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- 中国、キャッシュレス先進国ゆえの落し穴
2019年06月07日
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今年の初めごろ、中国のネット上ではこんな言葉が出回った。「オフィスにいるのはこんな3世代。貯金好きの40代、投資好きの30代、借金ばかりの20代。20代の借金を親が替わりに返済している」
これは、1990年代生まれの20代が、それまでの世代と消費のあり方が大きく違うことを意味している。欲しいものがあって、持っているお金が足りないという現実があっても、スマホで瞬時にかつ安易に入手できてしまうということだ。
中国における急速なキャッシュレス化を表現する言葉としてよく使われるのが「リープフロッグ(カエル跳び)現象」である。社会インフラや社会サービスの整備が進んでいない新興国で、先進国の最新の技術やサービス等を導入したため、先進国のそれまでの段階的な歩みを飛び越えて一気に普及することを意味している。国が大きく成長する上で様々なコストをカットでき、サービスの利便性を一気に高めるという利点がある。しかし、あまりにも大きく変わってしまうため、それに伴うリテラシーの形成が置き去りにされてしまうという弱点もある。
消費のあり方も同様である。アリペイ、Wechatペイなど、キャッシュレス化の急速な浸透により、中国の消費のあり方は大きく変わった。アリババ、テンセントはそれぞれ経済圏を形成し、ユーザーはその中で生活に関するあらゆるサービスを享受している。つまり、冒頭の20代はそれまでの世代とは異なり、経済圏内での本人の信用偏差値を使ってお金を簡単に借りたり、クレジット払いにすることが可能になった。それは、親元を離れる大学生ごろから始まる。現在の大学生は2000年以降生まれた世代-「00後」だ。
00後は、中国の高度経済成長の恩恵を受け、ほとんどが一人っ子のため、幼いころから様々なモノや愛情を独占的に受けており、消費意欲も旺盛である。また、ITの発展とともに成長したデジタルネイティブでもあり、モノを買っても現金で支払ったことがほぼない「財布を持たない」世代でもある。
「2018年大学生消費洞察報告」によると、大学生の日々の生活はネットによって成り立っていることが分かる。大学生のうち、90.7%はネット通販の淘宝( タオバオ)を日常的に使い、生活用品を揃えている。大学生のネット決済の使用率は96.8%で、もはや現金を代替しているといえよう。パソコンやスマホなど高額商品を買う場合は、クレジットアプリで分割購入も可能で、およそ半数に相当する50.7%が使用している。自身の支払能力にかかわらず、消費や入手が可能なため、物の所有や機会の均一化が可能となったともいえよう。しかし、金融リテラシーがしっかりしていない大学生が、気づかないうちに多額の債務を抱えてしまうといった事態も起きている。
例えば、「友達のスマホを不注意で壊してしまった。修理代として現金で3,000元(およそ5万円)が必要」となった大学生のケース。本人は現金収入がないため、ネットのレンディングで3,000元をこっそり借りた。その後15ヵ月の間、その債務は55社間で違法に譲渡が繰り返され、気づいたときには69万元(1,100万円)にまで膨れ上がってしまった。両親が借金をして大部分を返済したがまだ足りない。違約金や延滞金がかさむ中で本人が自殺未遂をしたことから、両親が公安当局に伝えるに至り、事件が明るみになった。このような悪質な手法は枚挙にいとまがなく、中国ではすでに社会問題となっている。
当然のことながら、貸し手の方に多くの問題があり、政府も違法な業者を取り締まるなどの対策は行っている。しかし、キャッシュレス化にともなう利便性、スピード感、普及度ばかりが追求され、それを活用する側のリテラシーの育成を置き去りにしたままでは、そのしわ寄せは、若者や高齢者など社会的な弱者に向かってしまう。高齢者には劇的な変化に追いつけず‘取り残されるリスク’があるが、若者には‘利用できてしまうがゆえの落し穴’がある。しかも、返済などの一切の履歴は一生記録され、経済圏内の信用偏差値に反映される。更には地方政府が実施する信用評価システムと連動し、今後の就職、結婚、子女の入学、住む場所など様々なライフイベントに決定的な影響を与えてしまう可能性さえある。キャッシュレス化は、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)などの防止に役に立ち、新興国ではその効果も大きいであろう。しかし、何もかも一気に進めようとすれば、そこには必ず歪(ひずみ)が出る。翻って、中国では店舗の現金受け取りお断りを禁止するなど、行過ぎたキャッシュレス化を緩和する動きもある。「キャッシュレス先進国」から学ぶべきことは何か。成功例のみならず、それによってどのような歪が発生したかにこそ、後を追う日本により多くの示唆があると思う。
これは、1990年代生まれの20代が、それまでの世代と消費のあり方が大きく違うことを意味している。欲しいものがあって、持っているお金が足りないという現実があっても、スマホで瞬時にかつ安易に入手できてしまうということだ。
中国における急速なキャッシュレス化を表現する言葉としてよく使われるのが「リープフロッグ(カエル跳び)現象」である。社会インフラや社会サービスの整備が進んでいない新興国で、先進国の最新の技術やサービス等を導入したため、先進国のそれまでの段階的な歩みを飛び越えて一気に普及することを意味している。国が大きく成長する上で様々なコストをカットでき、サービスの利便性を一気に高めるという利点がある。しかし、あまりにも大きく変わってしまうため、それに伴うリテラシーの形成が置き去りにされてしまうという弱点もある。
消費のあり方も同様である。アリペイ、Wechatペイなど、キャッシュレス化の急速な浸透により、中国の消費のあり方は大きく変わった。アリババ、テンセントはそれぞれ経済圏を形成し、ユーザーはその中で生活に関するあらゆるサービスを享受している。つまり、冒頭の20代はそれまでの世代とは異なり、経済圏内での本人の信用偏差値を使ってお金を簡単に借りたり、クレジット払いにすることが可能になった。それは、親元を離れる大学生ごろから始まる。現在の大学生は2000年以降生まれた世代-「00後」だ。
00後は、中国の高度経済成長の恩恵を受け、ほとんどが一人っ子のため、幼いころから様々なモノや愛情を独占的に受けており、消費意欲も旺盛である。また、ITの発展とともに成長したデジタルネイティブでもあり、モノを買っても現金で支払ったことがほぼない「財布を持たない」世代でもある。
「2018年大学生消費洞察報告」によると、大学生の日々の生活はネットによって成り立っていることが分かる。大学生のうち、90.7%はネット通販の淘宝( タオバオ)を日常的に使い、生活用品を揃えている。大学生のネット決済の使用率は96.8%で、もはや現金を代替しているといえよう。パソコンやスマホなど高額商品を買う場合は、クレジットアプリで分割購入も可能で、およそ半数に相当する50.7%が使用している。自身の支払能力にかかわらず、消費や入手が可能なため、物の所有や機会の均一化が可能となったともいえよう。しかし、金融リテラシーがしっかりしていない大学生が、気づかないうちに多額の債務を抱えてしまうといった事態も起きている。
例えば、「友達のスマホを不注意で壊してしまった。修理代として現金で3,000元(およそ5万円)が必要」となった大学生のケース。本人は現金収入がないため、ネットのレンディングで3,000元をこっそり借りた。その後15ヵ月の間、その債務は55社間で違法に譲渡が繰り返され、気づいたときには69万元(1,100万円)にまで膨れ上がってしまった。両親が借金をして大部分を返済したがまだ足りない。違約金や延滞金がかさむ中で本人が自殺未遂をしたことから、両親が公安当局に伝えるに至り、事件が明るみになった。このような悪質な手法は枚挙にいとまがなく、中国ではすでに社会問題となっている。
当然のことながら、貸し手の方に多くの問題があり、政府も違法な業者を取り締まるなどの対策は行っている。しかし、キャッシュレス化にともなう利便性、スピード感、普及度ばかりが追求され、それを活用する側のリテラシーの育成を置き去りにしたままでは、そのしわ寄せは、若者や高齢者など社会的な弱者に向かってしまう。高齢者には劇的な変化に追いつけず‘取り残されるリスク’があるが、若者には‘利用できてしまうがゆえの落し穴’がある。しかも、返済などの一切の履歴は一生記録され、経済圏内の信用偏差値に反映される。更には地方政府が実施する信用評価システムと連動し、今後の就職、結婚、子女の入学、住む場所など様々なライフイベントに決定的な影響を与えてしまう可能性さえある。キャッシュレス化は、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)などの防止に役に立ち、新興国ではその効果も大きいであろう。しかし、何もかも一気に進めようとすれば、そこには必ず歪(ひずみ)が出る。翻って、中国では店舗の現金受け取りお断りを禁止するなど、行過ぎたキャッシュレス化を緩和する動きもある。「キャッシュレス先進国」から学ぶべきことは何か。成功例のみならず、それによってどのような歪が発生したかにこそ、後を追う日本により多くの示唆があると思う。
(2019年06月07日「基礎研マンスリー」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
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