2019年02月19日

中国の「2025年問題」-人口、財政、社会保障関係費の三重苦【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(36)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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5-社会保険料をいかに適正に徴収するか-保険料の徴収機能を税務局に一本化

5-社会保険料をいかに適正に徴収するか-保険料の徴収機能を税務局に一本化 このように、今後の財政状況に懸念が残る中で、社会保障関係費は急増し、財政補填も増加している。よって、社会保険料を適正に徴収するべく、2019年1月から新たな取組みが始まった。それは、社会保険料の徴収を従来の社会保障局から税務局へ一本化するというものである。これまで、収入に係る所得税の徴収は税務局、社会保険料の徴収は多くの地域で社会保障局と別々で行っていた。この隙をついて、一部の企業では実際の給与より引き下げた基準で社会保険料を算出し、社会保障局に納付していた8。社会保険料を納付するにあたり、多くの地域ではその基準を、地域の前年の平均給与の60%を下限、300%を上限としている。企業によってはこの下限を基準に算出していた。

こ適正に徴収できていない保険料分については、最終的に財政から補填されることになる。特に、上述の財政補填が最も多くかかっている都市の会社員を対象とした年金制度については、保険料の納付は本人給与に基くものの、給付は地域の平均賃金に基いて算出されるため、過少な基準に基いて保険料の納付がされた場合、負担と給付のバランスが崩れやすい状態にあった。今後、適正に保険料が徴収されるようになれば、財政負担の軽減も期待できる。

税務局への一本化が進むと、社会保険を算出する上での基準額と個人所得税の税引き前の収入の照合が容易となる。適正な基準に基いて納付していなかった企業にとっては、その差額分が新たにコストとして圧し掛かることになる。

本来、社会保険料は適正に支払うべきではあるが、そもそも負担割合が高く、企業側はこれまで人件費のコスト高に苦しめられてきた。税務局で徴収されることになると、状況によっては過去のデータに基いて追納の可能性も考えられるが、国が企業側に配慮し、過去分への取り締まりを原則として禁止している。加えて、企業によっては社会保障のコストが大幅に増加し、経営に大きな影響が出てしまうことも考えられるため、当局は社会保険料率の引き下げも検討している。

ただし、これと同時に、今後、社会保険に関する違反行為があった場合、その懲戒処分を強化していく取組みも発表されている。中国では、国民や企業による法令順守、社会秩序の向上を目指す「社会信用システム」の構築を目指しており、社会保険の納付等について違反行為のあった個人や企業は、国が運営する信用システムのウェブサイト上で名前や情報が公表される9。また、その情状が重大な場合は、関係責任者が飛行機、高速鉄道などへの乗車ができないなどの制裁を受けることになる。

8 社会保険料の料率は、個人負担割合:医療(2%)、年金(8%)、雇用主負担:医療(8%)、年金(20%)、労災・失業・生育(それぞれを1%)であるが、地域で異なる。
9 2018年11月、中国国家発展改革委員会など28の中央省庁が、社会保険に関する違反行為があった企業とその関係者(本人など)に対する懲戒処分で協力していく内容の覚書を発表。懲戒処分の対象は、以下の9つのケースが想定されている。(1)規定に従って社会保険に加入しない場合(2)社会保険料を納付するための基数を正しく申告しない場合、(3)社会保険料を納付しない場合、(4)社会保険料や基金を隠避、移転、占用、横領したり、違法に投資を行う場合、(5)証明資料を偽造して社会保険に加入し、給付を不当に受けた場合、(6)社会保険に関する個人情報を不正に入手し、転売した場合、(7)社会保険サービス機関がサービス協定や規定に違反した場合、(8)行政の調査や税務局の検査に協力しない場合(9)その他法律や規定に違反した場合。なお、担当する当局ごとに計32の懲戒処分を定めている。(出所)「関于対社会保険領域厳重失信企業及其関係人員実施聨合懲戒的合作備忘録」

6-日本と中国の高齢化における時間差はおよそ30年、中国が進むべき道は?

6-日本と中国の高齢化における時間差はおよそ30年、中国が進むべき道は?

中国は2025年(高齢化率14%)に向けて、経済成長の鈍化、減税政策、生産年齢人口の減少に伴う税収減の懸念を抱えながら、急増する社会保障関係費に対応しつつ、残された短い時間で新たな社会保険(介護保険)を導入するという難問に取り組んでいる。

高齢化社会(7%)から高齢社会(14%)までの期間(倍化年数)は、中国はわずか24年であるが、例えば福祉国家の代表とされるスウェーデンは85年、フランスは115年、福祉国家ではないものの市場の役割が大きく、自己負担を中心としたアメリカでも72年とほぼ1世紀の時間的な猶予があった10

一方、日本と中国の高齢化に向けて描くカーブは類似しており、高齢化率という視点でみると、中国の2025年は日本の1994年に相当する(図表12)。日本と中国の時間差はおよそ30年と考えることができるであろう。
 
10 脚注1と同一。
図表12:日本と中国の高齢化の比較
高齢化率を軸にみた場合、日本では、1994年(14%)の6年後の2000年に介護保険制度を導入している。中国は2025年(14%)より5年前倒しして2020年に全国導入を目指しているため、制度の導入自体は日本よりも相対的に早いと言えよう。日本は、介護保険制度導入後、高齢化率が21%に達した2007年時点では社会保障関係費は財政支出のおよそ26%を占めるに至っている。

一方、中国の場合、2016年時点で社会保障関係費は支出の18.5%に達し、日本の1994年(18.5%)と同一水準となっている。これは、胡錦濤政権の後半期にあたる2008年以降の4年間で、社会保険制度が一気に整備され、大型の財政投入がされた経緯があり、この時期の社会保障関係費の増加のスピードは日本と比べて速いと考えられる。

ただし、今後本格導入される介護保険制度については、これまでと異なる様相を呈している。介護保険制度は、習近平政権後、初めて導入される社会保険制度である。習近平政権は、経済成長が鈍化し、国の財政赤字が拡大し、更に生産年齢人口が減少に転じた中で、政権を引き継いでいる。加えて、胡錦濤政権時代に社会保険の整備によって抱えた財政負担増も引き継ぐ必要がある。

実験導入段階ではあるが、現在の介護保険制度の内容を概観すると、給付対象を重度の者に限定し、給付をかなり絞った内容とする傾向がある11。また、介護保険制度における諸手続きなどの運営を民間の保険会社に委託するなど、可能な限り財政に負担がかからない制度にしようとする姿が見える。また、地域によっては補助支給の上、民間の団体保険商品に加入するなど、既存の社会保険制度と比べて民間委託の部分が多く、多様性が広く認められている。

2020年以降、実際どのような内容になるのかを確認する必要はあるが、人口動態、経済、財政など現政権が置かれている状況を考えても、介護保険制度導入に伴う大型の財政投入は難しいであろう。今後はさらに進展する少子高齢化に対応すべく、既存の社会保険制度における財政負担を維持、調整しつつ、方向性としては、可能な限り財政投入を抑えた制度構築が図られていくのではないだろうか。2025年までに残された時間は短く、解決すべき課題は多いが、30年先を歩く日本の状況を踏まえつつ、慎重な検討が必要であろう。

(2019年02月19日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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