2018年08月02日

精神医療の現状 (後編)-「治療同盟」のもとで、時間をかけた治療が行われる

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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6――おわりに (私見)

前章までに、精神医療を巡る様々なトピックスを概観してきた。社会の複雑化・人間関係の多様化とともに、現代人には、日々、さまざまなストレスがかかっている。その結果、こころの病気を訴える患者が増えている。精神医療に対する一般社会の関心も、徐々に高まりつつあるものとみられる。

しかし、世の中に流布している精神医療についての情報は千差万別で、中には真偽があやしいものもある。その結果、人々に、精神医療に対する先入観や偏見を与えてしまう可能性がある。実際に、これまでの精神医療に対するイメージには、そうした偏見が渦巻いているという側面もあった。

このような偏見は、患者の受療をためらわせ、病状の進行や重症化の原因となる可能性がある。そして、それは患者がこころの病気から回復することを遅らせるとともに、社会保障の制度面からみると、治療のための医療費を増大させるという財政的な問題をもたらす恐れもある。

本章では、前稿と本稿のまとめとして、精神医療と一般社会の関わりについて、3点ほど筆者の私見を述べることとしたい。

〔1〕 一般の人にわかりやすい表現を用いよう
今後、精神医療への理解を、社会全体で高めていくことが求められる。しかし現状では、各診療科での精神疾患の取り扱いの有無(例. 神経内科はこころの病気は取り扱わない)や、病名と病態の関係(例. 大うつ病性障害は特に症状が重いという意味ではない)などはあまり知られていないとみられる。

物事の理解のために、言葉による表現が果たす役割は大きい。筆者が本稿をまとめるにあたり、参考にした精神医療関係の資料では、「予期不安」、「希死念慮」、「場面緘黙(かんもく)」、「考想伝播」など、精神医学固有の表現に数多く行きあたった。これらは、それぞれの病態を表す外国語の言葉を日本語に直訳したことが、そのはじまりと考えられる。中には、国語辞書にも載っていないものもあり、誤解の原因になりかねない。一般社会での理解を促すには、表現に何らかの工夫が必要と考えられる。

2002年に「精神分裂病」という病名は、「統合失調症」に改められた。これは、この病気の病態を表す言葉として、精神分裂という表現が不適切とされたことにもとづく。これにならって、上記のような難解な表現について、一般の人に理解しやすいものに見直していくことが考えられる。

〔2〕 薬物療法では服薬指導に従おう
精神医療では、薬物療法で用いられる薬剤の改良が進められて、治療効果が高まっている。薬剤を適切に用いることで病状が緩和し、患者のQOL(Quality of Life, 生活の質)の改善につながっている。

ただし、薬剤には、副作用がつきものといえる。精神医療で用いられる向精神薬にも、さまざまな副作用がある。中には、抗精神病薬の悪性症候群のように、重症の場合には死亡に至るものもある。副作用を避けながら薬剤の効果を得るためには、医師の示す用法・用量を守ることが必要となる。

また、薬物療法により症状がある程度改善すると、患者は治ったと思い込み、これ以上服用の必要はないと判断して、服用をやめてしまうケースがある。しかし治ったのではなく、薬剤の効果で症状が抑えられているだけかもしれない。この場合、服用をやめれば薬剤の血中濃度が低下し、再び症状が現れてしまいかねない。また、いきなり服用をやめると、中断症候群が生じることもある。このため、薬物療法は、服用開始から終了まで、医師や薬剤師の指導のもとで適切に行われる必要がある。

一般社会でも、薬物療法では服薬指導に従うことが重要との認識を高めていくべきと考えられる。

〔3〕 しっかり睡眠をとることからはじめよう
こころの病気は、さまざまなストレスをきっかけとした脳内神経細胞間の情報伝達の異常に起因するとみられている。ストレスへの対処は、精神療法や薬物療法といった治療とともに、睡眠などにより、患者の休養や生活環境の調整を図ることが重要とされている。一般社会でも、脳を休めて、その機能を整えるためには睡眠が大切である、との認識が徐々に広がっているものとみられる。

一方で、現代人のライフスタイルは、24時間営業の店舗や、止まることのない物流サービスなどに象徴されるように、深夜や未明の時間帯に活動を広げてきた。その結果、現役世代を中心に睡眠時間は短い状態にある。特に、日本は他国に比べて睡眠時間が短い傾向が、データから示されている。

精神医療に限らず、心身の健康状態を維持し、病気を未然に防ぐためには、運動、食生活、禁煙、健康診断などに加えて、睡眠をしっかりとることが大切な要素となる。このことは、多くの人が頭では理解しているが、実際に、毎日一定の睡眠時間を確保するよう努めている人は少ないとみられる。一般社会で、意識して、しっかり睡眠をとる取り組みを進めていく必要があるものと考えられる。

難しく考える必要はない。まずは今晩、少し早めに就寝することからはじめてみてはどうだろうか。

精神医療においては、こころの病気を訴える患者の増加とともに、新たな治療法や医薬品の開発・改良の動きが進められていくものと思われる。今後も、精神医療の動向に、引き続き注目していくことが重要と考えられる。

【参考文献・資料】

(下記1~6の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「好きになる精神医学 第2版」越野好文・志野靖史 著(講談社サイエンティフィク, 2014年)
  2. 「最新図解 やさしくわかる精神医学」上島国利 監修(ナツメ社, 2017年)
  3. 「好きになる睡眠医学 第2版」内田直 著(講談社サイエンティフィク, 2013年)
  4. 「本当にわかる 精神科の薬はじめの一歩 改訂版」稲田健 編(羊土社, 2018年)
  5. 「女性医療とメンタルケア」久保田俊郎・松島英介 編(創造出版, 2012年)
  6. 「MSDマニュアル プロフェッショナル版 (日本語版)」(MSD)
    https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「精神保健医療福祉白書2017」精神保健医療福祉白書編集委員会(中央法規出版, 2016年)
  2. 「脳内不安物質」貝谷久宣 著(講談社, ブルーバックスB-1184, 1997年)
  3. 「支持的精神療法入門」アーノルド・ウィンストン、リチャード・N・ローゼンタール、ヘンリー・ピンスカー 著、山藤奈穂子、佐々木千恵 訳(星和書店)
  4. 「平成30年度診療報酬改定の概要 医科Ⅰ」(厚生労働省)
  5. 「統合失調症薬物治療ガイド-患者さん・ご家族・支援者のために-」(日本神経精神病薬理学会, 2018年2月27日)
  6. 「統合失調患者さん710名とご家族689名を対象とした実態調査」(特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構(コンボ)・日本イーライリリー株式会社 プレスリリース, 2010年8月4日)
  7. 「非定型抗精神病薬「ロナセン®」テープ製剤の製造販売承認申請について」(大日本住友製薬株式会社・日東電工株式会社 プレスリリース, 2018年7月31日)
  8. 「薬事工業生産動態統計」(厚生労働省)
  9. 「BAN2401 は18 カ月の最終解析において、統計学的に有意な臨床症状の悪化抑制と脳内アミロイドベータ蓄積の減少を証明」(エーザイ株式会社・ バイオジェン・インク プレスリリース, 2018年7月6日)
  10. 「平成28年 国民生活基礎調査」(厚生労働省)
  11. 「睡眠データ分析で日本の睡眠時間は主要28ヵ国中最短 600万のPolar Sleep PlusTMのデータを分析」(ポラール・エレクトロ・ジャパン株式会社 プレスリリース, 2018年4月9日)
  12. 「健康づくりのための睡眠指針2014」(厚生労働省)
 
(なお、下記2編の拙稿については、本稿執筆の基礎とした)
  1. 「医療・介護の現状と今後の展開(前編)-医療・介護を取り巻く社会環境はどのように変化しているか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月10日)
    http://www.-research.co.jp/report/nlri_report/2014/report150310.html
  2. 「医療・介護の現状と今後の展開(後編)-民間の医療保険へはどのような影響があるのか? 」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年3月16日)
    http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2014/report150316.html
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

(2018年08月02日「基礎研レポート」)

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