2019年11月01日

原油相場でくすぶる急変動のリスク

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(10月):追加緩和を見送り(ガイダンス強化のみ)

(日銀)維持(フォワードガイダンスを強化)
日銀は10月30日~31日に開催された決定会合において現行の金融政策を維持した。一方、政策金利に関するフォワードガイダンスを「物価安定目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定」へと修正した2。従来と比べると、期限が再び曖昧になった面はあるが、利下げの可能性が明示されたという点でガイダンスが強化されたと言える。

日銀は前回の会合で、「(物価目標に向けた)モメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつある」と指摘。今回10月の会合において、「経済・物価動向を改めて点検していく考えである」と予告していた。今回、「マクロ的な需給ギャップ」と「中長期的な予想物価上昇率」を中心に点検した結果、「モメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではないものの、引き続き、注意が必要な情勢にあると判断」に至ったことを、フォワードガイダンス強化の理由に挙げている。

追加緩和余地が乏しいなか、前回会合以降、米中摩擦に緩和の動きが現れ、為替も円安方向に振れたため、効果が不確かで副作用増大が懸念される本格的な追加緩和措置(マイナス金利深堀りなど)を見送り、同時に市場の失望を回避・期待を繋ぎとめることを狙いとして、フォワードガイダンスを強化したというのが実情と考えられる。
 
会合後に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を前回同様、「基調としては緩やかに拡大している」とし、先行きの景気見通しも、海外経済の回復の遅れを認めつつも、「2021年度までの見通し期間を通じて拡大基調が続く」との回復シナリオを維持した。物価上昇率についても、需給ギャップのプラス状態が維持されるもとで予想物価上昇率の高まりも相まって2%に向けて徐々に上昇していくという従来の物価上昇メカニズムの説明を維持した。

ただし、経済・物価のリスクについては、従来同様、ともに「下振れリスクの方が大きい」としたうえで、とりわけ、「海外経済を巡る下振れリスクは高まりつつある」と指摘している。

政策委員の大勢見通し(中央値・2019~21年度)では、各年度の実質GDP成長率、物価上昇率(生鮮食品を除くCPI)が前回から下方修正された。見通し期間最終年度である2021年度の物価上昇率は前年比1.5%に留まっている。物価上昇率の見通しは、当初に高めに設定され、以後断続的に下方修正される傾向が長期にわたって続いており、今回もその流れに沿った動きと言える。

会合後の総裁記者会見では、今回、現状維持とした理由について「物価安定目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れが一段と高まる状況にはないと判断した」ことを挙げる一方、「引き続き、物価のモメンタムが損なわれるおそれについて注意が必要な情勢にある」ことから、フォワードガイダンスの変更によって、「緩和方向をより意識して政策運営を行うというスタンスを明確に示した」と説明した。

ガイダンスから、「当分の間、少なくとも2020年春ごろまで」という具体的な期間が削除された件については、「相当長く現在の長短金利、さらに低位の金利もあり得ると示すため」、「以前はカレンダーベースで受け止められやすかったため、物価安定目標に向けたモメンタムに紐づいていることを示した」、「外国でも、多くの場合、物価目標と紐付けする例が多くなっている」とその趣旨を説明した。
 
今後、仮に追加緩和を行う際の手段としては、「色々なオプションがあり、(中略)政策金利(の引き下げ)に限っているわけではない」としたが、マイナス金利深掘りについて、「日本でもマイナス金利の深堀りは可能と考えている」とその可能性を排除しなかった。

追加緩和の際に懸念される副作用に関しては、「コストがあるから追加緩和はできないとは考えていない」、「ベネフィットとコストを十分比較して適切な対応をとる」と述べ、「既に緩和余地がない」との見方を否定した。
 
2 従来は、「当分の間、少なくとも2020 年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定」としていた。
(今後の予想)
今回、日銀が本格的な追加緩和を見送った根本的な背景には、追加緩和余地が乏しいことにある。FRBのように「予防的な緩和」を行う余裕はないということだ。従って、メインシナリオとしては、今後とも出きる限り追加緩和を回避し、適宜フォワードガイダンスの強化程度の措置を実施するに留めると予想する。

一方、もし市場が緊迫化し、大幅な円高が進行したり、内外景気が失速したりする場合には、日銀も動かざるを得なくなる。この際には、緩和の打ち止め感や副作用増大を覚悟のうえで、マイナス金利深堀り(副作用緩和策とセットで)、ETF買入れ増額、国債買入増額(ただし、超長期ゾーンは金利低下抑制のために減額)などを組み合わせた本格的な追加緩和に踏み切ることになると見ている。
展望レポート( 1 9年1 0月)・政策委員の大勢見通し(中央値)/日銀展望レポート物価見通しの変遷

3.金融市場(10月)の振り返りと予測表

3.金融市場(10月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
10月の動き 月初-0.1%台前半でスタートし、月末は-0.1%台半ばに。
月初、低調な米経済指標が相次ぎ、米景気懸念と利下げ観測の高まりによって金利は低下、4日には-0.2%台前半へ。一方、米中協議の進展期待に伴う国債需要減退によって11日には再び-0.1%台後半へと上昇し、その後も米中部分合意を受けて同水準を維持した。さらに、21日には、日銀によるイールドスティープ化促進観測によって-0.1%台前半へと浮上。月終盤は好調な入札結果やハト派色を残したFOMC後の米金利低下を受けてやや低下し、月末は-0.1%台半ばで終了した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(10月)
(ドル円レート)
10月の動き 月初108円台前半でスタートし、月末は108円台後半に。
月初、低調な米経済指標が続き、米景気懸念と利下げ観測の高まりによって4日に107円を割り込む。その後、米雇用統計を受けて米景気懸念が後退したうえ、米中協議での部分合意への期待が高まったことでドルが買い戻され、11日には108円台を回復した。さらに、好調な米企業決算を受けた16日には108円台後半に。月後半もリスク選好地合いの継続から、108円台での推移が継続。FOMCでは利下げの休止が示唆されたが、先行きの利下げを排除しない姿勢も示されたことから影響は限定的となり、月末も108円台後半で終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
10月の動き 月初1.09ドル付近でスタートし、月末は1.11ドル台半ばに。
月初、予想を下回る米経済指標が続きドル売りが優勢となったことで、4日に1.09ドル台後半へと上昇。ECB議事要旨を受けた追加緩和観測の後退により、10日には1.10ドル台を回復した。その後は英国の合意無き離脱回避期待もあって堅調に推移。英国とEUが離脱修正案で合意したことを受けた17日には1.11ドル台に乗せた。その後は1.11ドルを挟んでのもみ合いとなったが、月終盤にはハト派色を残したFOMCを受けてドル売りがやや優勢となり、月末は1.11ドル台半ばで終了した。
金利・為替予測表(2019年11月1日現在)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2019年11月01日「Weekly エコノミスト・レター」)

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