コラム
2019年02月05日

大企業の「出島」戦略

中村 洋介

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1――大企業で進む、「イノベーション拠点」作り

大企業の間で、イノベーションを生み出すための拠点を作る動きが見られる。「×××ラボ(研究所)」、「イノベーション××部(課)」、「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」、「シリコンバレー拠点」等、様々だ。オープンイノベーションが推進されていること、AI等の技術革新が急速に進んでいること、革新的なベンチャーが生まれてきていること等が背景にある。

経団連が2018年11月に出した提言では、イノベーティブな新規事業創出に向けては、会社本体と意思決定や評価制度を切り離した異質の組織を「出島」のように立ち上げる方策が有効、と言及されている(図表1)。ここで比喩的に使われている「出島」とは、江戸時代に西洋に対する唯一の貿易窓口として長崎に築かれた、あの「出島」である。
(図表1)経団連の提言(抜粋)
どうして大企業に「出島」のような組織、拠点が必要とされているのだろうか。例えば、革新的な技術やビジネスモデルを持つベンチャーに出資(資本提携)を検討する場合を考えてみたい。

ベンチャーへの出資案件が持ち込まれて、短い期間で意思決定を迫られている。スピードを重視し、資金も人手も限られるベンチャーは、資金調達でも悠長にしていられない。どうやら、投資家や事業会社等いくつかに声をかけているようだ。急いで調査をして、「大化けする可能性があり、投資すべき」と現場が判断したが、出資や資本提携の決定権限が役員会にあって、早くても数週間後になってしまう。役員への根回しをしていると、新しい領域や分野なだけに、適切な議論や意思決定を行うための細かい追加情報を求められる。現場担当者がベンチャーに対して追加の資料提出を求めるものの、人手が足りないベンチャー側は四苦八苦する。その間に、競合先企業が出資を決めてしまい、投資の機会を失ってしまう。これは極端な例だが、大企業からすれば少額に過ぎず、まずやってみようというスタンスの投資であっても、その一歩がなかなか踏み出せないことが起こり得る。

また、ベンチャーに出資(資本提携)しても、すぐに結果は出てこない。むしろ失敗が先行して、成功は後になって出てくることが多い。また、既存の事業とカニバリゼーションが起こる懸念があれば、社内の調整も大仕事になるだろう。もし、担当者の異動ローテーションが3年程度と短く、単年度の実績が評価されるような場合だと、敢えてリスクをとってベンチャーに出資するのに躊躇する、ということも十分あり得る。

こうした背景があるからこそ、上述の経団連の提言にあるような、会社本体と意思決定や評価制度を切り離し、物理的にも距離を置いた組織に、権限、人材、資金、技術を投入し、自由に活動してもらうことが1つの解決策として期待されている。こうした「出島」戦略の導入は当面続きそうだ。

2――「0→1」の後も大事

こうした流れによって、外部にある事業の種(シーズ)との接点が増え、大企業に眠っていたシーズと融合し、大企業のリソースによって花開くケースが増えることに期待したい。また、大企業とベンチャーや大学等の連携も増え、ベンチャー・エコシステムの発展や産学連携の促進に繋がることも考えられる。

一方で、「出島」のような組織を作ったから万全とは言えない。「出島」がいくら一生懸命シーズを発掘しても、大企業本体がそのバトンをしっかり引き継いでくれないと話が進まない。「CVCの投資担当者が前のめりなのに、本体の事業部が全然相手にしてくれない。」という声が広まれば、良いベンチャーも寄って来ない。また、形として組織は出来たものの、十分な権限と資金が投下されずに、ただ情報収集だけを延々と繰り返すことになれば、外部からはビジネスチャンスが無いと判断されて、いい案件も持ち込まれない。そして、本体が「お手並み拝見」とばかりに非協力的だと、「出島」が孤立し、その担当者が本体と外部の板ばさみで苦しんでしまう。「出島」側に本体も巻き込める社内的な信用や能力の高い人材を投入するだけではなく、本体側の体制整備や機運醸成も必要だろう。

事業として成功するために0から10までの過程が必要だとする。「出島」によって0から1を産み出せたとしても、その後10まで持っていくのは大企業本体の力が必要だ。10の状態にある既存事業を効率的に運営すべく最適化された組織に、1の状態にあるシーズを放り込んでもうまく進まない。そうした場合には、1から10に持っていくための「工夫」についても議論が必要だろう。

「出島」の整備と合わせて、「江戸」の改革も必要になりそうだ。大企業の取り組みがどう進展していくのか、今後の展開に注目していきたい。
 
 

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中村 洋介

研究・専門分野

(2019年02月05日「研究員の眼」)

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