2019年01月15日

サクセッションプランニングの焦点-後継者計画の課題は決め方より育成にある

江木 聡

文字サイズ

6――後継者計画こそ形式より実質

【図表3】後継者計画の参考例 改訂コードは、後継者計画の策定・運用とともに、取締役会は後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう適切に監督すべきであると、育成の重要性にも言及した(補充原則4-1③)。しかし、欧米流の後継者計画を策定すべきだいう趣旨ではない。取締役会評価と同様に、馴染みの薄い海外の実務用語に惑わされ、計画立案という手段が自己目的化しないよう留意が必要である(図表3も計画のイメージを理解する一助にすぎない)。実際、海外でも後継者計画は標準化には至っておらず、ニーズと文化に即して企業の数だけ存在する13。日本企業にも既に経営者を育成する一定の仕組みが存在している。これに立脚しながら、意図と計画性を備えさせ、育成を明確な目標を伴った仕組みにすることが肝要である。

日本企業が育成に対し明確な意図と計画性を備えさせる場合、目標となる「あるべき社長・CEO像」の設定が共通して不可欠となる。コードの改訂と同時に策定された「投資家と企業の対話ガイドライン(以下、ガイドライン)」も、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて、経営環境の変化に対応した 果断な経営判断を行うことができるCEOを選任するため、CEOに求められる資質14について、確立された考え方があるか」(同3-1)を、投資家は企業に問うべきとしている。

後継者に求められる資質と能力を誰よりも身をもって理解しているのが現社長・CEOである。自社のこれからの後継者に求められる知識、スキル、行動特性、思想・価値観などを現社長・CEOの頭の中から開陳してもらった上で、外部の知見を取り入れ、(任意の)指名委員会等も絡んで経営者の要件を練り上げていくことが、自社固有のあるべき社長・CEO像を設定する近道である。後継者計画を持つ多くの企業で挙げられる経営者の要件の例は、ガイドラインも指摘する「変化に適切かつ即座に対応する力(アジリティ:敏捷性の意で速さ+適切さ)」である。経営者に求められる才覚は時代によって異なる。あるべき社長・CEO像は、経営環境の変化や会社の事業方針の変更に応じて見直すべきものである。

経営職は会社全体の1%程度とも言われ、その育成は能力の底上げのための階層別研修やこれまでのようなOJTでは達成しがたく、欧米のような「個人に合わせた育成計画」を策定し実行することが理想である。候補者の未経験分野や不得意能力要件を踏まえ、個々に適したタフ・アサインメントとして、新規事業の立ち上げ、投資先ベンチャー企業への出向、不採算事業の再建、海外子会社トップへの配置などによって経営者候補として成長を促す。

日本企業には後継者計画が機能しにくい構造的問題がある。後継者計画と、人事部門が役員候補者や管理職向けに実施している各種の選抜や育成施策がそれぞれ別個に運用され、一つの流れとして連動していないことが多いのである15。後継者計画に沿って選抜者にタフ・アサインメントを課すにも、まず人事部門が後継者計画を理解しておくことや、配置ポジションのある事業部門の理解も必要となる。既存の人事体系に起因する縦割りや前例踏襲を排除し、後継者計画を実効的に運用するには、現社長・CEOの積極的関与が成否を分ける。人事部門は後継者計画を支えることはできるが、経営者を育て上げることはできない。

後継者育成に対する社外者の役割として、薫陶の機会など現社長・CEOの関与の積極性を質す、関係部門にまたがる人材育成体系の構築・運用状況を確認するなど、重要だが会社内部からは改善作用が働きづらい点に、全体最適の視点で監督を行うことが期待される。
 
13 前掲注1, P.18
14 「資質」とは慣用的に「生まれつきの性質や才能」(広辞苑第7版)を意味するため、後継者たる要件という趣旨であれば後天的要件を加えて「資質と能力」に訂正する必要があろう。
15 前掲注10 別紙4, P.121 脚注90
 

7――日本固有の育成課題

7――日本固有の育成課題

米国で最も多くの経営人材を輩出してきたゼネラル・エレクトリック(GE)は「アカデミー企業」と賞賛され、日本でも信奉者が多い。その日本法人、日本GEでリーダー育成の陣頭指揮をとった八木洋介氏は、経営人材の育成において日本特有の課題を指摘する。八木氏の経験によれば、日本人は、教育や文化の影響もあって、与えられた仕事を真面目にこなす働き方(フォローワー)を好みがちで、忠実で機能発揮の素晴らしいフォローワーは多くとも、そこから更に、自らビジョンを示しフォローワーを巻き込んで成果を出す経営職にはなかなか育っていかないという。その理由を、自我の確立している外国人と比べ、日本人には「自分を突き動かすもの」が欠けていることが多いからだと見る。内発的動機が欠如している状況で、どれほど高度な経営者教育を施しても成果にはつながりにくいというこの日本的課題は、世界展開する日本企業において、外国籍と日本人の幹部候補を対比する機会が増える中でも認識されつつあるようだ。

この日本的課題に対する一つの解をファーストリテイリングに見ることができる16。経営人材の育成は同社にとって急成長と世界展開に伴う経営の最優先事項となっている。同社は「使命感」を経営人材育成の中核に位置付ける。社員は全員、入社時に始まりキャリアの節目で自分と深く向き合い、各自この会社という場で人生を賭けて成し遂げたいもの、「志」を考える。個々の社員により異なる「志」を、更に社会の発展に寄与する「使命感」と結びつけ、お題目ではない高い次元の「経営者になる覚悟」を醸成する仕組みを整えている。使命感に裏打ちされた理想の追求が、経営者になる強い内発的動機となるのである。またその理想の追求が「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という同社のワクワクさせる企業理念を実現させることにつながっていく。同社の事業拡大を担う執行役員は50名を超えるが、その大半は早期抜擢され修羅場経験を通じて育成された30代、40代の若き経営陣とされる。また、企業の存在意義や働くことの意味が改めて問われる、価値観の大きな転換期にあって、経営や経営者育成のあり方としても示唆に富む取組みであると思われる。
 
16 宇佐美潤祐「若手を抜擢し経営者に育成する ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2017年4月号
 

8――後継者計画の意義

8――後継者計画の意義

後継者計画には、国や企業の歴史と文化、経営に対する考え方が反映する。後継者計画で先行する欧米と日本を比較していずれかが優れるというわけではないが、現在の日本の課題は、関心が高い次期経営トップである後継者の決め方より、その育成にあると考える。経営という職務が高度化・複雑化し守備範囲も拡大しているという状況の変化を直視すれば、経営者を高度専門職と位置付け、意図的かつ計画的に育成する必要があるではないだろうか。自社の文化や考え方に即して、海外の後継者計画から活用可能な育成の考え方や施策を賢明に取り入れるという工夫が求められる。

後継者計画を本格的に取り組むのに日本ほど恵まれた環境もない。欧米とは異なり、後継者計画に沿って手塩にかけて育ててきた候補者が競合他社に引き抜かれる可能性は相対的に低く、人材投資によるリターンを享受できるからだ17。今回、コードが取締役会に後継者計画の導入・監督を要請したことは、困難な経営環境にあって改めて経営者育成のあり方を検討する好機であるともいえる。企業は経営者次第であるからこそ、優れた経営者を育成・輩出するための後継者計画は、コーポレートガバナンスを支える基盤であり出発点なのである18
 
17 前掲注16, p.41
18 本稿の執筆に際して、コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社の岡部雅仁氏から後継者育成について多くの貴重な示唆を得たことを記して、厚く謝意を表したい。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

江木 聡

研究・専門分野

(2019年01月15日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【サクセッションプランニングの焦点-後継者計画の課題は決め方より育成にある】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

サクセッションプランニングの焦点-後継者計画の課題は決め方より育成にあるのレポート Topへ