2019年10月31日

公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか-求められる丁寧な説明、合意形成プロセス

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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8――今後、国レベルで予想されること

1|民間医療機関を含むデータの対象範囲拡大
では、今回の病院名公表を受けて、どんな展開が今後、予想されるのだろうか。現場や自治体レベルでの反応は既に述べた通りだが、ここでは国レベルで予想されることとして、「民間医療機関を含むデータの対象範囲拡大」「国の関与強化」「医師確保計画、医師の働き方改革との一体化」に整理しつつ、詳細を論じる。

第1に、民間医療機関のデータを含めた開示対象の範囲拡大である。今回は公立・公的医療機関のデータであり、民間医療機関の急性期医療は対象外。さらに公立・公的医療機関に関しても、回復期や慢性期のデータが漏れており、全体像が示されているとは言い難い。

中でも、提供体制の大宗を占める民間医療機関は対象外となった点については、厚生労働省幹部が開示していくとの方針を示している31上、10月4日の地域医療確保に関する国と地方の協議の場でも、地方側から「民間病院も含めて、全てのリストを明らかにしてもらいたい。そうした公平な環境がなければ、とてもこれから先に進むことができない」という強い要請があった32

ただ、その際に今回の個別名公表のように、再編・統合に向けた「検証要請対象医療機関」と位置付けた場合、民間医療機関の資金繰りが悪化するなど、民間法人の経営問題に直結する可能性がある。こうしたリスクを意識しつつ、今回の内容とイコールフィッティングを果たせるデータをどこまで出せるのか注目点となりそうだ。
 
31 2019年9月30日『m3.com』配信記事。
32 2019年10月4日『m3.com』配信記事。
2国の関与強化
第2に、国の関与強化である。この動きは既に強まっており、今回の個別名公表についても、その一環として位置付けられる。当面の焦点としては、国の職員が出向いて助言・支援する「重点支援区域(仮称)」を指定する33としている点である。これは元々、2019年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)に盛り込まれた対応であり、今後どんな選定基準で、どこが選ばれるのかが注目される。ただ、その際も今回の個別名公表と同様の反対や戸惑いを引き起こす可能性がある。

さらに、▽消費増税財源などを活用した「地域医療介護総合確保基金」34による支援の拡大、▽医療費適正化に向けた取り組みに応じて自治体向け配分額を増減させる国民健康保険の「保険者努力支援制度」の活用――といった財政インセンティブ制度を通じて、都道府県に対する締め付けが強まる可能性がある。実際、今年10月の経済財政諮問会議では民間議員から「今後3年程度に限って集中再編期間として、(筆者注:病床再編に向けて)大胆に財政支援をすべき」とする資料が提出された35

このほか、診療報酬の改定を通じて地域医療構想の実現を図るべきとする声も強まっている。これまで地域医療構想と診療報酬の関係性について、厚生労働省は「地域で話し合った結果が、報酬で裏打ちされることが重要なのであり、地域の実情を全然考えずに、霞が関で設定した診療報酬が誘導することは、地域医療構想のコンセプトにはありません」36、「全国一律の診療報酬で地域医療構想を無理に推し進めれば、地域の実情に合った議論が進まなくなる危険性がある。診療報酬の要件が医療機関の機能転換を阻んでいるようなら見直すなど、地域医療構想の『邪魔をしない』改定にしたい」37などと説明してきた。

しかし、経済財政諮問会議では「地域医療構想の実現は、無駄な医療費抑制のためにも早急に進めるべきであり、病床のダウンサイジングの支援の追加策や病床機能の転換を促す診療報酬の大胆な見直しが必要」38、「急性期(7対1)病床や療養病床の転換に向けた診療報酬措置の効果を検証し、転換を加速する対応策を講ずべき」39といった意見が民間議員から示されている。

医療機関向け診療報酬は原則として2年に一度のペースで改定されており、2020年度は改定年に当たるが、こうしたプレッシャーを受けて、診療報酬改定の細目を決める中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関)の議論が一つの焦点になる。
 
33 2019年10月9日第27回経済・財政一体改革推進委員会資料。
34 地域医療介護総合確保基金は2014年度に創設された。基金の使途は(1)地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設・設備整備、(2)居宅等における医療の提供、(3)地域密着型サービスなど介護施設等の整備、(4)医療従事者の確保、(5)介護従事者の確保――の5つであり、2019年度は国費べースで医療分689億円、介護分549億円。
35 2019年10月28日経済財政諮問会議有識者議員提出資料。
36 2016年10月24日『m3.com』配信記事。厚生労働省の迫井正深保険局医療課長(当時)に対するインタビュー記事のコメント。
37 2019年10月11日『日経メディカル』配信記事。厚生労働省の森光敬子保険局医療課長の発言。
38 2019年9月30日経済財政諮問会議議事要旨。
39 2019年10月28日経済財政諮問会議有識者議員提出資料。
3医師確保計画、医師の働き方改革との一体化
今年に入り、厚生労働省は「地域医療構想」「医師確保計画」「医師の働き方改革」を三位一体の改革と説明するようになっている。具体的には、三位一体の改革を通じて、「2040年にどこにいても質が高く安全で効率的な医療を実現する」と説明40しており、地域医療構想を含めた3つの改革が一体化する可能性が想定される。

このうち、医師確保計画については、2036年度までの計画で医師の偏在是正などに取り組むとしており、都道府県が2019年度中に策定する。医師確保計画の詳細については別のレポートで後日、改めて考察することにしたいが、「医師偏在指標」を基にして、▽地域医療を志す医学生・医師の養成、▽地域で勤務しつつ医師としてキャリアアップできる環境整備、▽へき地などへの医師派遣――などの施策が盛り込まれる見通しだ。さらに、医師の働き方改革は医師の長時間勤務解消などを目指しており、2024年度から本格施行する。

これら3つの関係性について、現時点で明確な説明は示されていないが、厚生労働省幹部は「まずは個々の病院の課題を洗い出し、自院でできることを、しっかり検討して実施していただく。その上で、『自分の病院は、今のこの診療体制では働き方改革への対応は無理』となった時、地域でまとめた地域医療構想を一つの対応の方向として、重点化や集約化も視野に取り組むのが自然」としている41
 
40 2019年5月31日経済財政諮問会議資料。
41 2019年6月5日『m3.com』配信記事における厚生労働省の迫井官房審議官に対するインタビュー記事のコメント。
 

9――今後、自治体に求められる対応

9――今後、自治体に求められる対応

1|丁寧な説明と合意形成
では、こうした中で今後、自治体や現場ではどういった対応が求められるだろうか。ここでは、(1)丁寧な説明と合意形成、(2)住民の暮らしを支える施策の検討、(3)医師など人材確保の視点――の3点について考察する。

まず、丁寧な説明と合意形成である。今回の個別名公表が機械的な判断基準に基づいているとはいえ、地域の実情を可視化できた側面もある。実際、全体としては少数の意見だが、奈良県の荒井正吾知事は「エビデンスとして活用してほしいとのメッセージだと受け止めている」と語った42ほか、「病院をなくすなくさないの話ではなく、議論する好機としてとらえたい」と述べた首長もいる43

医療行政の現場を預かる都道府県や市町村の立場から見ると、今回の個別名公表を「再編・統合に向けたリストラ指名」などとマイナス面だけで考えるのではなく、かと言って「地域経済の維持には病院が必要だ」と声高に叫ぶことで全否定するのではなく、地域の実情と将来像を踏まえつつ、冷静に受け止める必要がある。その上で、「コスト面では再編・統合が必要かもしれないが、患者へのアクセスを考えると、一定程度の病床が必要」「地域の医療ニーズに対応するため、どんな機能を残し、どの機能を他の病院と役割分担するのか」といった合意形成を積み上げて行くことが求められる。

この点は今後、指定される「重点支援区域(仮称)」についても同じである。国の判断基準は一律で機械的になりがちであり、しかも医療費抑制に向けた病床削減の議論が先行する傾向は否めない。こうした中で、住民を含めた地域の関係者に対する丁寧な説明と、関係者同士の合意形成を通じて、地域の事情を反映させるのは都道府県と市町村の責任である。
 
42 2019年10月9日『日本経済新聞』電子版。
43 2019年10月2日『毎日新聞』。秋田県の福原淳嗣大館市長の発言。
2|住民の暮らしを支える施策の検討
第2に、住民の暮らしを支える施策を検討する必要性である。先に触れた通り、国の関与は今後も強まる可能性があり、その議論は病床の適正化に傾斜しがちである。こうした中、地域への影響を考えた時、「再編・統合するか否か」の選択肢だけでは議論が混乱する可能性がある。

具体的には、病床数の過剰ぶりなどコストだけに着目すると、医療ニーズへの対応が疎かになり、住民の反発を引き起こす可能性がある。このため、地域の人口動態に応じて病床数をスリムにする視点だけでなく、プライマリ・ケアを含めた在宅医療、医療・介護連携、予防・健康づくりを強化することで、「病床が削減されても住民の暮らしを支えられます」と説明できる施策が重要と考えている44

その際には医療機関同士の連携も重要になるため、2017年4月にスタートした「地域医療連携推進法人」を活用するのも一案と思われる。これは持株会社のように複数の医療機関が一つの法人に加わることで法人間の連携強化を目指しており、在宅への移行支援や医療・介護連携、医師確保など切れ目のない提供体制の構築を図る上では一つの重要な方策と言える45。実際、民間医療機関の団体からは「急性期病床のダウンサイジングだけで済ませて良いものか。あそこまで分析したのであるから、病院の機能分化等を地域で検討すべきではないか」といった声が出ている46
 
44 地域医療構想とプライマリ・ケアの関係性については、2017年12月8日拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(4)-日常的な医療ニーズをカバーするプライマリ・ケアの重要性」を参照。
45 地域医療連携推進法人は2019年10月1日現在、全国で14法人が創設されており、厚生労働省としても設立を後押ししている。今年1月には地域医療連携推進法人同士の情報交換などを目的とした連絡会議が開催された。
46 2019年10月2日『GemMed』配信記事。日本病院会の相澤孝夫会長による発言。
3|医師など人材確保の視点
第3に、医師など人材確保の視点であり、医師確保計画と医師の働き方改革を含めた三位一体への対応である。3つの関係性を筆者なりに整理すると、以下のような展開が予想される。

まず、地域医療構想を通じて病床が適正化されたり、医療機関が再編・統合されたりすると、大学病院が若手医師などを派遣する病院が減り、医師が足りない地域への医師派遣が容易になる可能性がある。あるいは今回の再編・統合に向けた個別名公表を通じて、医師が足りない地域で医師確保が一層、難しくなった場合、医師確保計画との連携が問われる。

さらに医師の働き方改革のインパクトは一層、大きいかもしれない。例えば、医師の働き方改革を通じて、勤務時間管理が一定程度、厳格化されれば、医師の長時間勤務で維持してきた病院の機能、中でも急性期病床などが継続できなくなる可能性がある。こうした場合、医師を確保できなくなった医療機関は再編・統合、あるいは病床機能の転換が必要になり、結果的に地域医療構想が目指す姿に近付く可能性がある。

実際、厚生労働省幹部は「医療提供とマンパワーの在り方を最適にしていく取り組みがあり、それをどう動かすのかという話。(略)医師の働き方改革は、将来の医療需要を見据えた適切な医療提供体制とマンパワーの配置に向かって、体制を転換するための非常に強いドライビングフォースになる」と説明している47

今後、都道府県や市町村としては、こうした可能性を意識しつつ、調整会議の議論や公立病院の運営を検討して行く必要があると思われる。
 
47 2019年6月5日『m3.com』配信記事における厚生労働省の迫井官房審議官に対するインタビュー記事のコメント。
4|3つの視点を考える事例~富山県のあさひ総合病院のケース~
これら3つの視点の重要性を考える上で、富山県朝日町の「あさひ総合病院」の改革例は示唆に富んでいる48。同院は人口減少による収益悪化に加えて、医師・看護師の確保に苦労していたが、診療報酬の加算取得や材料費の縮減といった収益面の取り組みだけでなく、医師や看護師などの人材を確保するため、▽地元大学医学部への寄付講座開設、▽医学生の地域実習受け入れ――などを進めた。

さらに病院の改修工事を実施し、病床数を199床から109床に減らす一方、在宅医療や認知症ケア、介護予防、医療・介護連携などを進められる拠点を院内に設置することで、病院の生き残りに向けた「バージョンアップ」に努めた。その際、女性従業員用の宿直室など女性が働きやすい職場環境の整備に努めることで、人材確保にも考慮した。

併せて、一連の改革を進める際、住民や町議会への丁寧な説明に加えて、住民が地域医療の当事者として自分が何をできるかを考えてもらう「朝日町地域医療再生マイスター養成講座」を開催し、住民の主体性を引き出す努力も講じられている。

つまり、(1)住民を含めた関係者への丁寧な説明と合意形成、(2)単に病床のダウンサイジングだけを論じるのではなく、プライマリ・ケアや在宅医療、医療・介護連携を強化するバージョンアップを通じて、住民の生活を支える施策の検討、(3)医師など人材確保の視点――という3つの視点を考慮しつつ、地域の医療提供体制を改革した一例と言える。
 
48 あさひ総合病院の改革事例については、改革論議に参加した城西大学の伊関友伸教授からご示唆を頂くとともに、伊関友伸(2018)「富山県朝日町の医療再生とまちづくり」『病院』Vol.77 No.9などを参照した。
 

10――おわりに

10――おわりに

以上、異例の個別名公表に対する経緯や背景、自治体や現場の反応、今後予想される展開、自治体に求められる対応などを問うてきた。

そもそも病床適正化の議論は「総論賛成、各論反対」になりがちである。医療費の伸びを抑制しようとすると、世界的に見て過剰な病床数が見直しのターゲットになるのは避けられない一方、目の前の病院が消えることは誰もが避けたいため、見直し論議が前に進みにくい面がある。実際、今回の一件に対する首長、特に地域医療構想を推進する知事の反応を見ても、その多くはトップダウンによる公表に反発している反面、病床数を適正化する必要性について異議を唱える意見は見られず、「総論賛成、各論反対」の側面を持っている。

その意味では、どこまで厚生労働省が事前に反応やハレーションを想定できていたか別にして、「総論賛成、各論反対」に陥りがちな現状を打破する強引なショック療法になったと言えるかもしれない。さらに言えば、地域医療構想を本気で進めようとすれば、こうした反発は早晩、避けられなかったはずであり、今後3~5年ぐらいのスパンで起きる変化を僅か1~2週間で凝縮して起こしたと理解することも可能である。

しかし、どんなデータを国が示そうが、地域の事情を反映できる主体は地域医療構想を推進する都道府県か、住民の生活に身近な市町村である。その役割を自治体が果たせないまま、「総論賛成、各論反対」のスタンスが続けば、国による統制と締め付けは強まる危険性がある。その時の軋轢は今回よりも大きくなり、病院の存廃を巡る分断が地域社会に生まれる危険性さえ想定される。こうした事態を避ける上でも、都道府県と市町村による地道な取り組みが不可欠である。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年10月31日「基礎研レポート」)

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