2018年11月30日

リーマン・ショックから10年。その後の不動産収益率を振り返る~不動産の生み出すインカム収益がJ-REITの本源的価値~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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3――前回高値圏でJ-REITが取得した不動産、その後の収益率を振り返る

続いて、前回ミニバブル期におけるJ-REITの投資行動とその結果について確認する。具体的には、不動産価格が高値圏にあった時期に取得した不動産を対象に、その後の収益率(インカム収益とキャピタル収益)を検証することで、将来の市況悪化への備えや収益ボトムラインについて考える。
取得物件は606棟・約2.3兆円。「オフィスビル+住宅+商業施設」で全体の91%を占める
2007年から2008年の2年間にJ-REITが新たに取得した物件は全体で606棟・2.3兆円となっている。アセットタイプ別では、「オフィスビル52%」・「住宅24%」・「商業施設15%」・「物流施設4%」・「ホテル1%」・「その他4%」となり6、「オフィス+住宅+商業」の主要3資産で全体の91%を占める (図表―10)。また、エリア別では、「都心3区24%」・「都心2区14%」・「その他18区17%」・「東京都下3%」・「その他首都圏19%」・「地方23%」となり、「東京23区」で全体の55%を占めている。
[図表-10] :J-REITによる新規取得物件(2007年~2008年)
 
6 「物流施設」と「ホテル」は構造変化が生じる前であり、物件属性(立地・スペック・利回り水準など)が最近の取得事例と異なる点に留意が必要である。
キャピタル収益率は全体で▲9%(年平均▲1.0%)。キャピタル収益率のボトムは▲18
まず、前述の取得物件を対象に取得価額に対する2017年末時点のキャピタル収益率(期中売却による売却損益を含む)を計算すると、物件全体で▲9%(年平均▲1%)となった(図表―11)。アセットタイプ別では、景気感応度の高い「オフィスビル(▲14%)」や「ホテル(▲24%)」7の収益率が大きく落ち込む一方で、不動産キャッシュフローの安定している「物流施設(+18%)」や「住宅(▲4%)」の収益率は全体平均を上回った。また、キャピタル収益率のボトムは全体で▲18%であった(2012年下期)。2013年以降の5年間で収益率はボトムから9%回復し半値戻しを達成したことになる。なお、J-REIT保有物件の鑑定価格は足もと年率2%のペースで上昇しており、このペースが持続すればキャピタル収益率は5年後にようやくプラス転換することになる。
[図表-11] :取得価額に対するキャピタル収益率(年率換算前)
このように、リーマン・ショック後の不動産価格の下落はオフィスビルを中心に大変厳しいものであった。それでも継続保有する間に不動産価格が回復し、キャピタル収益率のマイナスは年平均でわずか1%に留まる。確かに、市場サイクルのなかで高値掴みを回避したい思いは誰もが抱く心理だが、その時期を正確に予測することは困難である。投資を見送ることで生じる機会損失にも十分に留意すべきであろう。ゴーイングコンサーンを前提に不動産を長期保有し、期間利益を内部留保できないJ-REITが回避すべきことは、不動産の高値掴みではなく、いざ市況が悪化した時に不動産を購入できずに投資タイミングの分散を図れないことだと思われる。そして、そのリスクへの対応が借入比率(LTV:Loan To Value)の管理である。

図表12は、リーマン・ショック以降のオフィスビルの価格下落を適用した時価LTVの推移を表わしている。通常、自己資本が厚く余裕があるはずのLTV50%(スタート時点)でも、価格が最も下落した時点でLTVは65%へ上昇してしまう。これでは、物件を取得するどころかLTVを引き下げるために物件売却を迫られることにもなりかねない。不動産価格が上昇する現在の局面において、J-REIT各社は自らのポートフォリオに照らして許容されるLTV水準をいま一度確認することが求められる。
[図表-12] :時価ベースLTVの推移
 
7 なお、「ホテル」については途中売却し損失を確定した影響が大きい。
インカム収益率(NOI利回り)は全体で年平均+4.1%。キャピタル収益率のマイナスを十分に補う
次に、2009年から2017年における取得価額に対するインカム収益率(NOI利回り、NOI:賃貸事業純収益)を計算する。アセットタイプ毎に利回り水準が異なるものの(オフィス3.5%~物流施設5.4%)、全体では年平均+4.1%となった(図表―13)。リーマン・ショック後の厳しい環境下においても、保有不動産が毎年確実に生み出すインカム収益(年平均+4.1%)がキャピタル収益のマイナス(年平均▲1%)を十分に補い、全体でプラスの収益を確保できている。
[図表-13] :取得価額に対するインカム収益率(NOI利回り)
このように、賃貸借契約に基づいた賃料収入を源泉とするインカム収益はJ-REITの本源的価値そのものだと言える。証券投資としてJ-REITのリターンが前回高値を超えて上昇できた大きな要因は、安定したインカム収益を創出してくれる良質で優れた不動産ポートフォリオのおかげである。 
 
前述した通り、J-REITが財務レバレッジに依存してはならないとすると、資本集約的なJ-REITが収益率(ROE、自己資本利益率)を高めるには、不動産キャッシュフローを持続的に大きくすることが必要になる。そのためには、国内の不動産市場が長期的に健全であることが大切だ。

最近、J-REIT各社(資産運用会社)は投資主価値向上の一環として、ESG「環境への配慮(E)、社会への貢献(S)、ガバナンスの強化(G)」への取り組みと情報開示を積極的に行っている8。J-REITがこうした取り組みを通じて社会との共生を深めることで、今後の国内不動産市場のさらなる健全性向上に貢献することを期待したい。
 
8 一例として、ジャパンリアルエステイト投資法人は、ESGを最優先課題の1つとして2018年4月にESG推進室を立ち上げて情報開示を積極的に行う方針である。
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     2005年 ニッセイ基礎研究所
     2019年4月より現職

    【加入団体等】
     ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2018年11月30日「基礎研レポート」)

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