コラム
2019年01月08日

グローバル化と福祉国家の関係を考える-ベルリンの壁崩壊から30年の節目の年に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――ベルリンの壁崩壊から30年

平成最後の年となる2019年が始まった。5月には元号が変わり、新しい天皇が即位する歴史的な年になる。そして、2019年は1989年に「ベルリンの壁」が崩壊して30年の節目でもある。冷戦の終焉を印象付けた事件から30年が経過する中、世界経済のグローバル化が急速に進み、我々の生活は大きな影響を受けた。本稿は節目の年に際して「グローバル化と福祉国家」という切り口で、社会保障制度の在り方を簡潔に考察したい。

2――冷戦構造の崩壊とグローバル化

「民主主義の成長発展は、その伴侶ともいえる経済的自由主義の成長とあいまって、過去400年の政治をマクロの視点で見た場合のもっとも注目すべき現象となっている」――。アメリカの政治学者、フランシス・フクヤマは1992年の著書『歴史の終わり』で、民主主義と自由主義経済の勝利が確定したとして、その現象を「歴史の終わり」と評した。確かに天安門事件、ベルリンの壁崩壊など30年前に起きた社会主義国の政治変動は2年後のソ連崩壊に繋がり、西側陣営の「勝利」を感じさせる一幕となった。その後、改革開放路線を進めた中国を含めて、旧社会主義陣営が世界経済に組み込まれ、情報技術の発展などと相まって、世界経済のグローバル化が一気に進んだ。

しかし、「民主主義と自由主義経済が勝った」という多幸感を今や誰も持っていないだろう。「ニューエコノミーの報酬は、より荒々しく、保障の弱い、経済的に格差の大きな、社会的に階層化された生活という代償とともにもたらされている」(ロバート・ライシュ『勝者の代償』)という指摘の通り、グローバル化は利便性や繁栄をもたらした半面、所得格差の拡大や雇用の流動化なども招いた。その結果、欧米諸国を中心に反移民や反グローバル化を掲げた政治勢力が躍進している(水島治郎『ポピュリズムとは何か』)。

では、グローバル化は福祉国家システムにどんな影響を与えているのだろうか。あるいは与えるのだろうか。短い紙幅で全てを説明できるわけではないが、「グローバル化と社会保険方式」「国内のグローバル化と福祉国家」という2つの切り口で議論を進めてみよう。
 

3――グローバル化と社会保険方式

1|福祉国家の3類型
福祉国家の比較研究に足跡を残した書籍によると、世界の福祉国家は表の通り、「社会民主主義」、「保守主義」「自由主義」の3つに区分できるという(エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』『ポスト工業経済の社会的基礎』)。この類型では、イギリスは③に区分されるが、NHS(National Health Service)と呼ばれる医療制度は①に近いなど、全てを上手く説明できない面がある。しかし、世界の福祉国家システムの違いを説明するには分かりやすい区分である。
表:世界の福祉国家の3類型
この類型に従うと、日本は②③のハイブリッド型とする見方が一般的だ。具体的には、②の類型で中心的な社会保険方式を採用する一方、生活保護の支給に際してミーンズテスト(資産調査)を課している点などで③の要素も持っている。以下は日本を含めて、②の国で採用されている社会保険方式の論点を中心に考察する。
2|社会保険方式の論点
社会保険方式の大きな特徴は雇用と社会保障給付を紐付けている点である。このため、総需要の拡大を通じて、「完全雇用」を目指した戦後のケインズ的な財政政策の下では有効に機能した。

しかし、グローバル化で雇用が不安定になると、社会保障給付まで根こそぎ影響を受けるデメリットがある。例えば、会社にとって従業員を雇うことは賃金だけでなく、社会保険料の負担を強いられるという点で、「雇用税」を支払うのに等しい側面がある。このため、グローバル化で激しい競争を強いられている会社にとって、社会保険料の負担は雇用量を調整したり、退職する正規雇用労働者の代わりを非正規雇用労働者で代替したりする誘因になる。

その結果、グローバル化による雇用の不安定化は雇用に紐付いた社会保障給付まで影響を与えることになるため、非正規雇用者が排除されるなど、社会保障給付を受けられる人と受けられない人の分断が起きるリスクがある。確かに労働政策では現在、「働き方改革」の一環として、同一企業における不合理な待遇差の解消を目指す「同一労働同一賃金」の導入などが進められているが、雇用と給付を紐付ける社会保険方式がグローバル化の影響を受けやすい点に変わりはない。

そこで、社会保険方式を採用している国では様々な修正を試みている。例えば、フランスは一般社会税(CSG)という仕組みを創設し、社会保険料の本人負担を租税財源に切り替えるととともに、社会保険方式の恩恵を受けられない非正規雇用労働者などを対象とした社会保障給付の財源としている。

このほか、社会保険方式は「暗黙のうちに一家の稼ぎ手である男性が有利になる」(エスピン=アンデルセン『ポスト工業経済の社会的基礎』)傾向があるため、その結果として女性や母子家庭を排除しやすい欠点を持っているのだが、管見の限り、これらのデメリットを意識する議論は日本では少ない。むしろ、本来は排他的な社会保険方式を「普遍的」と真逆に説明する議論さえ散見される。

もちろん、社会保障は現行制度の延長線でしか制度を変えにくいため、一気に社会扶助方式(税方式)に切り替えることは現実的と思えない。それでも社会保険方式とグローバル化の相性の悪さは直視される必要があるし、こうしたマイナスの影響を緩和する観点に立つと、就労支援を通じて福祉の負担を減らそうとする積極的労働市場政策やワークフェア(workfare)が必要という指摘は参考になる(田中拓道『福祉政治史』)。さらに、多様な働き方とライフスタイルが可能となるような社会保障制度、労働慣行の見直しも必要になる。

4――国内のグローバル化と福祉国家

もう1つ、想定しなければならないのは国内のグローバル化と福祉国家の関係である。日本でも東京都心のコンビニエンスショップやファミリーレストラン(特に深夜帯)で外国人労働者の姿を見ない日はない。さらに、5年間で最大34万人程度の外国人労働者を受け入れるとした改正入国管理法が昨年の通常国会で成立したことで、外国人労働者との共生、そして本稿のテーマである社会保障の在り方を本格的に検討する必要に迫られている。

実際、政府は「外国人が働いてみたい、住んでみたいと思える国を目指して、職場、自治体、教育面などにおける総合的な対応策を講じてまいります」(2018年12月25日午前の記者会見における菅義偉官房長官の発言)という考え方の下、昨年12月に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を策定し、生活情報などを一元的に提供する「多文化共生総合相談ワンストップセンター(仮)」の創設などを打ち出した。さらに、2019年度政府予算案でも医療機関における外国人患者の受け入れ体制を整備するため、ワンストップでの対応や多言語コミュニケーションなどを支援する予算として17億円を計上するなど、いくつかの予算措置も講じられている。

しかし、福祉国家は元々、外国人労働者を想定していないシステムである。具体的には、福祉国家とは所得再分配やリスク分散などを実施することで、「国民としての同質性を担保し、再生産する」(新川敏光編著『国民再統合の政治』)ことに主眼を置いている。このため、外国人労働者という少数派が社会に増えると、「福祉国家が国民国家として本来もっている異質性を排除するメカニズムが露わになる」(新川前掲書)危険性がある。実際、多くの移民・難民を受け入れている西ヨーロッパの国々では、「外国人が福祉国家の負担となっているので、福祉の対象を自国民に限定すべきだ」と主張する「福祉排外主義」の傾向が強まっているという(水島前掲書)。

一方、日本でも「医療保険制度を悪用して不正受給している外国人労働者の実例があるのではないか」という議論が政界に出始めており、政府は今年の通常国会で、国民健康保険に関する市町村の調査権限を強化する法改正に取り組むとしている(2018年12月17日『朝日新聞』)。

もちろん、限られた財源を有効に使うため、不正受給対策を議論することは重要であるが、ヨーロッパで「福祉排外主義」が高まった経緯を踏まえると、こうした議論が行き過ぎる危険性にも留意する必要がある。具体的には、不正受給に厳しく臨みつつも、外国人労働者の就労環境を整備するバランス感覚が求められる。

それでも悩ましいのが家族の問題である。健康保険法に基づく現在の海外療養費制度に従うと、健康保険に加入する外国人労働者の家族(被扶養者)が現地の医療機関にかかった後、外国人労働者が保険給付を申請した場合、保険適用分については、保険者(保険制度を運営する主体)が現金で払い戻す必要がある。

ここで、外国人労働者を送り出した国の行政機構や家族制度が明らかに日本と異なる場合、難しい問題が起きる。具体的には、「母国の戸籍制度が不十分な場合、被扶養の実態をどう把握するか」「家族制度が明らかに違う国(例:一夫多妻制、養子縁組、婚外子など)の場合、どこまでを給付対象として認めるか」といった点である。このため、政府は家族の給付要件を「日本居住」とする方向で法改正を検討していると伝えられている(2018年11月7日『朝日新聞』『読売新聞』)が、外国人労働者の就労環境整備と保険制度の安定的な運営の間で、難しいバランスが求められていることになる。

5――おわりに

年の始まりに際して、かなり「大風呂敷」を広げたが、ベルリンの壁崩壊から30年の年月が過ぎ、世界と日本のシステムが大きく変容を迫られていることは誰しも認める点であろう。そして、この状況の下、「戦後に有効だったから今のシステムで十分」という意見は安易に映る。もちろん、社会保障の見直し論議は「社会の在り方や方向性をどう考えるか」という哲学が絡む分、合意形成が難しい面があるが、グローバル化と相性が悪い社会保険方式の欠点を直視する必要がある。

特に、経済不況下で社会人となった団塊ジュニア世代が高齢者になる2040年頃の社会保障を意識すると、「社会保険方式の恩恵から漏れる人にどう対応するか」という点は今から準備する必要がある。団塊ジュニアには経済不況下で正規雇用労働者として就職できなかった人が多く、厚生年金など雇用と結び付いた社会保険方式の給付を十分に受けられない可能性が高いためだ。

さらに、生産年齢人口が激減する2040年頃を見通すと、人材不足を補う上で外国人労働力のウエイトが大きくなっている可能性があり、その結果として「福祉国家が想定していなかった外国人労働者に対する社会保障をどうするか」といった議論は欠かせない。

ここで取り上げた2つの切り口について有効な解決策を見出すのは決して容易ではないが、平成が終わりを告げる今年、グローバル化と社会保障制度の在り方を考えることは決して回り道にならないはずである。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2019年01月08日「研究員の眼」)

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