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リブラが誘発する『デジタル人民元』の開発ー背景にある米中覇権争い
基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.274]
総合政策研究部
常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次
総合政策研究部
准主任研究員 鈴木 智也
1―はじめに
中国で開発の進むデジタル人民元は、中央銀行が発行するデジタル通貨“CBDC:Central Bank Digital Currency”の1つである。これまでCBDCの実用化に向けた研究は、スウェーデンやウルグアイなどの小国が先行してきたが、中国もそのトップ争いに加わった格好だ。
ここに来て、中国がデジタル人民元の発行に本腰を入れる背景には『リブラ』がある。過去にビットコインを通じた資本流出を経験した中国は、リブラへの警戒を強めている。また、収束する兆しの見えない『米中対立』も開発を急ぐ要因だ。ドルからの脱却は、米国と対峙するための手段でもある。
2―『リブラ』とは
各国の金融当局が挙げる懸念は、主にリブラに対する「規制監督の在り方」「ガバナンスの健全性」「金融システムへの影響」の3つ。フェイスブック社は当初、リブラの開発時期を2020年上期としていたが、各方面からの反発を受けて目標を事実上撤回している。
3―デジタル人民元の狙い
第2に、中国が依然として、資本流出に対する脆弱性を有していることが挙げられる。中国は、資本流出に歯止めを掛けるため、オフショア市場の設置や銀行・不動産に対する規制強化などの様々な策を講じているが、デジタル金融に関して見ると、海外の仮想プライベートネットワーク(VPN)や相対取引(OTC)を用いた違法な仮想通貨取引が行われるなど、対応に苦慮しているのが実態だ。そこに、取引規模に加えて価値の安定性や換金性などにも優れたリブラが誕生すれば、抜け穴を通じた資金流出は、さらに加速しかねない。デジタル人民元を早期に発行してリブラに先手を打つことは、そうしたリスクに対処するためにも必要となる。
2|米国への対抗
また、中国は少し長い時間軸の中で、別のことを考えている可能性もある。
第1に、デジタルの世界では、サービスの導入で先行した者が、ネットワーク効果に乗じて大きな市場シェアを獲得する「先駆者利益」というものがある。デジタル人民元が、デジタルの世界で先行することができれば、巨大な流通圏を構築することも可能となる。現在中国は、アジアから欧州・アフリカまでを結ぶ大経済圏構想「一帯一路(One Belt One Road)」を主導している。この構想と結びつけることができれば、デジタル人民元の流通圏構築も、より早く進むだろう。
さらに、CBDCには、脱税や汚職、不法取引などを削減する効果も見込まれる。CBDCの普及で取引の透明性が高まれば、中国の金融システムに対する信頼性も向上していく。その結果、既に世界第2位の経済規模と軍事力を有する中国には、デジタル人民元を基軸通貨とするための要件が揃っていくことになる。人民元には、依然として資本流出リスクがあることから、クロスボーダー取引の仕組み構築には高いハードルが残る。しかし、仮にそれがクリアされた場合には、ドルを中心とする既存の国際通貨体制にも影響が及ぶかもしれない。
また、中国は現在、米国との間に覇権を巡る争いを抱えている。貿易分野から始まったこの争いは、技術・投資などの分野にも飛び火し、通貨を媒介とする金融分野にも及びつつある。そのような情勢のもと、米ドル決済に依存する中国の現状のままでは、米国の金融制裁に苦しめられるイランの例を見るまでもなく、いざというとき中国にとって大きなリスクとなる。デジタル人民元の発行は、米国の金融制裁に対する中国の対抗手段と見ることも可能だろう。
第2に、CBDCは共産主義体制との相性が非常に良い。金融インフラが整っていない中国では、アリペイ(アリババ)やウィーチャットペイ(テンセント)など民間主導のデジタル決済が急速に普及しており、CBDCが市民に受入れられる土壌は整っていると言える。中国でデジタル人民元が普及すれば、中央銀行に膨大な個人情報が集約されて、国家は個人をより効率的に管理することが可能となる。中国は、国家が経済を主導する「国家資本主義」の国でもあり、集約されたデータは共産党主導の国の経済運営にも活用され、党の指導力を高めることにもつながっていく。経済力は覇権に欠かせない要素であり、デジタル人民元の普及は経済面から米国を追い上げる力となるだろう。
4―まとめ


(2020年01月14日「基礎研マンスリー」)
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