2019年12月11日

欧州経済見通し-政治・政策的不透明感強く、足取り重い-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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7~9月期も実質GDPは年率1%割れ。外需、在庫のマイナスを個人消費がカバー

ユーロ圏の低調な推移が長引いている。今月5日公表の7~9月期の実質GDP(改定値)は前期比0.2%、前期比年率0.9%で2次速報値と変わらず、4~6月期の同0.2%、同0.7%と同程度の弱い成長が続いた(図表1)。
図表1 ユーロ圏実質GDP(需要別)/図表2 ユーロ圏主要国実質GDP
国別にはドイツとイタリアの同0.1%に対し、フランスは同0.3%、スペインは同0.4%で製造業輸出依存型の国の弱さが目立つ(図表2)。

需要面では、7~9月期も外需と在庫調整による下押し圧力が続き、個人消費の堅調がカバーした。外需は輸出が前期比0.4%と4~6月期の同0.2%から回復したが、輸入が同0.6%と輸出の伸びを上回った。在庫の実質GDPへの寄与度は同マイナス0.1%で4四半期連続のマイナスだった。他方、個人消費は同0.5%で4~6月の同0.2%から加速、実質GDPを0.3%押し上げた。政府消費支出は同0.4%で前期の同0.5%から鈍化したものの、実質GDPへの寄与度は同0.1%で横這いだった。
 

陰りが見え始めた設備投資

陰りが見え始めた設備投資

先行きは外需と在庫調整の下押し圧力の緩和が見込まれるものの、設備投資の勢いには既に陰りが見え始めている。

総固定資本形成は4~6月期が同5.7%と著しく強かった反動もあり、同0.3%に減速した。近年、ユーロ圏の固定資本形成のデータは、研究・開発投資やコンピュータソフトウェアなど無形資産への投資である知的財産生産物投資の変動で大きく振れ1、基調が見極め難くなっているが、7~9月期は設備投資が同0.5%の減少、建設投資の勢いも鈍っており、基調は弱いと判断できそうだ(図表3)。特に、製造業の不振が目立つドイツの設備投資は同2.6%と大きく減少した(図表4)。
図表3 ユーロ圏固定資本形成/図表4 ドイツ固定資本形成
製造業の稼働率は、ユーロ圏全体で長期平均並み、ドイツでは長期平均を割り込む水準まで低下しており(図表5)、企業の設備投資への姿勢は慎重化している。欧州委員会の製造業設備投資計画の10~11月実施調査では、19年の設備投資計画は、3~4月時点の実質前年比4%増から同マイナス2%に下方修正され、20年についても同1%と慎重な姿勢が示された。ドイツは19年は同8%から同3%に、20年は同3%でやはり慎重姿勢が確認された(図表6)。
図表5 ユーロ圏、ドイツ製造業稼働率/図表6 ユーロ圏とドイツの設備投資計画
同調査の設備投資に影響を及ぼす要因に関する設問では、17~18年までは需要と技術進歩が投資の拡大を促していたが、19年~20年はユーロ圏では需要の割合が低下、ドイツでは投資の制約要因に転じている(図表7、8)。

2020年は著しく緩和的な金融環境の下で、デジタル化や気候変動対策のための投資の拡大は続くが、需要増や収益拡大を見込む投資は抑えられるため、20年の固定資本投資は緩慢な伸びに留まると予想される。
図表7 設備投資に影響する要因(ユーロ圏)/図表8 設備投資に影響する要因(ドイツ)
 
1 研究開発投資の資本化で特許も固定資本に含まれることになったことによる。対外的な特許料の支払いが外需に含まれるようになったことで、外需の振れも大きくなっている。

個人消費の堅調を支えた雇用所得環境の改善ペースも鈍化

個人消費の堅調を支えた雇用所得環境の改善ペースも鈍化

個人消費の堅調を支えてきた雇用所得環境の改善の勢いも鈍りつつある。

失業率はユーロ圏全体では10月は7.5%で、世界金融危機前の最低水準(7.3%)を前に足踏みとなっている(図表9)。失業率の足踏みは、主要国で広く観察されるが、上昇傾向に転じている国は未だない。

賃金指標は、欧州中央銀行(ECB)が安定の目安とする「2%未満でその近辺」に整合的な水準を超えるようになっている。一人当たり雇用者報酬の伸びは、2%超の水準で緩やかな鈍化傾向にある(図表10)。
図表9 ユーロ圏失業率/図表10 ユーロ圏賃金指標
実質雇用者報酬も2%近辺の伸びを維持しているのは、インフレ率の鈍化が、雇用減速による名目雇用者報酬の伸びの低下を補っているためだ(図表11)。

ユーロ圏全体では、雇用の減速は、公共サービス、情報・通信を例外として産業全体に見られる傾向であり、金融・保険業は減少している(図表12)。ドイツでは、製造業を中心とする鉱工業の雇用は失速しつつあり、金融・保険、専門サービスの雇用は減少に転じている(図表13)。
図表11 ユーロ圏雇用増加率/図表12 ユーロ圏雇用見通し
雇用の先行きに関する企業サーベイでは、ユーロ圏全体で、製造業ではマイナス6.3%と雇用削減を見込む割合が増えており(図表14)、ドイツではマイナス15.2%と削減を見込む割合がユーロ圏全体よりも高い。小売業やサービス業、建設業などでも、全般に雇用に対する姿勢が慎重化している。

個人消費を支えてきた雇用所得環境の改善はサービス業を中心に続くと見られるが、製造業での雇用削減が影響し、先行きはさらに減速するだろう。
図表13  ドイツ雇用増加率/図表14 ユーロ圏雇用見通し

2019年1.2%、20年1.1%、緩やかな拡大が続く

2019年1.2%、20年1.1%、緩やかな拡大が続く

2019年の実質GDPは1.2%と18年の1.8%から大きく減速、2020年も1.1%、2021年も1.3%と弱い成長が続く見通しだ。インフレ率は19年、20年とも1.2%と予測する。

外需と製造業の悪化による成長への負の影響は緩やかに緩和する。米中摩擦、中国経済の減速、英国のEU離脱や、域内の環境規制の厳格化の影響は、20年以降も継続するため、在庫調整の圧力の緩和による下げ止まりは見込まれるが、力強い回復までは期待できない。

外需と製造業の弱さが続くことで、サービス業、内需の拡大ペースも鈍るだろう。設備投資はデジタル化や気候変動対策への対応が中心となる。個人消費は雇用所得環境の改善のペースが鈍ることで、緩やかな拡大に留まる。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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