2019年11月01日

原油相場でくすぶる急変動のリスク

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:原油相場でくすぶる急変動のリスク

(原油市場は50ドル台で安定的に推移)
WTI原油先物価格(以下、WTI先物)は5月下旬に60ドルを割り込んで以降、50ドル台半ばを中心とする安定した推移を見せている。

この間、米中貿易摩擦とそれに伴う世界経済減速懸念の高まりが原油価格の下押し圧力になる一方、OPECとロシア等の非OPEC産油国(以下、OPECプラス)による協調減産の継続、米国の制裁を受けるイラン、ベネズエラの供給減が下値を支え、強弱材料が拮抗する形になっているためだ。

原油価格は基本的に世界の原油需給バランスで決定される。需給バランスを確認すると、昨年後半には大幅な供給過剰であったが、今年に入ってからはOPECプラスの減産効果等によって、供給過剰が緩和・解消している。

なお、6月中旬にはサウジアラビア(以下、サウジ)の原油関連施設が攻撃を受け、大規模な生産停止が発生したことでWTI先物は一時的に60ドルを突破したが、早期復旧に伴って元の水準に回帰した。
 
このように、原油相場は比較的低位で安定的な推移が続いているが、先行きの急変動リスクは高いと言わざるを得ない。なぜなら、需要・供給のそれぞれに大きな不確実要因を抱えているためだ。
WTI先物とダウ平均株価/世界の原油需給バランス
(需要サイド:米中貿易摩擦と世界経済減速懸念)
まず、原油需要サイドの大きな不確実要因は米中貿易摩擦だ。米国による対中国関税引き上げは、これまで第4弾の一部実行に至るまで進行しており、中国政府もその都度報復関税で対抗してきた。貿易摩擦激化による直接的ならびにマインドを通じた間接的な悪影響によって世界経済の減速は顕著になってきており、IMFが3カ月に一度公表する見通しでも、世界経済の成長率が立て続けに下方修正されている。

米中貿易摩擦は、世界経済の成長率押し下げを通じて原油需要の減少に働く。現にIEAによる世界の原油需要見通しは下方修正が続いており、2019年の需要の伸びは直近10月時点で日量100万バレルと予想されており、半年前と比べて約3割も低い水準に落ち込んでいる。
世界経済の成長率見通し(IMF)/世界の原油需給の伸び(IEA見通し・前年比)
米中の協議では、最近になって部分合意に向けた前向きな動きも見られるが、比較的容易な領域での第一段階の合意に過ぎず、最終合意や追加関税撤廃への道筋は全く見えていない。内外株価が部分合意を好感して上昇基調を辿ったのに対し、原油相場では上昇が見られなかったのは、実際に原油需要増加に繋がるのかという点について市場参加者が慎重に見ていることの現われと推察される。

今後、米中協議で本格的な合意が為され、既存の追加関税が撤廃されるのか、それとも逆に、協議が決裂し、さらなる関税引き上げ合戦に陥るのかによって、原油需要は多大な影響を受けることになるが、先行きの不透明感は強い。
(供給サイド:地政学リスクに伴う供給減)
一方、原油供給(生産)サイドの大きな不確実要因としては中東の地政学リスクが挙げられる。
WTI先物価格(9月・ローソク足) 既述の通り、今年9月14日にサウジの石油関連施設が何者かによるドローンや巡航ミサイルによる攻撃を受け、大規模な原油生産停止が発生したが、その停止規模はサウジの生産能力の約半分、世界需要の5%にあたる日量570万バレルと、近年では突出して大きな規模となった。

この事態を受けて、週明けの原油市場では供給不足への懸念が高まり、WTI先物は前週末比で一時15%高い63ドル弱まで急騰することになった。

実行犯は定かではない1が、相次ぐタンカーへの攻撃も含めて、サウジ周辺での武力攻撃の背景には米国とイラン関係の緊迫化による中東情勢の不安定化がある。また、今回、石油施設攻撃に対するサウジの防衛体制の脆弱性も明らかになった。米国とイランの緊迫した状況は続いているため、今後もこうした武力攻撃による生産減少リスクは高い。

今回は、施設の復旧が早期に行われたことで原油価格は短期間で落ち着きを取り戻したが、もし今後大規模な生産停止が発生し、復旧に時間を要する事態となれば、いくら各国の備蓄があるとはいえ、原油価格は供給不安によって今回以上に高騰・高止まりするだろう。
 
1 イエメンの親イラン武装組織フーシ派が犯行声明を出したが、米国や英独仏はイランが関与したとの見方を示し、イランはこれを否定している。
(需給調整弁:機能しないおそれも)
こうした需給の変動に対し調整弁が迅速かつ適切に機能すれば、需給のバランスは保たれることになるが、調整弁役と目される米シェールオイルやOPECプラスの動向にも不確実性がある。

(1) 米シェールオイル
米国のシェール業界は民間企業で構成されているため、国の方針ではなく、経済合理性に基づいて生産活動が行われる。しかも、シェールオイルは油井の寿命が短い一方で短期で生産開始が可能である。従って、理論的には、原油需給がタイト化して価格が上がれば、採算向上を受けて増産し、逆に需給が緩和して価格が下がれば、採算悪化を受けて減産を行うことで、原油需給の調整役になることが期待される。

実際、原油価格と米シェールオイルの掘削活動は連動性が高い。今年に入って、リグ(油井掘削装置)の稼働数は大幅に減少しているが、これは昨年終盤の原油価格急落とその後の低迷を受けたものだ。
米リグ稼働数と原油生産量/米リグ稼働数と原油生産量
米シェール地区のDUC(掘削済み・未仕上げ油井) ただし、リグ稼働数が減少する一方で、原油生産量は増勢が続いており、原油価格と生産量の関係は崩れている。

過去に掘削済みで未仕上げとなっていた油井(DUC)は昨年末にかけて積み上がっていたが、今年に入って仕上げが進んでいることが寄与しているようだ。DUCは少ない追加コストで生産段階に移れるため、原油価格低迷の影響をあまり受けていないとみられる。

また、シェールオイルの生産量には、技術動向や油井の生産性、パイプラインの輸送能力など多くの要因が関わってくるため、価格による生産調整には不確実性がある。
O PECプラス各国の減産遵守率 (2) OPECプラスによる生産調整
OPECプラスによる生産調整はこれまで世界の原油需給バランスの調整に大きく寄与してきた。OPECプラスは2017年に協調減産を開始し、段階的に延長してきたうえ、今年からは日量120万バレルの減産拡大に踏み切った。こうしたOPECプラスの取組みが原油市場の供給過剰の解消に繋がってきた。

ただし、減産は価格が十分に上がらなければ痛みを伴う。既に多くの産油国では経済や財政が厳しい状況にあり、10月にはエクアドルが財政の立て直しに向けた増産を行うためにOPECを脱退することを公表した。

また、減産の遵守状況に大きなバラツキが発生しているという問題もある。主要国では、イラクやロシアの平均遵守率が100%を大きく割り込み、減産合意を守っていない一方、サウジが大幅な減産を行うことで、OPECプラス全体での減産達成が維持されている。合意破りが横行していることは、OPECプラス内での不協和音に繋がるおそれがある。
 
このように、OPECプラスの協調減産は各国の利害が大きく絡んでくるだけに、今後、減産拡大の必要が生じた際などに、迅速かつ適切な合意形成が出来ないおそれもある。

また、OPECプラスの持つ余剰生産能力はサウジに偏っているため、先月のようにサウジで大規模な生産停止が発生した際には、他国で埋め合わせできないという問題もある。
世界の原油需給バランス (原油相場が市場全体に大きな影響を与える可能性も)
今後来年にかけての原油市場について、筆者の中心的な見通しとしては、(1)米中貿易摩擦が段階的に緩和(原油需要押し上げ材料)する一方で、(2)米国を中心とする非OPEC産油国での増産が進む(原油供給押し上げ材料)こと、さらに、(3)OPECプラスが需給のバランサーになることで、需給バランスの大幅な偏りは避けられると見ている。従って、原油価格(WTI先物ベース)も現状と大差ない50ドル台前半~後半で推移すると見込んでいる。
 
ただし、既述のとおり、需要・供給のそれぞれに大きな不確実要因を抱えており、調整弁もうまく機能しないおそれがあるだけに、需給バランスが急激にタイト化したり緩和化したりすることで、価格が急変動するリスクも高いと言わざるを得ない。目先では、米中首脳会談で部分合意の署名が行われるか?12月半ばに予定されている米政権による対中国追加関税第4弾が実行されるか?12月上旬に開催されるOPEC総会ならびにOPECプラス会合で減産拡大が決定されるか?という点が注目される。

仮に今後、原油価格が大幅に下落した場合には、2016年年初のように、産油国経済の減速懸念、米エネルギー企業の収益悪化懸念、オイルマネーによる株の換金売りなどから、世界的に株価が下落し、為替でもリスクオフの円高が進みかねない。

一方、逆に今後原油価格が急騰した場合には、産油国を除く多くの国々の経済にとって逆風になるうえ、物価上昇懸念から世界的に金融引き締め観測が台頭するおそれがある。この場合も株安・円高が発生するだろう。

従って、「原油価格の安定が続くか否か」は、世界経済や金融市場全体にとって重要性が高い。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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