2018年12月05日

病理診断の展開-病理医は、臨床医療革新のカギを握っている

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

0――はじめに

全国の病院では、日々、医師が患者を診る臨床医療が行われている。その背後には、病理医がいる。病理医は、病理診断を通じて臨床医療の根幹を支えている。ただし、通常、病理医が患者と顔を合わせることはない。このため、病理医の存在は、一般にはあまり知られていないものと思われる。

本稿では、病理医の役割を紹介すべく、専門医制度から病院での実務にいたるまで、幅広くみていくこととしたい。あわせて、病理診断に関する新たな医療技術についても、概観することとしたい。

なお、1つおことわりしておくが、筆者は医療関係者ではない。本稿は、【参考文献・資料】として掲げた諸資料をもとに、筆者が素人(しろうと)の立場からまとめたものである。病理医について、専門的な内容を知りたい場合には、医師等の医療関係者に相談することをお勧めする。

本稿が、病理医や病理診断について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。
 

1――病理医の役割

1――病理医の役割

まず、病理医とはどういう医師なのか、その役割からみていくこととしよう。

1|病理医は細胞をみて病理診断をする
臨床医療において、医師は、患者の病状を診る。入院、外来を問わず、どの臨床医も患者の診断を行う。具体的には、患者への問診をはじめ、眼の瞳孔の反射をみたり、喉の奥の様子をみたり、胸部や腹部に聴診器をあてたり、体温計で体温を測ったりして、病名・患部・重症度など、病気の内容を診断する。場合によっては、心電図検査や、CT、MRI1で体内の画像診断を行うこともある。

しかし、医療が取り扱う病気の種類は多い。なかには、細胞の状態まで確認しないと診断が定まらず、治療の方針が立たないこともある。その代表例が、がんである。がんは、あらゆる臓器に発生する可能性がある。同じ臓器のがんでも、がん細胞の広がり、浸潤や転移の有無などの進行度により、治療方針が異なることがある。

通常、臨床医が細胞レベルの検査まで行うことはない。細胞をみるための専門医として、病理医が存在するからである。病理医は、原則として外来患者の診察や、入院患者の診療は行わない。患者の話を聞いたり、患者に説明をしたりする機会は極めて少ない。病理医は、病院の病理検査室で、患者や病死した患者の検体2をもとに、顕微鏡3を用いて病理診断をすることが主な業務とされている4
 
1 CTは、Computed Tomography(コンピューター断層撮影)の略。MRIは、Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像)の略。
2 固体、液体を問わず、検査する対象の物体すべてを指す。
3 顕微鏡の発明は、1590年頃、オランダのヤンセン親子が凸レンズを2つ組み合わせたものが最初といわれる。何枚ものレンズを組み合わせた光学顕微鏡は、19世紀以降に発展した。一方、光学顕微鏡よりも解像度や分解能(拡大しても像がはっきり見える性能)が高い電子顕微鏡としては、レンズを使った「透過型」が1930年代にドイツで開発された。電子線により試料の表面をなぞって(走査して)、その情報を画像化する「走査型」は1960年代以降に発展した。なお、現在はタンパク質や遺伝子の異常が注目されることが多くなり、電子顕微鏡は必要性が低下し病理診断での使用が限定的である模様。
4 このほかに、病理学の研究も、病理医の役割とされる。病理学とは、「医学の一分科。疾病を分類・記載し、その性状を究め、病因および成り立ち方を研究する学問。」(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より抜粋) かつては病理医が、臨床分野の病理診断と、研究分野の病理学研究を両立させることが可能であったといわれる。近年、専門分化が進んだことから、病理学の研究は、主に大学等の病理学研究者が担っている。

2|病理診断は「細胞診」、「組織診」、「病理解剖」からなる
病理診断は、「細胞診」や「組織診」といった生体の診断とともに、病死した患者の「病理解剖」も対象としている。この3つは、病理診断の3業務とされている。2016年度のデータをもとに、病理診断の中で行われたそれぞれの実施割合をみると、組織診が全体の約3分の2、細胞診が約3分の1となっている。病理解剖の実施は、限られている。病理診断では、主に組織診が行われているといえる。
図表1. 病理診断の3業務
(1) 細胞診
細胞診では、喀痰(かくたん)・尿・便のような排泄物、胸水・腹水、乳房や甲状腺に細い針を刺して吸引採取した細胞、子宮頸部や気管支で病変部から擦りとった細胞などが検体となる。

(2) 組織診
一方、組織診では、太目の針や、胃カメラ・気管支鏡などの内視鏡を使って得られた生検組織と、手術で切除した組織・臓器が検体となる。「生検(せいけん)」とは、生きている人(生体)からメスや針などで組織の一部を採取して、顕微鏡で形をみて病気の診断を行うことを指す。局所麻酔をした上で太目の針を刺して、病変部の一部を採取して行う「針生検(はりせいけん)」がよく行われる5

組織診や細胞診のなかには、「術中迅速診断」と呼ばれる特殊な診断がある。これは、手術中に、患者から採取した組織・臓器・細胞を、病理検査室に運び込み、病理医が10分程度の短時間で診断する方法をいう。患者や執刀医をはじめとする手術スタッフは、術中迅速診断の結果が出るまで手術を中断し、手術室で待機する。診断結果が出ると、病理医から執刀医に診断内容が電話で伝えられる。その内容が、手術の方針や内容を方向づけるものとなる。このため、術中迅速診断は、病理医に大きなプレッシャーがかかるものとされている。(後章で詳述)
 
5 たとえば乳がんの針生検には、吸引補助装置のあるバコラ生検やマンモトーム生検と、吸引補助のないコア・ニードル生検がある。いずれも、局所麻酔を行い、皮膚を少し切開した上で、超音波検査を併用しつつ、病変部に太い針を刺す。バコラ生検やマンモトーム生検では、装置で吸引圧をかけて多くの組織を採取するため、コア・ニードル生検よりも太い針が用いられる。バコラ生検は、吸引装置が手元の針の部分に内蔵されている。一方、マンモトーム生検は、外付けとなる。マンモトーム生検では、マンモグラフィーを併用した「ステレオガイド下マンモトーム生検」が行われることもある。なお、かつては、病変全体を取り出す小手術である摘出生検が行われることもあったが、最近はあまり行われない模様。

(3) 病理解剖
病死した患者に対して行われる病理解剖は、「剖検(ぼうけん)」とも呼ばれる。剖検は、死因究明・病態解明を、主な目的として行われる。医学の臨床研究や、若手医師の教育推進という側面もある。

剖検は死体解剖保存法にしたがい、臨床医の依頼に基づき、遺族の同意のもとで行われる。剖検実施数は、1985、86年は4万件超であったが、その後減少して近年は年間1.1万件程度となっている6
図表2. 病理解剖(剖検)実施数
 
6 減少の原因として、患者・遺族の医療不信、病院の対費用効果の追求、医師の業務多忙や剖検に対する熱意の低下、社会の啓発活動の少なさなどがあるとされている。(「死因究明のさらなる向上を目指して  1.医療における病理解剖-剖検率低下を考える」深山正久(第110回日本内科学会講演会 パネルディスカッション)をもとに、筆者がまとめた。)
 

(参考) 解剖の種類
解剖には大きく分けて、①医学部の学生の教育を目的とした「解剖実習(系統解剖)」、②医療施設で病死した患者に対して遺族の同意のもとで行われる「病理解剖(剖検)」、③異状死体7に対して行われる「法医解剖」がある。このうち、この法医解剖は、(a)事件性がある場合に警察を介して行われる「司法解剖」、(b) (a)以外で監察医制度のある地域8で監察医が行う「行政解剖」、(c) (a)以外で監察医制度のない地域で遺族の承諾を得て行われる「承諾解剖(準行政解剖)」に分けられる。いずれも、解剖に伴う費用は保険適応とならない。費用は、解剖の種類に応じて、①は大学、②は病院、③の(a)は国費、(b)は地方自治体、(c)は警察または地方自治体が、それぞれ負担する。

図表3. 解剖の種類

 
7 医師によって病死であると明確に判断された、内因死による死体以外の死体を指す。
8 2018年現在、監察医制度は、東京23区・大阪市・名古屋市・神戸市で運用されている。
 

2――病理診断の実施規模

2――病理診断の実施規模

つぎに、病理診断がどの程度行われているか、データをもとにみていくこととしたい。

1|病理診断は年間530万件程度行われている
まず、病理診断の件数。病理診断は、2017年6月の1ヵ月間に44.2万件行われた。年間では530万件程度に相当する。この件数は2010年代初めに増加し、近年は月40万件前後で推移している。
図表4. 病理診断の件数 (1ヵ月間)
患者の年齢区分別に、人口1人あたりの病理診断の医療費をみてみると、75-84歳の年齢層がピークとなっている。若齢から高齢へと年齢が上がるにつれて、病理診断が多くなる様子がみられる。
図表5. 病理診断の医療費 (1ヵ月間) [人口1人あたり]
つぎに、医療施設の規模別に病理診断の実施件数をみてみる。病理診断が行われているのは、500床以上の大規模の病院が中心で、200-499床の中規模の病院がこれに続く。規模の小さい病院や診療所では、病理診断はほとんど行われていない。
図表6. 1施設あたり病理診断件数 (1ヵ月間) [医療施設規模別]
2|病理専門医は全国で2,500人ほどしかいない
ここで、病理診断の担い手である、病理医の状況について、少しみておこう。

医師を目指す学生は、医科系の大学で6年間学習する。卒業後、国家試験にパスして医師免許を取得する。免許取得後は、原則として、どの診療科を標榜してもよいこととされている9。ただし、実際には2年間の初期臨床研修を行い、その上で進むべき診療科を選択する。各診療科には、専門医制度があり、所定の診療経験や試験、面接などを通じて、学会の認定を受けることで専門医資格を取得する。さらに、指導医などの上位資格もある。このように、医師のキャリアパスが形成されている。 

病理医の場合、日本病理学会が、病理専門医の認定を行っている。所定年数の病理学研修と、一定数の診断実績を有する学会医師会員に認定試験の受験資格が与えられる10。試験は、筆記試験と、顕微鏡を用いた実技試験、面接などからなる。病理専門医数は、2018年9月に2,483人となっている。
 
9 ただし、麻酔科医については、麻酔科標榜資格審査基準が医療法施行規則で定められており、厚生労働大臣の許可を得た上で、標榜することが許される。
10 2014年度までの登録者は4年、2015年度以降は3年の研修。診断実績は、細胞診1,000件以上、組織診5,000件以上、迅速診断50件以上、病理解剖30件以上(2014年度までの登録者は40件以上)などとされている。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【病理診断の展開-病理医は、臨床医療革新のカギを握っている】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

病理診断の展開-病理医は、臨床医療革新のカギを握っているのレポート Topへ