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事業承継税制の活用と、円滑な事業承継に向けたいくつかの方策

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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4――事業承継を円滑に進めるための対策のいくつか
6 事業承継ガイドライン(2016.12 中小企業庁)
種類株式とは、定款によってその種類ごとに「異なる内容」を定めた株式であり、「異なる内容」は、剰余金の配当、残余財産分配、議決権、譲渡制限など多岐にわたる(会社法第108条)。
例えば先代経営者の相続財産の大部分が株式である場合、後継者に株式を集中させようとしても、他の相続人から遺留分を要求されることがある。この場合、後継者には普通株式を相続させ、他の相続人には「無議決権株式」を相続させることで、株式(議決権)分散リスクを低減できる。
最近、注目されるものに、「拒否権付株式(黄金株)」の活用がある。これは株主総会等の決議事項について拒否権を有する株式のことをいう。例えば、後継者がまだ未熟な段階において、合併や役員人事などの重要事項の拒否権を現経営者に残すことで、経営方針を誤ることを恐れずに事業そのものの譲渡を進めることができる。また、親族以外への継承の際、オーナー一族に拒否権を残すことで、合併や事業譲渡などを阻止あるいはコントロールできるなど、強力な効果を有するものである。
また、原則として株式はその内容と数に応じて平等に取り扱わねばならないとされてはいるが、公開会社でない会社は株主ごとに異なる扱いを定款で定めることができる(例えばある株主の所有株式は特別に1株100議決権とする、など)(会社法 第109条)。こうした制度を利用して資産の分散を防ぐことができる。
事業承継に関して、先代経営者や後継者の希望に沿う財産の移転を行えるよう、例えば「遺言代用信託」を用いて、自社株式に信託を設定する。そして信託契約において当初は自らを受益者とし、死亡時に後継者が受益権等を取得するよう定めることができる。
また、一般に信託ということでこれまでなじみ深かったのは、投資信託・金銭信託といった「商事信託」であり、これは免許を受けた信託銀行などが営利目的で(信託報酬を得て)行っているものであるが、近年、「民事信託」が注目されてきている7。これは、高齢化の時代における資産管理ニーズの高まりを受け、2016年の信託法改正において、受託者・受益者の権利義務の合理化が図られたもので、ある。特に注目されているメリットは、認知症などで判断が低下した場合に備えて、あらかじめ財産管理を受託者に移すことができる、という点である。
事業承継という場面を考えれば、特定の財産を相続時の財産分割協議から切り離して、確実に後継者に相続させる、という活用が考えられる。
また、一般に信託報酬は月数万円などの水準でかかるのに対し、民事信託において報酬支払は義務ではない。例えば親子間なら無償でもよいし、甥姪などの親族であっても多少は安く済むことも考えられるので、いずれにしてもコストは小さいことが期待できる。
なお、「事業承継ガイドライン」でも言われていることだが、種類株式・信託のいずれにしても、法務・税務の取り扱いがいまだ明確でない部分も存在するため、個々のケースについては、早期に弁護士・税理士等の専門家に相談することが大切であるとされている。
7 松澤 登「認知症・相続対策としての民事信託 成年後見制度を補完する可能性としての信託」(基礎研レポート2019.2.18)
生命保険の活用については、「事業承継ガイドライン」の中では、
・死亡保険金に対する相続税の非課税枠の活用による相続税負担の軽減、といった納税負担や遺産分割・遺留分への課題への対応、
・現経営者の引退後の生活資金の確保、
・会社側における(死亡)退職金の準備、
などが挙げられている。
生命保険が他の資産と異なる特徴として、「保険金が現金であること」、「速やかに支払われること」が挙げられる。
事業承継の際には、先に述べたような税制の優遇措置はあるものの、相続や贈与などに関わる納税負担がある程度は発生する。また、事業承継者以外への親族への相続も発生する。
一般には相続・承継される財産は株式・不動産であるが、事業継続のためには、株式・不動産を現金化するわけにはいかない。こうした財産の散逸することを避けることが、事業承継時の相続に関する注意点であった。だから、現金の形で用意される資産は貴重なものとなるのだが、保険金はこうした資金に充てることに際しては便利である。
生命保険契約の中でも死亡保険金の場合は支払い事由がはっきりしているので、支払条件の審査や場合によっては訴訟などで、支払いが遅延するトラブルは通常なく、相当速やかに支払われるものであるのは、利点であろう。
また保険金は、あらかじめ保険金受取人を指定しておくべきもので、その受取人の固有の財産となることから、遺産分割の対象とはならず、また遺留分にも含まれない。従って後継者を保険金受取人に指定しておけば、確実に資金として活用することができる。この資金を後継者以外の親族への支払原資とすることもできる。
一般に、中小企業や個人事業だと、金融機関からの借入にあたって、現事業主の個人保証や債務保証がつけられる場合が多い中、事業承継者がそうした信用までもすぐ受け継げるかというと、金融機関に対する信用面からそうもいかず、一般には厳しい状況のようである。そうしたケースでは「個人契約の」生命保険の受取金があれば、相続にかかわらず、万一のときの返済資金が準備できることになる。
法人契約の場合には、生命保険と会社の財務状況の関係において、以下のようなメリットもある。
まず、保険料支払いについては会社の費用となることから、その分、保険料支払事業年度の利益を押し下げ、会社の株式評価額が下がることにより、事業承継時の相続・贈与対象評価額も下がる効果があり、そうした税金負担が小さくて済む。
逆に、死亡退職金の支払年度を考える。死亡退職金の支払は会社の利益を一時的に引き下げることになり、場合によっては赤字になるかもしれない。その際、金融機関の融資が必要だとするなら、赤字の状況でも借り入れができるかという懸念がある。その時に生命保険の保険金受取という収益があれば、それを補うことができるので利益の減少が軽減される、という効果がある。
5――おわりに
これまで見てきたとおり、事業承継税制については、2008年頃から政策は講じられてきているのだが、これまでの施策には、雇用の継続条件に代表されるように、経営者が若干使いにくい適用条件などがあって、優遇措置などを受ける件数はさほど伸びてきていないのが実態であったようだ。
そこで特に2018年度税制改正において、実質的に贈与税相続税負担をすべて免除したことで、相当の効果があるものと期待する向きもある。
しかし、一般には税制は、それが問題の解決に主たる効果を生む政策というわけでなく、メインとなる政策が別にあって、「政策の方向性が矛盾しない(足を引っ張らない)」あるいは「後方支援」の役割が大きいのではないか。また、個々の企業の財務状況にもよるが、例えば、業績がふるわず赤字である(法人税が払えない)といった場合などは、法人税は当然のこと、贈与・相続税の対象資産の評価額も低迷したりして、税金の軽減はあまり魅力的ではなくなる場合もあろう。
幸いなことに、現在までのところ、中小企業の業績が全般に上向きであることで、しばらくは一定の効果があるだろう。今後も景気全般が明るいものであって、中小企業の業績が改善・上向きであってくれれば、より効果的な施策であり続けるだろうし、むしろそうなるような経営支援が本筋であろう。
さてここまで事業承継全般について、特に税制、保険の活用といった点に重点を置いて、わが国の円滑化施策全体を紹介した。
実際のところ、個々の事業承継のケースにおいては、法律、税金、資産評価、企業会計などそれぞれの専門家が対応する必要があろう。また金融支援面では、金融機関や地域の商工会なども全面的なバックアップをしている分野であり、個々の懸念事項に応じて相談に応じる体制が整えられつつある。先に挙げたいわゆる「5ヵ年計画」も本格的に進行する時期でもあり、もし実情に問題が生じれば、引き続き制度が改善されていくなど、今後も動きのある分野だと思われる。
(2019年03月19日「基礎研レポート」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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