2020年02月05日

「上手な医療のかかり方」はどこまで可能か-医療サービスの特性を踏まえて効果と限界を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

1――はじめに~「上手な医療のかかり方」は可能か~

上手に医療にかかりましょう――。厚生労働省は2019年度から国民などに対し、「上手な医療のかかり方」の必要性を促している。上手な医療のかかり方とは、夜間・休日よりも日中に受診したり、いきなり救急車を呼んだりしない受療行動を指しており、厚生労働省は毎年11月を「医療のかかり方を考える月間」に指定。著名アーティストらを大使に任命することで、国民に対する啓発活動を展開している。

こうした活動を通じて、医療に対する国民の注意を惹き付けることは極めて重要である。例えば緊急性を考えずに救急車を呼ぶような受療行動が減り、患者が状態に応じて適切に受診できるようになれば、医療提供者の負担を軽減できる。

しかし、医療サービスでは患者―医師の情報格差が大きいため、患者の自己決定に多くを期待するのは難しく、国民の意識啓発だけでは限界があると考えている。本レポートでは、上手な医療のかかり方を巡る議論を考察するとともに、運動論としての必要性を考察する。一方、医療サービスの特性や行動経済学の知見を踏まえつつ、その限界も指摘した上で、プライマリ・ケアの制度化など必要な施策を論じる。
 

2――上手な医療のかかり方とは何か

2――上手な医療のかかり方とは何か~示された5つのプロジェクト~

この議論は2018年10月に発足した「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」(以下、懇談会)にさかのぼる。懇談会は有識者や日本医師会役員に加え、小児医療に関するNPOの代表、がんサバイバー、民間企業役員、アーティスト、自治体職員など12人で構成し、同年末までに会合を重ね、「『いのちをまもり、医療をまもる』国民プロジェクト宣言」(以下、宣言)を公表した。

その内容は表1の通り、「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクトとして、①患者・家族の不安を解消する取組を最優先で実施すること、②医療の現場が危機である現状を国民に広く共有すること、③緊急時の相談電話やサイトを導入・周知・活用すること、④信頼できる医療情報を見やすくまとめて提供すること、 ⑤チーム医療を徹底し、患者・家族の相談体制を確立すること――の5つである。
表1:上手な医療のかかり方を広めるための懇談会が取りまとめた5つの方策
さらに、懇談会の宣言は「『医療危機』は国民全員が考え、取り組むべき重要な問題」としつつ、医療危機の要因として、厳しい財政状況、疾病構造やニーズの変化・多様化、医療需要が増える中での働き手の減少、予防に向けた努力が評価されない制度などの社会経済状況を列挙した。

その上で、「市民」「行政」「医師/医療提供者」「民間企業」の主体ごとに、医療危機を引き起こしている要因と、望ましいアクションの事例を示している。詳細は末尾に【参考資料】として掲載しているので、ここでは市民の部分だけ述べると、要因として「医師の意見だけを信頼し、些細なことでも『とにかく医師に聞こう』 と思ってしまう」「軽症重症に関わらず、大病院で受診して安心を得ようとしてしまう」「緊急かどうか判断せずに、救急車を利用してしまう」といった受療行動を掲げた。

さらにアクションの事例として、▽患者の様子が普段と違う場合は「信頼できる医療情報サイト」1を活用し、まずは状態を把握する、▽夜間・休日に受診を迷ったら、子どもの異変について保護者から相談を受け付ける「子ども医療電話相談」(#8000)、突然の病気やケガで困った際、救急医療相談を受け付ける「救急電話相談」#7119を利用する、▽夜間・休日よりも、できるだけ日中に受診する、▽日中であれば院内の患者・家族支援窓口(相談窓口)も活用できる、▽夜間・休日診療は、自己負担額が高い、診療時間が短いなど、医療を受ける側にもデメリットがあることを認識する、▽抗生物質をもらうための受診は控える、▽日頃の体調管理は看護師に、薬は薬剤師に聞くなど、医師ばかりを頼らず、上手に「チーム医療」のサポートを受ける――などを例示している。

こうした懇談会の宣言に沿って、厚生労働省は国民に医療のかかり方を考えてもらうため、11月を「みんなで医療を考える月間」と命名。アーティストのデーモン小暮閣下など5人を「上手な医療のかかり方大使」に任命することで、国民運動を展開している。さらに2020年2~3月には優れた事例の表彰式を計画しており、自治体などから事例を募っている。

では、「上手な医療のかかり方」に関する議論がなぜ浮上したのだろうか。懇談会の資料や近年の制度改革の動向を踏まえて、その背景を少し考えてみよう。
 
1 懇談会の宣言では、国の認証や支援を受けた「信頼できる医療情報サイト」を早急に作る必要性に言及している。
 

3――上手な医療のかかり方が浮上した背景

3――上手な医療のかかり方が浮上した背景

1|医療現場の疲弊
懇談会の宣言が「危機」として強調しているのは医療現場の疲弊である。具体的な事例としては、▽週60時間以上労働の医師の割合が40%を超えているという調査結果がある、▽勤務医1万人アンケートで「3.6%が自殺や死を毎週または毎日考える」「6.5%が抑うつ中度以上」という結果が示されている、▽76.9%の勤務医が重大事故に繋がるヒヤリ・ハットを経験している――など現状を示すデータを紹介2しており、医師に多くの負担を強いつつ、医療現場が綱渡りの運営を強いられている点を強調している。
 
2 出典は総務省統計局2012年度「就業構造基本調査」、2016年3月公表の日本医師会「勤務医の健康支援に関する検討委員会答申」、2012年9月公表の労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」。
2|病床機能再編などの政策動向
宣言では直接的に触れられていないが、病床機能再編も影響する。日本の医療提供体制では、患者は自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」を採用しているため、本来は高度な医療を提供する大学病院が外来を担うなど、医療機関の役割や機能が明確とは言えない。そこで、政府はいくつかの提供体制改革を進めている。

第1に、各都道府県に「地域医療構想」を策定させることで、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上となる2025年に向けて、医療機関が高度急性期、急性期、回復期、慢性期の機能を自主的に判断・選択する仕組みがスタートしている3

第2に、2016年度診療報酬改定に際して、中小病院や診療所の紹介状を持たず、いきなり大病院に行った場合、5,000円を追加で徴収する措置が創設された。そのイメージは図1の通りであり、大病院と中小病院・診療所の役割を分けることが意識されている。
図1:紹介状なしに大病院に行った場合の追加負担のイメージ
この措置は当初、「特定機能病院4及び500床以上の地域医療支援病院5」だったが、2018年度改定で「特定機能病院及び400床以上の地域医療支援病院」に対象が拡大した。2020年度報酬改定では対象が200床以上の一般病院にまでに拡大する是非が論じられている6

第3に、2014年の医療法改正では国民の努力義務として、「良質かつ適切な医療の効率的な提供に資するよう、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携の重要性についての理解を深め、医療提供施設の機能に応じ、医療に関する選択を適切に行い、医療を適切に受けるよう努めなければならない」という規定が盛り込まれた。「上手な医療のかかり方」とは、この考え方の実践を促していると理解できる。

では、こうした上手な医療のかかり方を通じて、どんな効果が期待できるのだろうか。懇談会の宣言に加えて、私見を交えつつ、その効果を考えることとしたい。
 
3 地域医療構想については、2017年11~12月の4回連載の拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月に2回連載した拙稿レポート「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」。(いずれもリンク先は第1回)を参照。
4 高度医療の提供、技術開発、研修を実施する能力などを備えた病院。1993年の医療法改正で創設された。
5 中小病院や診療所からの紹介患者に対する医療提供、医療機器の共同利用などを通じて、地域医療の確保を図る病院。1997年の医療法改正で創設された。
6 例えば、2019年12月19日に取りまとめられた政府の「全世代型社会保障検討会議」では、200床以上の一般病院に拡大する」という方針が盛り込まれている。さらに、患者が支払う追加負担分については、医療機関の収入になっているが、これを「公的医療保険の負担軽減」、つまり保険財政の収入にするよう改めるとしている。
 

4――上手な医療のかかり方で期待される効果

4――上手な医療のかかり方で期待される効果
図2:救急出動件数及び搬送人員の推移 1|医療現場の負担軽減
医療現場の負担軽減は懇談会の宣言で盛んに強調されている点であり、ここでは別の視点やデータを加味したい。例えば、総務省消防庁の統計によると、図2の通りに救急出動の件数や搬送人員はほぼ右肩上がりで増えており、医療現場に負荷が掛かっている様子を見て取れる。

この点は近年、議論が進んでいる「医師の働き方改革」とも関連する。具体的には、厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」を中心に議論が進み、労働時間管理の適正化などに取り組むとしている。実際、医師の働き方改革の推進に関する検討会が2019年3月にまとめた報告書では、上手な医療のかかり方に言及している部分がある。つまり、患者が「軽症でも救急車を呼ぶ」といった受療行動を変えれば、医師の超過勤務の削減など医療現場の負担軽減や働き方改革に繋がる可能性がある。
図3:日本人の健康課題の現われ方 2患者のメリット
患者のメリットも期待できる。第1に、金銭面のメリットである。先に触れた通り、紹介状なしに大病院に行った場合、患者は5,000円を余計に取られる。さらに、夜間や休日は診療報酬上、加算を設定しているため、自己負担が増える仕組みになっている。つまり、こうした受療行動を控えれば、患者は余計な出費を抑えられる。

第2に、病状に応じた医療機能を選べれば、適切な医療を受けられる可能性が高まる。患者の医療ニーズは通常、日常的な疾病やケガに対応するプライマリ・ケアと呼ばれる1次医療に始まり、一般的な入院である2次医療、専門性の高い救急医療などを提供する3次医療に分類され、1次医療の部分で7~8割程度の医療需要に対応できることが示されている。例えば、1961年に公表されたイギリスの研究7では1,000人のうち、750人が1カ月間で何らかの病気やケガを訴え、250人が医師のカウンセリングを受けたが、高度な医療機関に紹介された患者は5人に過ぎなかった。日本の2000年代にも類似の研究があり、図3の通り、人口1,000人に対して862人が心身に異常を感じたが、一般病院に入院した人は7人にとどまった8

つまり、必ずしも大学病院などの大病院で適切な医療を受けられるとは限らず、むしろ医学で対応せずに済む問題を医学で解決しようとする「医療化」や、不要な検査や診断、投薬などが新しい不具合を作り出す「医原病」 を招くマイナス面も想定される9
 
7 White K L et.al(1961)“The Ecology of Medical Care“The New England Journal of Medicine,265, pp885-892.
8 Tsuguya Fukui et al.(2005)“The Ecology of Medical Care in Japan” Japan Medical Association Journal Vol.48 No.4, pp163-167.
9 医療化の危険性については医療社会学で論じられてきた。典型的な議論はIvan Illich(1976)“Limits to Medicine”[金子嗣郎訳(1979)『脱病院化社会』晶文社]など。
3|トータルの医療費の抑制
医療費を抑制できるメリットも想定できる。一般的に救急医療機関や2次医療、3次医療を担う病院は難しい手術や検査に対応するため、高度な検査機器などを装備しているほか、多くの医師など専門職を配置している。このため、軽度な患者が大病院や救急医療を受けると、その分だけ医療費の無駄使いに繋がる可能性がある。逆に患者の状態などに応じて適切に受療できれば、コストは最適化され、医療費の抑制を期待できる。

例えば、厚生労働省の資料10では、救急医療相談を受け付ける「救急電話相談」#7119の周知を通じて、相談件数や時間外受付が減少した事例があると紹介。その一例として、横浜市の救急相談センターへの相談件数(年間約11万5,000件)のうち、約73%が救急車以外での受診を勧奨、23%の約2万6,000件が翌日受診などを勧奨したとし、その分だけ医療費が節約できた可能性を論じている。
 
10 2019年6月7日、医療政策研修会・地域医療構想アドバイザー会議資料を参照。
4|期待される効果
以上の議論を踏まえると、「上手な医療のかかり方」は医療現場の負担軽減などに繋がり、医療従事者や患者の双方にメリットがある。さらに、医療費の抑制も期待できる点で言えば、批判すべき点は全く見当たらない。実際、筆者を含めて、懇談会が示した論点や方策に異論を持つ向きは少ないだろうし、国民や患者サイドに働き掛けることで、国民全体で医療の問題を考える意義は大きい。末尾の【参考資料】で掲げている通り、患者・国民だけでなく、医師/医療機関や民間企業、行政が取り組めることは多く、国が運動論として問題提起することは極めて重要である。

だが、筆者は先行きを楽観視していない。以下、「上手な医療のかかり方」の論点を抽出するため、敢えて「下手な医療のかかり方」を考察することで、上手な医療のかかり方が難しい理由を考える。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【「上手な医療のかかり方」はどこまで可能か-医療サービスの特性を踏まえて効果と限界を考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「上手な医療のかかり方」はどこまで可能か-医療サービスの特性を踏まえて効果と限界を考えるのレポート Topへ