうした「下手な医療のかかり方」の内実を考える上で、総務省消防庁の「救急救助の現況」に興味深いデータがある。表6は救急自動車で搬送された人員を傷病程度別と年齢区分で見た結果である。これを見ると分かる通り、全体の48.8%は「軽症(入院加療を必要としない程度の症状)」であり、「傷病程度が重症または軽症以外」の状況である「中等症(入院診療)」の41.6%を上回り、トップのシェアとなっている。
表6:救急自動車で搬送された人の傷病程度別と年齢区分 しかし、先の事例で取り上げた通り、患者が急な不具合に見舞われた際、自らの状態が「死亡」「重症(長期入院)」「中等症(入院診療)」「軽症(外来診療)」なのか、事前に予想するのは困難である。このため、「重症(長期入院)だと思ったら軽症」「軽症と甘く見ていたら重症(長期入院)」といった形で、事前の予想と結果が食い違うことは往々にして有り得る。

言い換えると、患者が救急車を呼んだ際、そのかかり方が上手なのか、下手なのか、事前に想像するのは極めて難しく、病院に駆け込んだ後、軽症であれば「下手」と類型化され、重症であれば「上手」と判断されることになる。誤解を恐れずに言えば、結果に左右される点で言えば、後知恵か、結果論である。

もちろん、タクシー代わりに救急車を使うようなケースは言語道断だし、♯7119の利用を促す意味を否定するわけではないが、「上手」「下手」の判断が結果で左右される状況では、どんなに公共心の高い人でも結果論として、「下手な医療のかかり方」を選んでしまう可能性があると言える。言い換えると、「上手に医療にかかりましょう」という意識啓発の必要性を理解しつつも、それだけで「下手な医療のかかり方」を減らせるとは考えにくい。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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