2019年11月08日

年金不安の陰で増加する金融トラブルー投資勧誘より優先すべき金融知識の向上に向けた取り組みー

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.272]

生活研究部 井上 智紀

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1―はじめに

いわゆる「老後2,000万円問題」として注目された金融審議会市場ワーキンググループの報告書(以下、金融庁報告書)については、世帯によりそれぞれ家計の状況が異なるなか、一律に平均で示すことの乱暴さに対する指摘もみられている。一方で、同報告書が注目される背景には、公的年金制度への根強い不信感や老後に向けた資産形成に対する意識の高まりがあるように思われる。

本稿では、同報告書に対する指摘を踏まえて高齢者世帯の家計収支をより細分化してみるとともに、家計に貯蓄・投資を促す上での課題を示す。

2―世帯主の年齢や貯蓄高により異なる高齢者世帯の家計収支

2014年の総務省統計局「全国消費実態調査」から、世帯主が65歳以上の無職世帯における1世帯あたり1か月の収入と支出についてみると、実収入と実支出の差は約3.4万円の赤字となっている[図表1]。
家計収支
世帯主の年齢階級別に細分化してみると、収支差は65~69歳では大幅な赤字となっているものの、加齢とともに支出が減少することで85歳以上では逆に黒字となっている。このことは、年齢階級別に30年分として合計してみても不足額は1,000万円程度に留まることを意味している。視点を変えて貯蓄現在高階級別にみると、収支差は貯蓄現在高900万円未満の世帯では1万円台の赤字に留まっており、不足額が5万円前後に達する世帯は貯蓄現在高3,000万円以上に限られている。
 
世帯数分布の過半が貯蓄高1,500万円未満であることを踏まえれば、高齢世帯の大半は公的年金等の収入と現役期に形成した資産の範囲で、いわば身の丈にあった消費を心がけているものと考えられる。

3―投資への取組促進の陰で増える金融トラブル

ファンド型投資商品の年齢別構成比の推移 高齢期に希望する生活水準を実現するためには、計画的な資産形成の取組が求められる。一方で、資産寿命の延伸をはかることを企図して、また、売り手の甘言に誘われるなどして投資に手を出す者も少なくない。国民生活センターのデータベース(PIO-NET)から金融・保険関連の1か月あたりの相談件数の推移をみると、種類別の相談件数が概ね横ばいないし微減で推移している中、「ファンド型投資商品」が2018年度にかけて急増している様がみてとれる[図表2]。
「ファンド型投資商品」の年齢別構成比をみると、20歳代や40歳代で1割を超えるなど、相談や苦情につながる販売が若年層にも拡がっている様がみてとれる*。
 
これらの結果は、投資商品の販売が消費者自身の金融リテラシーに則さない形で行われている可能性があることを意味している。

4―若年から高齢者まで、幅広く適切な金融知識取得の促進を

金融商品販売上の問題では、高齢者を中心として議論されることが少なくない。しかし、望まない金融トラブルに陥る者は年代に関わらず存在し、近年では特に金融取引やそもそも消費経験自体も乏しい若年層にも拡がりつつある。投資や資産形成の必要性に対する関心の高まりを好機とすべく、各種金融機関による販売圧力の高まりも予想されるものの、投資を通じた資産形成を促す前に、消費者が不適切な販売・勧誘に踊らされないよう、適切な金融知識を身につける機会を提供することこそ必要なのではないだろうか。
 
*2019年には30歳未満でも減少に転じているものの、その減少幅は1割に満たない。
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