2018年12月07日

ストレスチェック制度は、どこまで浸透したか、 今後どこまで浸透するのか

基礎研REPORT(冊子版)12月号

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1―メンタルヘルス対策は企業の課題の1つ

企業における健康増進政策は、生活習慣病対策と、メンタルヘルス対策が中心となる。生活習慣病については、40~74歳を対象とする特定健診制度が発足10年を迎え、企業では受診率向上や、再検査率の向上に向けた働きかけを行っている。
 
一方、メンタルヘルス不調の発症や重症化は、職場が要因となる可能性もあるが、対策は職場に任されてきた。2015年に、ようやくストレスチェック制度が、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられた*1
 
しかし、ストレスチェック結果の活用は、あまり進んでいないようだ。本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討したい。

2―メンタルヘルス不調で休業または退職した従業員は、1年間に0.7%

厚生労働省の「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した従業員は、常時従業員全体の0.4%、メンタルヘルス不調により退職した従業員は、0.3%である*2
 
厚生労働省の「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害等の労災の請求件数と支給決定件数は増加傾向にある[図表1]。
メンタルヘルスの不調は、他の疾患とは基礎研レポート異なり、若年でも発症のリスクを感じている*3。また、企業においても、メンタルヘルス不調による休業・休職制度の利用者数や、同理由による離職者数が増加傾向であると感じているようだ*4

3―ストレスチェックを受けたのは対象従業員の6割程度

1|ストレスチェック制度とは
 
このような背景の中、メンタルヘルス不調を未然に防止するために、2015年12月に「ストレスチェック制度」が導入された。ストレスチェック制度は、アンケートに回答する中で自分のストレス状態を知り、医師等から助言を得たり、仕事を軽減してもらう等、従業員自身が、悪化防止に利用できるほか、部署等の集団ごとの集計結果によって、企業が、職場環境の改善を行うのに役立つとされている。
 
ストレスチェックの回答内容は、センシティブな情報であるため、企業内で必要最小限にしか伝わらないよう工夫がなされている。しかし、高ストレスと判定された場合の面接希望は、職場に申し出る必要があり、医師からの職務遂行上必要な措置は、職場の管理者や上司にも伝わってしまうため、高ストレス者が面接指導の申し出を躊躇することもあると考えられる。
 
2|実施状況
 
2017年7月に厚生労働省が公表した「ストレスチェック制度の実施状況」によると、ストレスチェック制度の実施が義務付けられた事業場の82.9%が実施していた。対象事業場での受検率は78.0%であり、ストレスチェック対象従業員全体のうち、受検したのは6割強にとどまる計算となる[図表2]。

4―結果の活用は進んでいない

厚生労働省による上記公表資料には、高ストレス者と判定された従業員の割合は公表されていないが、(公社)全国労働衛生団体連合会の調査*5を参考にすると、1割程度と推測できる。高ストレスと判定され、医師による面接を受けた従業員は、全受検者の0.6%だった。
 
過去1年間のメンタルヘルス不調を理由とする休業や離職が0.7%だったことを考えると、低い水準だと言えるだろう。
 
厚生労働省の「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、部署等集団ごとの分析を行った割合は、ストレスチェック制度を実施した事業所の58.3%だった。
 
そのうち、結果を活用した事業所は72.6%だった[図表3]。
活用方法は、衛生委員会等での審議が、集団分析を実施した事業所全体に対して34.8%と多かったが、業務配分の見直し、人員体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は、それぞれ15~20%程度だった。結果を活用していない企業も、27.1%あった。

5―「やりっぱなし」にならないように~労使による結果の共有のあり方

以上見てきたとおり、近年、メンタルヘルス不調への予防に向けた取り組みが活発になってきているが、現在のところ、メンタルヘルス不調者数や離職者数に大きな改善は見られない。
 
ストレスチェック制度を導入することによって、自分が高ストレスであることに気付いていても、職場に伝える方法がなかった従業員にとっては、職場に状態を伝え、医師等の助言をもらう機会を得ることができるようになる。また、心身の自覚症状がなく、自分のストレスに気付いていなかった従業員にとっては、アンケートに回答する中で、自分のストレス状況に気付くきっかけとなる可能性がある。
 
集団分析によって、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施につながった例もあるほか、仕事量を調整できない職場であっても、周囲からサポートを行ったり、仕事のコントロール度を増すことで、職場にあった方法でストレス反応への効果が表れる可能性がある。
 
一方で、制度導入当初から指摘されていた、高ストレス者が面接を申し出ない、正直に回答しない、受検しない、という課題は残されたままだ。
 
2015年に導入されたストレスチェック制度では、本人の同意がない限り、個人の結果は職場に知らされないが、高ストレス者の面接は職場に申し出る必要があり、職場にストレス状態を知られてしまうため、受検や面接を敬遠している可能性がある。結果の集団分析を行った企業でも、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は少なく、結果を活用していない企業も多い。従業員からは、受検のメリットが実感しづらい可能性がある。
 
従業員のストレス状態を改善し、生産性を上げるような効果的な制度とするためには、面接を受ける機会を増やす必要があると思われる。たとえば、職場に知られることなく面接指導を受けることができ、職場での対応が必要になる場合にのみ、本人が納得の上で職場に伝えられる等、現在よりも匿名性を高めること、あるいは、ストレスチェック制度とは関係なく、定期的に医師等による面接を受ける機会を作ること等が考えられないだろうか。
 
さらに、現在、受検している高ストレス状態でない従業員においては、受検のメリットを感じることができなければ、いずれ受検をしなくなったり、いい加減な回答をするようになりかねず、制度が形骸化する恐れがある。受検率を上げ、現状を正確に答えるようにするためには、ストレスチェック結果の概要や職場課題、今後の対応策について、従業員と共有し、ストレスチェック実施の意義について理解を深めることが重要だろう。
 
*1 「労働安全衛生法」により、常時雇用する労働者が50人以上の事業場で義務付けられた。契約期間が1年未満や労働時間が通常の従業員の所定労働時間の4分の3未満の短時間従業員は義務の対象外。
*2 1ヶ月以上休業の後、退職した従業員は、退職でカウントしている。
*3 ニッセイ基礎研究所「健康に関する調査」。2014年9月実施。20~69歳(学生を除く)を対象としたインターネット調査。
*4 日本生命保険相互会社「福利厚生アンケート調査(2018年1月)」。2017年5~10月実施。日本生命保険相互会社の顧客企業・団体(従業員・職員数300人以上)1,274社が対象。898社が回答。
*5 (公社)全国労働衛生団体連合会「平成29年全衛連ストレスチェックサービス実施結果報告書(2018年9月)」。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2018年12月07日「基礎研マンスリー」)

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