2019年03月08日

裁量的な財政政策の効果?-平成を振り返り、次の景気後退に備える

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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3財政政策の効果は?
リーマンショック以前に裁量的な財政政策に対する否定的な見方が広がったのは、次のような批判があったからである。その批判とは、(1)政治的なバイアスが掛かりやすく経済効率の悪化や財政赤字の拡大につながる可能性があること、(2)そもそも財政政策の効果が落ちているのではないかと考えられたこと、(3)財政支出の拡大が金利上昇からのクラウディングアウト4につながり政策効果を相殺してしまう可能性があること、(4)財政政策は立案から実行まで時間が掛かるため適切な時期に政策を発動することが難しいこと。リーマンショックにおける経済対策は、危機後の経済対策の策定が比較的早く、金融緩和の中で各国が揃って大規模な財政政策を発動し、クラウディングアウトの発生が抑えられたため、(3)(4)のデメリットが生じにくかったと考えられる。ここで(1)の政治的なバイアスは後述するとして、(2)の財政政策の効果が落ちているとの指摘はどうであろうか。

結論から先に言えば、財政政策の効果は低下している可能性が高い、と指摘するに留まる。財政政策の効果は、一般的に「財政乗数」で計られることが多いが、財政乗数の大きさはマクロモデルの構造や前提となる経済環境によって変わるため、現在でも統一的なコンセンサスは得られていない。従って、乗数効果の判断は、大まかな特徴を掴む程度の認識に留めておく方が良いだろう。

財政乗数とは、政府の経済活動1単位の増減が何単位のGDPの増減をもたらすのかを表した比率である。伝統的なケインズ経済学のモデルに従えば、政府が支出を行うとその年の有効需要が増えて家計の可処分所得が増加し、それに伴って民間消費も増えるため、さらに有効需要が増えてGDPが押し上げられる。その結果、政府の財政支出に対して財政乗数倍だけGDPが増えるという波及効果が最終的に生じると考えられるのである。
(図表5) 名目公共投資乗数の推移 図表5は、代表的なマクロモデルである内閣府経済社会総合研究所の「短期日本経済マクロ計量モデル(ESRI)」の財政乗数(公共投資)の変化を示したものである。図表を見ると、確かに財政乗数は低下傾向にあることが読み取れる。しかし、各値を算出するために用いられたモデルは同一のものではなく、金利や物価の影響を加味するなど、分析者の意図が反映されたものに変わっている。そのため、異なるモデルの数値を単純に比較することが適当でない可能性がある。一方で、マクロモデルは実体経済を反映した変更が加えられることにより、実勢をより正確に捉えるようになったとも考えられることから、比較すること事態が誤りだとも言い切れない。
(図表6) 名目GDP1%相当額の財政政策を実施したときの乗数変化 図表6は、公的固定資本形成と法人所得税減、個人所得税減税の効果について、ESRIモデルの結果を比較したものである。図表を見ると、乗数効果は公的固定資本形成が最も高くなっている。これは、公的固定資本形成に回る支出は、用地取得費などを除く真水部分だけ有効需要を創出するのに対して、減税の場合には、支出の一部が貯蓄に回るためその分の効果が低減されてしまうからである。増加する所得のうち、貯蓄ではなく消費に回る割合は「限界消費性向」と呼ばれ、この割合が高くなるほど財政乗数も大きくなる。これ以外にも財政乗数の大きさに影響するものとしては、「限界投資性向(投資に回る割合)」「限界輸入性向(拡大する需要に対して増加する輸入の割合)」を挙げることができる。限界投資性向は、高くなるほど投資に回る所得が増えるため財政乗数は大きくなるが、限界輸入性向は、高くなるほど追加の需要が国外に流出するため財政乗数は小さくなる。財政乗数は、これら3つの要素の変動を受けて複合的に決まることになる。

なお、現実の世界では、企業や家計などの経済主体は政策変更それ自体の影響も受けるため、財政政策の評価がより複雑になる。企業や家計が今期の財政支出の拡大を将来の増税をもたらすと捉えれば、企業や家計はそれを織り込む形で投資や消費を抑制するため、財政政策の効果は低減される。つまり、将来の政策に対する人々の期待が現在の政策効果にも影響するということである。ここまで保留してきた(3)政治的なバイアスについても、期待形成に関わる部分がある。政治的なバイアスとは、政策運営の基礎となる景気判断において財政出動の必要性を過大に判断しがちであること、対策規模を不必要に大きくしがちであること、政治サイクルの中では景気後退期を脱したあとも緊縮的な財政運営に戻ることが難しく財政赤字が拡大しがちであること、などを指す。財政政策を不必要に長引かせて財政赤字が続き累積債務が膨らむと、最適化行動を取る合理的な人々は、将来の増税を予想して現在の消費を減らし、財政政策の効果を抑制してしまうのである。

以上を踏まえれば、財政政策には曖昧な部分が多く、効果も低下している可能性が高いと言える。しかし、それを以って財政政策が無意味になったとまでは言えない。リーマンショックのときのように、金利がゼロ近傍に張り付いたまま金融政策は身動きが取れず、家計や企業が防衛的行動を強めて需要の減少が景気を更に悪化させてしまう場合には、有効需要を創出する財政政策は有効な政策手段となり得る。また、そのような状況で景気を下支えする頼れる手段が、財政政策以外に残されていないとも言える。次の景気後退期は、リーマンショック以前と比べて、選択可能な政策手段が少なくなると見られる。今後むしろ、重要になることは、財政政策の効果を如何に発揮させるかということになるだろう。
 
4 クラウディングアウトとは、政府による歳出増(国債発行)が民間の資金調達と競合し、金利が上昇することで民間の設備投資を抑制してしまう現象のこと。政府支出も設備投資も需要項目の1つであるため、政府支出が増加する一方で設備投資が減少することになる。そのため、政府支出による総需要拡大効果が相殺されることになる。
 

3――効果的な財政政策とは

3――効果的な財政政策とは

ここでも結論を先に言えば「要らないものは作らない、必要なものだけ作る」ということになる。ESRIモデルの結果に従えば、財政乗数の大きな公共投資は減税よりも有効だと言える。実際、日本の財政政策は、減税よりも道路や港湾などの整備を行う公共投資に多くが費やされてきた。

ただし、ここには無駄なものが作られないとの前提が置かれるべきだ。伝統的なケインズ経済学の理論では、穴を掘って埋めるような公共投資にも需要創出効果があるため意味があるとされてきた。しかし、無駄な公共投資はそれ自体が経済の潜在成長率を高めることにつながらないため、結局は増税での穴埋めしかなくなり、国民がその後の増税を予測して政策効果を弱めてしまうことが起こり得る。無駄な公共投資を避けるためには、どうすれば良いだろうか。その答えは、経済学的な理論に基づく政策を実施することだと考える。日本でも近年「エビデンスに基づく政策形成(evidence-based policy making)」の重要性が指摘されてきた。もちろん、これまでにも費用便益分析に代表される定量的評価手法によって、無駄な公共投資が生まれないような仕組みは導入されてきた。しかしこの手法では、社会的な効率性についての評価はできても、社会資本の蓄積が生産性に与える影響(集積の経済5、競争促進効果6、不完全競争市場における生産拡大効果7、雇用改善に伴う経済便益8など)の評価については、十分に考慮されていないとも指摘される。生産性の向上は、少子高齢化で人口減少が見込まれる日本において、特に重視すべき課題の1つである。本当に有効な政策を長期的な視点から判断するためにも、過去の政策に対する評価・検証は欠かせない。
(図表7)建設後50年以上経過する社会資本の割合 もう1つ重要なことは、公共投資の実施対象を事前に選んでおくことである。財政政策が必要になるほどの景気後退や経済危機は、いつ起こるか事前に予測しておくことは難しい。そのため、いざ起きたときに急いで対策を立てるのでは、無駄な支出となってしまう可能性が高まる。特に、老朽化インフラが増える現状(図表7)では、案件が多すぎてその危険性は高まる。平時のうちから人口減少を見据えた街づくりを考え、計画を取りまとめておく必要性があるだろう。

また、無駄な公共投資を避けることができたならば、次はその進め方についても考える必要がある。景気下支えが必要だからと言って、財政の持続可能性が軽視されるべきではない。民間の資金やノウハウを活用した「PPP9/PFI10」といった手法も積極的に検討していくべきだろう。民間の事業参加を促す環境整備や政府支出のガバナンス強化など、導入加速に向けた取組みを前進させていく必要がある。

最後に、相対的に効果が低いとされる減税についても、導入の仕方次第では高い効果を得られる可能性はある。減税には一次的な受益者をある程度自由に設定できることや、うまく機能すれば潜在成長率を直接高めることができるなど、公共投資にはない利点も多くある。過去の検証に基づく政策選択により、公共投資プラスαの効果を期待することができるだろう。

平時にある今だからこそ、次の景気後退への備えを充実しておく必要がある。
 
5 集積の経済とは、労働力や企業が狭い範囲に集まることで生産性が向上すること。
6 競争促進効果とは、安価な財・サービス、新たな企業の参入によって競争が促進されて生産性の向上につながる効果。
7 不完全競争市場における生産拡大効果とは、過少生産や高すぎる価格設定が是正されて経済厚生の増大につながる効果。
8 雇用改善に伴う経済便益とは、インフラ整備による費用改善が実質的な所得改善の効果を持つことで雇用が改善し、職業選択の幅が広がることで労働者の配置が効率化されて生産性の向上につながること。
9 PPPとは、Public Private Partnershipの略。公共サービスの提供を官民で分担するスキームを幅広く捉 えた概念。
10 PFIとは、Private Finance Initiativeの略。PPPの手法の1つであり、民間の資金と経営能力・技術力を活用して、公共施設等の設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を行う公共事業の手法を指す。内閣府の民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)がアクションプランを策定しており、2013年度から2022年度までの10年間で、事業規模21兆円の導入を目標に設定している。

(参考文献)

[1] 片岡剛士(2010) 「日本の「失われた20年」‐デフレを超える経済政策に向けて」 藤原書店 pp235-255
[2] 猿山純夫(2010) 「マクロモデルからみた財政政策の効果~「政府支出乗数」に関する整理と考察~」
経済のプリズムNo79 日本経済研究センター pp17-29
[3] 茨木秀行(2013)「世界経済危機下の経済政策」 東洋経済新報社 ppⅷ
[4] 福田慎一(2015) 「「失われた20年」を超えて」 NTT出版 pp218-219
[5] 柳川範之(2018) 「インフラを科学する‐波及効果のエビデンス」 中央経済社 pp12-32, pp104
[6] 上野剛志(2018) 「日銀の追加緩和余地を考える~有効な手段は残っているのか?」基礎研レター
[7] 櫨浩一(2019)「景気拡大期は戦後最長となったか?~長さより回復の自律性が問題だ~」エコノミストの眼

 
(付表) 平成の経済対策一覧1
(付表) 平成の経済対策一覧2
(付表) 平成の経済対策一覧3
<ご参考、各国地域の金融財政状況>
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2019年03月08日「基礎研レポート」)

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