2020年01月14日

インボイス方式導入による益税の抑制ー免税事業者への影響と今後の消費税の公平性確保に向けて

基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.274]

清水 仁志

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1―はじめに

益税とは、消費者が事業者に支払った消費税の一部が、納税されずに事業者の利益となってしまうことを指す。消費者が負担する税が行政に納められず、特定の企業(あるいは個人)の利益となってしまうことから、税の公平性という原則に照らし合わせ適切ではない。過去の研究では、益税額は約5,000億円(2005年、消費税率5%時点)とする推計もあり、消費税収の5%にも及ぶ*1
 
過去、政府は、原因となる制度の適用要件を厳格化することで、益税を大きく減少させてきた。今回の消費税率10%への引き上げでは、軽減税率導入に伴い、2023年10月から適格請求書等保存方式(以下、インボイス方式)が義務化されることになっており、益税解消に向けた動きが一層加速する。
 
一方、既に導入されている制度の急激な転換は、事業者に大きな影響を与えるため、段階的な対応が必要である。

2―益税への指摘

1│消費税納付と仕入税額控除
 
消費税は納税者と税負担者が異なる間接税であり、消費者の支払う税金は事業者によって間接的に納付される。事業者は仕入の際に自らも支払った税があるため、その分の消費税額は納税の際にマイナスされる(消費税納付税額=売上高×適用税率-仕入高×適用税率)。この差し引かれる税額を仕入税額控除と呼ぶ。このような仕組みにすることで、最終消費者が負担する消費税分を、各事業者で分散し納税することができる[図表1-A]。
消費税納税のイメージ
仕入税額控除を受けるためには、帳簿および請求書等の保存が必要である。消費税は消費者が負担する税であるが、間接税であるという特性上、企業の協力なしでは成り立たない。そのため、相対的に事務負担が重い小規模事業者への配慮から、一定規模以下の事業者に対しては、免税点制度ならびに、簡易課税制度などの事務負担を軽減する特例措置が存在する。これら2つの制度が益税を生む主な原因となっている。
 
2│免税点制度による益税
 
免税点制度とは、前々年*a又は前々事業年度*bの課税売上高が1,000万円以下の事業者については、その課税期間について、消費税を納める義務が免除される制度である。免税事業者は、消費税分を上乗せして販売したとしても、その分の消費税は納税しなくてもよい。その結果、消費者が負担した消費税分よりも事業者が納める消費税額が小さくなる益税が発生する[図表1-B]。

[*a]事業主が個人の場合[*b]事業主が法人の場合
益税のイメージ
3│簡易課税制度による益税
 
簡易課税制度とは、前々年*a又は前々事業年度*bの課税売上高が5,000万円以下であり、かつ、「簡易課税制度選択届出書」を事前に提出していることで適用され、売上高から簡易的に納付税額を計算することができる。本来、納付税額は、受け取った消費税額から仕入れで払った消費税額を控除して計算されるが、簡易課税制度では、消費税納付税額を売上高とみなし仕入率(業種ごとに決められた仕入率)から計算する(消費税納付税額=売上高×適用税率-売上高×みなし仕入率×適用税率)。簡易課税制度で使用されるみなし仕入率が、実際の仕入率よりも大きい場合、本来の仕入税額控除より大きい金額が控除され、益税が発生する[図表1-C]。
 
益税のイメージ
簡易課税制度の選択は任意であるため、各事業者は自分に有利な制度を選択することが考えられる*2。具体的には、実際の仕入率がみなし仕入率よりも小さい場合には簡易課税制度を選択し、大きい場合は本則課税を選択し納税する。事業関係者及び消費者に対してアンケート調査を実施している藤巻(2018)によると、簡易課税制度を選択している理由として一番多かったのは「本則課税を選択するよりも、簡易課税制度を選択した方が納税額が少なくなると見込まれたため」の54.7%であり、制度本来の趣旨である「事務負担が軽減するため」の42.0%を超えている*3。また、本則課税を適用している理由の回答については、94.2%が「基準期間(前々事業年度)の課税売上高が5千万円超であり,簡易課税制度が適用されないため」(簡易課税制度対象外だから)と回答しているが、「基準期間(前々事業年度)の課税売上高が5千万円以下であるが、簡易課税制度を選択するよりも、本則課税を選択した方が納税額が少なくなると見込まれたため」との回答も5.3%あった。簡易課税制度適用要件を満たしている事業者は、納税額がより少なく済む制度を選択しているのである*4

冒頭で述べた益税額約5,000億円のうち、大半の約4,000億円が免税点制度、約1,000億円が簡易課税制度によるものと推計されている*1
 

3―インボイス方式導入により、免税事業者からの仕入税額控除を制限

仕入税額控除を受けるためには、帳簿および請求書等の保存が必要である。この点は、軽減税率の導入後も変わらない。しかし、軽減税率の導入後には、一定の要件を揃えたインボイスがなければ仕入税額控除を受けることができなくなる。インボイス方式では、軽減税率の対象品目である旨の記載は義務となり、事業者登録番号、税率ごとの消費税額等の記載も必要とされる[図表2]。
インボイス方式導入後
しかし、免税事業者は、事業者登録番号がないため、インボイスを発行することができない。そのため、免税点制度の適用をうける免税事業者から仕入れを行った事業者は仕入税額控除をすることができなくなり、税負担が増加する[図表1-D]*5
 
インボイス導入後
その結果、事業者間取引において、免税事業者は取引相手から敬遠されることになる。免税事業者は課税売上高が1,000万円未満と小規模なため、価格交渉力が弱い。仕入業者の負担が増加する場合は、契約の打ち切りや何らかの対応を迫られる可能性が高い。日本商工会議所「中小企業における消費税の価格転嫁等に関する実態調査(2019年8月5日)」によると、インボイス方式導入後の課税事業者における免税事業者からの仕入への対応は、63.6%が「まだわからない」とするも、17.6%の企業が、既に免税事業者との取引を行わないと決めている[図表3]*6
 
課税事業者における免税事業者からの仕入れ
財務省の推計によれば、消費税の免税事業者は488万者と課税事業者317万者を上回る。この488万者のうち、B2B事業者(非課税売上が主な事業者などを除く)161万者の全てが課税事業者に転換すると想定している。その結果、1事業者当たり、平均で約15万4千円程度、全体で約2,480億円の消費税収増加を見込む*7
 
しかし、課税売上高1,000万円未満と小規模な事業者にとっては、約15万円の負担増加は重く、簡単に課税事業者への転換を決めることはできない。日本商工会議所の上記調査では、事業者間取引をする免税事業者におけるインボイス方式導入への対応として、54.9%が「わからない」とするも、課税事業者への転換を検討している事業者は18.1%*8で、12.0%は「課税事業者へなるつもりはない」、7.5%は「廃業を検討する」と回答している[図表4]。
免税事業者の対応

4―インボイス方式導入の是非

インボイス方式導入により、B2B免税事業者のビジネス環境の悪化は避けられない*9。しかし、消費税は、消費者が負担する税であり、今まで益税として事業者の懐に入っていたものが、適切に納税されるという意味において、インボイス方式の導入は重要な役割を果たす。
 
また、免税点制度は、特に事務負担や執行コストが重い小規模事業者への配慮からできた特例措置である。今日においては、クラウド会計ソフトによる売上の自動仕分けなど、消費税導入時と比べて大幅に事務負担を軽減できる環境が整っていることを考えれば、特例措置の厳格化は、制度の趣旨から考えても正当化される。
 
一方で課題も残る。免税事業者が課税事業者になることで、従来、益税を原資に行ってきた割引を今後は自らの費用で負担しなければならなくなることである。免税点制度による益税のイメージ図[図表1-B]では、特例措置がない場合[図表1-A]と比べ、免税点制度による益税は全て免税事業者の利益に直結する図を示した。しかし、実際には、一部の免税事業者は益税による利益も考慮して(益税を原資に)、販売価格を割り引いていると思われる。政府は、10月の消費税率引き上げに際して「消費税率の引上げに伴う価格設定について(ガイドライン)」を発表し、下請事業者等が適正な価格転嫁ができず、増税分を負担させられるような事態がないように呼びかけている。しかし、今まで免税であったからこそ割り引いていた分を小規模事業者が再交渉することは至難であり、既得権益化していた免税点制度が一気に無くなれば、その影響は計り知れない。
 
幸いインボイス方式は2023年10月から始まる。その後も6年間の経過措置があり、影響を時間的に分散する配慮が一定なされている。インボイス方式は本体価格と消費税額を分離して表示するため、一度、適正価格を設定できれば、その後は本体価格での交渉を通じて、消費税額を転嫁しやすいという利点がある。また、免税事業者が課税事業者に転換したとしても、簡易課税制度を選択し引き続き特例制度のメリットを享受することができる。簡易課税制度は、免税点制度ほどの益税はないが、本則課税適用事業者と比べ、事務負担の軽減に加え、納税額も少なくなる。
 
インボイス方式を導入せずに消費税率引き上げを行えば、益税を増加させてしまう。当事者への影響に配慮しつつも、今回の10月からの消費増税、今後の更なる引き上げに向けて、インボイス方式の導入による税の公平性の確保は避けて通れない道であったといえるだろう。

5―終わりに

インボイス方式導入により、(益税の余地が減る分)消費税の公平性に向けた取組みは前進する。今回一番影響を受けるB2B免税事業者にとっては、ビジネス環境の悪化は避けられないものの、経過措置、簡易課税制度の特例措置により一定の配慮はなされている。
 
今後は、今回のインボイス方式導入による影響を見極めつつ、引き続き免税点制度を利用するであろうB2C免税事業者、全事業者の39%が利用する簡易課税制度による益税問題への対応についても段階的に議論していく必要があるだろう。
 
*1 鈴木善充「消費税における益税の推計」会計検査研究(43), 45-56, 2011-03
*2 ただし、「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出した事業者は、原則として、2年間は実額計算による仕入税額の控除に変更することは出来ない。
*3 藤巻一男「消費税率の引き上げが事業者及び消費者に与える影響―インターネット調査(2018年11月・12月実施)の結果―」新潟大学、経済論集第106号2018-Ⅱ、pp.93-128
*4 会計検査院「会計検査院法第30条の2の規定に基づく報告書―消費税の簡易課税制度について(平成24年10月)」では、みなし仕入率が全ての事業区分において課税仕入率の平均を上回っていることを示している。
*5 ただし2023年10月から3年間は税額控除80%、2026年10月から3年間は税額控除50%の経過措置がある。 *6「免税事業者との取引は一切行わない」、「一部を除いて取引は行わない」、「経過措置の間は、取引を行う予定」の合計
*7 第198回国会 財務金融委員会 第3号(平成31年2月26日)答弁より
*8 「課税事業者になる予定」、「経過措置後になる予定」、「要請があれば課税事業者になる予定」の合計*9「課税事業者になる予定」、「経過措置後になる予定」、「要請があれば課税事業者になる予定」の合計
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(2020年01月14日「基礎研マンスリー」)

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