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2019年度の年金額改定は、4年ぶりに将来給付の改善に貢献-年金額改定ルールと年金財政や将来の給付への影響の確認

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫
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1 ―― 年金額の改定ルール:本則ルールと年金財政健全化のための調整ルールの2つを適用
(1) 基本的な考え方
本則の改定ルールとは、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用されるルールを指す。経済状況の変化に対応して年金額の実質的な価値を維持する、という年金額改定の基本的な役割を果たすための仕組みである。現在のルールは2004年改正で導入され、原則として、新しく受け取り始める年金額は賃金水準の変化に連動して、受け取り始めた後の年金額は物価水準の変化に連動して、改定される。
2000年改正以前は、新しく受け取り始める(新規裁定の)年金額も受け取り始めた後の(既裁定の)年金額も、約5年ごとの法改正によって、賃金水準の変化に連動して改定されていた3。これは、おおまかにいえば、年金受給者の生活水準の変化を現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金水準の変化に合わせるためである。言い換えれば、現役世代と引退世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえる。また、この仕組みは年金財政の観点からも合理的である。年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金の水準に連動して変化する。このため、年金財政の支出である給付費も賃金に連動して変化させれば、年金財政のバランスは維持される。
しかし、この財政バランスが維持される話は、現役世代と引退世代の人数のバランスが変わらない場合にしか成り立たない。少子高齢化が進む社会では、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、引退世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化する。そこで2000年改正後は、受け取り始めた後の年金額は物価水準の変化に連動して改定されることになった。過去の経済状況では賃金の伸びよりも物価の伸びの方が低かったため、この見直しによって給付費の伸びを抑え、保険料の増加を抑えることが期待された。
2004年改正では、従来は法改正を経て行われていた年金額の改定を、予め法定したルールで毎年度自動的に行うことになった。具体的なルールは、図表2のように規定されている。
3 毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定され、5年目に過去5年分の賃金変動率に合わせて改定される方式だった。
賃金変動率がマイナスで物価変動率がプラスの場合(図表3の(5)の場合)は、前の場合(図表3の(4)の場合)と同様に、原則どおりだと受け取り始めた後の年金額の改定率が新しく受け取り始める年金額の改定率より高くなるため、2000年改正の主旨に反して不適切である。しかし、受け取り始めた後の年金額の改定率を、ゼロ(前年度と同額)よりも低くしてまで新しく受け取り始める年金額の改定率に合わせるのは不適切という理由で、新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率をともにゼロにする、という、いわば痛み分けの形になっている。
賃金変動率と物価変動率がともにプラスで、かつ賃金変動率が物価変動率よりも小さい場合(図表3の(6)の場合)は、現役世代と年金受給者とのバランスを考慮し、現役の賃金の伸びを上回る年金額の引き上げは不適切という理由で、受け取り始めた後の年金額の改定率を物価変動率よりも低い賃金変動率にとどめることになっている4。
4 以上の説明は、2004年改正時の厚生労働省の説明(具体的には、厚生労働省数理課『厚生年金・国民年金平成16年財政再計算結果(報告書)』, p.102)を参考に記載した。なお、現在の厚生労働省の説明(例えば、社会保障審議会年金部会(2014年10月15日)の資料1 p.6)では、後述する見直しを念頭に置き、受け取り始めた後の年金額の改定率が新しく受け取り始める年金額の改定率より大きくなると給付と負担の長期的なバランスが保てなくなる旨が、記載されている。
前述のとおり、大雑把に考えれば、現役世代と引退世代のバランスが変わらない場合には、年金額が賃金変動率で改定されれば年金財政の収入と支出がともに賃金に連動する形になるため、財政バランスは維持される。さらに、現在の本則改定の原則のように、受け取り始めた後の年金額が賃金変動率よりも低い物価変動率で改定されれば、年金財政が改善する方向に働く。
しかし、前述した特例ルールのうち、賃金変動率と物価変動率がともにマイナスでかつ賃金変動率が物価変動率よりも小さい場合(図表3の(4)の場合)と、賃金変動率がマイナスで物価変動率がプラスの場合(図表3の(5)の場合)とは、年金財政の支出を左右する年金額の改定率が年金財政の収入を左右する賃金上昇率よりも高くなるため、年金財政が悪化する方向に働く。
年金財政が悪化すると、後述する年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)をより長期に行う必要がでてくるため、将来の給付水準(所得代替率)が特例がない場合よりも低下する(図表4)。その一方で、特例に該当した時点の給付水準(所得代替率)は、分子の年金額の伸び率(改定率)が分子の現役世代の賃金の伸び率(賃金上昇率)よりも高くなるために上昇する。つまり、「特例に該当した時点の高齢者は特例がない場合と比べてより高水準の給付を受け取れる一方で、将来の高齢者はより低水準の給付を受け取ることになる」という意味で、世代間のバランスが悪化する。
この図表6の3番目の式を「年金改定率=」という形で組み替えると、図表6の4番目の式になる。年金改定率は、賃金の上昇率に、加入者数の増加率から受給者の増加率を引いたものを加える、ということになる。ここで、受給者数の増加率は引退世代の寿命の伸び率に近いと考えることがでく。すると、年金改定率は、賃金上昇率に、加入者数の増加率と引退世代の寿命の伸び率の差を加えることになる。このうち、賃金上昇率が本則の年金改定率であり、加える部分が年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)に相当する。加入者数の増加率は少子化の影響で基本的にマイナスになるので、年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は基本的にマイナスになる5。
前述した本則の改定ルールと、この年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)との関係は、次のように整理できる。前述したように、本則の改定ルールは現役世代と引退世代のバランスが変わらない場合に年金財政のバランスを維持する仕組みであり、この仕組みだけでは少子高齢化という人口構成の変化には対応できない。そこで、本則の改定ルールに、人口構成の変化に対応する年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)を組み合わせることで、少子高齢化の下でも年金財政のバランスを維持できるようにしている、と言える。
5 年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は、少子化の影響で基本的にマイナスになるが、高齢者の就労が増えて公的年金の全被保険者(加入者)数の増加率(2~4年度前の平均)が+0.3%以上になった場合には、この調整率はプラスになり得る。2016年12月に成立した改正では、この調整率が2018年度以降にプラスになる場合はゼロとする(すなわち年金額を増やす方向のマクロ経済スライドの調整は行わない)という規定が追加された。
(2019年03月25日「基礎研レポート」)
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03-3512-1859
- 【職歴】
1995年 日本生命保険相互会社入社
2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)
【社外委員等】
・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)
【加入団体等】
・生活経済学会、日本財政学会、ほか
・博士(経済学)
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