2018年07月26日

精神医療の現状 (前編)-「世界没落体験」とは何か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

3――精神医療における病気

この章では、こころの病気の内容や特徴を概観する。患者数の多い気分障害、統合失調症、不安障害、認知症、その他の順番にみていく。ただし、医学的な内容の詳細への深入りはしない。

1|気分障害は、抑うつ性障害と双極性障害に分けられる
気分障害は大きく、抑うつ性障害13と双極性障害に分けられる。抑うつ性障害はうつ状態のみであるため、「単極性障害」とも言われ、大うつ病性障害、持続性抑うつ障害に分けられる。一方、双極性障害には、うつ状態と躁状態が現れる。躁状態の程度や障害の期間に応じて、双極I型障害、双極II型障害、気分循環性障害に分けられる。
図表13. 気分障害の患者割合推移 (人口1万人あたり)
気分障害の患者割合の推移をみると、30代後半~50代前半を中心に現役世代で増加傾向がみられる。男女別には、女性のほうが割合が高い。

近年行われた大規模疫学調査研究14によれば、調査時点までの生涯に気分障害を経験した人の割合(生涯有病率)は、7.0%であった。年齢別には、20歳代から40歳代で高い。男女別には、女性のほうが高い。
図表14. 気分障害の生涯有病率
 
13 「抑うつ」という言葉は、「うつを抑える」という意味ではなく、「うつによって抑え込まれた」という意味ととらえるべきであろう。つまり、「抑うつ」は、「うつ」と同義とみるのが妥当であろう。
14 「精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究:世界精神保健日本調査セカンド」主任研究者 川上憲人(厚生労働省厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)(H25-精神-一般-006)国立研究開発法人日本医療研究開発機構障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)(15dk0310020h0003), 2016年5月)(以下、「大規模疫学調査研究」と呼ぶ。)

(1) 大うつ病性障害
大うつ病性障害は、病名に「大」という字が入っているが、他の病気に比べて特に症状が重いという意味ではない15。いわゆる「うつ病」を指す。気分障害の中では、患者数が最も多いとされる。

人は誰でも進学や就職で失敗したり、仕事上のトラブルに見舞われたり、家族との離別、失恋などの不幸に遭遇して気分が落ち込むことがある。また、そうした不幸がなくても、何となく気分がふさぐことがある。通常は、気分が落ち込んでも、時間が経つとともに回復して立ち直っていく。

しかし、感情の回復力が低下して、気分が落ち込んだりふさいだりした状態がずっと続く場合がある。これが、うつ病とされる。うつ病は、場合によっては、何年間も続くことがある。この病気に関する典型的な誤解として、「うつ病は患者の頑張りが足りないために起こる」と言われることがある。しかし実際は、うつ病は本人の意志の問題ではなく、治療が必要なこころの病気である。

うつ病の重症度の評価尺度として、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)や、マドラスうつ病評価尺度(MADRS)などがある。医師は、これらの尺度に照らして、患者の診断を行うこととなる。
図表15. ハミルトンうつ病評価尺度 (HAM-D)
うつ病は、特殊な病気と思われがちだが、実は誰でも患う可能性のある病気である。この病気は、別名、「こころの風邪」ともいわれる。風邪は万病のもととされ、放置すれば重い病気になることもある。うつ病も同様で、日頃から過労を避け休息をとるなど、ストレスの軽減に努めること。そして、もし、心身に何らかの異変があったときには、早期に医師の診療を受けること、が大切とされている。
 
15 なお、大うつ病性障害はmajor depressive disorderの訳語。“major”は、「主要な」などと訳すべきとの見解もある。

(2) 持続性抑うつ障害
持続性抑うつ障害は、「気分変調症」とも言われる。2年以上(小児や青年は1年以上)に渡り、1日中抑うつ状態が持続しているものを指す。気分が落ち込むだけではなく、イライラ感が続くこともあるとされる。

(3) 双極性障害
双極性障害は、かつて「躁うつ病」と呼ばれていた。患者は、旺盛な活動力を見せる躁状態と、気分が落ち込む抑うつ状態とを繰り返す。躁状態で気分が極めて高揚して、休みなくしゃべり続ける、高価なものを次々に買うなどの過活動が見られる場合、双極I型障害とされる16。躁状態が軽い場合、双極II型障害とされる。

双極性障害は、躁状態では気分が爽快で治療の必要はない、と患者は判断しがちとなる。しかし、神経伝達物質の働きがバランスを欠いていることなどが考えられるため、たとえ躁状態であっても医師による診療が必要とされる。診療の際、医師は患者本人以外に、家族など周囲の人から情報を収集することも大切とされている。
 
16 躁状態にみられるものとして、「観念奔逸(かんねんほんいつ)」と呼ばれる、つぎのような状態がある。考えがつぎつぎにほとばしり出て、連想が急速に進行し、思考がきまった方向に向けられない状態。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)

(4) 気分循環性障害
2年以上に渡って、明らかな躁状態とはいえない程度の気分の高揚と、軽度の抑うつ状態を繰り返す。軽度の躁とうつの状態は、通常数日間程度しか続かないが、不規則な間隔でかなり頻繁に再発する。躁とうつの程度が軽いため、本人や周囲の人が気づかない場合も多いとされる。

(5) 非定型うつ病
常に抑うつ気分のあるうつ病とは異なり、楽しいことがあるときには一時的に気分が明るくなる。これは、「気分反応性」と呼ばれている。その他にも、いくつか特徴的な傾向がみられることがある。まずは、「過眠」。また、甘いものを食べたがる「過食」。鉛のおもりをつけたように体が重く、思うように動けない「鉛様麻痺(なまりようまひ)」。 他人の拒絶や批判に非常に過敏になる「拒絶過敏症」などである。

2|統合失調症は症状が多様で、患者によってさまざまな経過をたどる
統合失調症は、2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた。この病名は、schizophreniaという近代ラテン語の訳語として1937年から使われてきた。しかし、この言葉には、患者の人格を否定する響きがあった。また、疾病の概念や診断基準の変化を踏まえると、不適切な表現となっていた。このため、見直しが検討された。そして、「思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめていく統合する能力が、長期に渡り低下する」という病態にあった用語として、「統合失調症」が、多数の名称候補の中から選ばれた17
図表16. 統合失調症の患者割合推移 (人口1万人あたり)
統合失調症の患者割合をみると、40代後半~60代前半で高い。発症する年齢としては、10代後半の思春期から30代の青年期のケースが多くみられる18。患者割合の推移は、他の精神疾患と異なり、ほぼ横ばいで、増加傾向はみられない。男女別には、ほぼ同程度の割合となっている。

統合失調症は幻覚や幻想にみまわれたり、奇異な行動に及んだりするもので、病気の程度も千差万別であり、一言ではまとめられない。症状には、幻覚、妄想などの「陽性症状」と、意欲の減退、自閉などの「陰性症状」がある。発症前に、不眠や倦怠感などの「前駆(ぜんく)症状」が現れる場合もある。ただし、この症状があれば統合失調症であるといえるような症状は存在しない、とされている19
図表17. 統合失調症の症状
かつては、統合失調症は、妄想型、解体型、緊張型などと、いくつかの型に分類されていた20。しかし、病気の経過によって型が変化したり、厳密な区別が難しかったりしたことから、DSM-5では型の使用はとりやめとなっている。本稿では、統合失調症の症状を概観するために、あえて以前使われていた型をもとにみていくこととしたい。
 
17 公益社団法人 日本精神神経学会のホームページより。なお、病名の候補として、英語名をカタカナ表記した「スキゾフレニア」や、この病気の確立に係わる医学者の名前を組み合わせた「クレペリン・ブロイラー症候群」なども検討された。
18 「最新図解 やさしくわかる精神医学」上島国利 監修(ナツメ社)より。
19 「本当にわかる 精神科の薬はじめの一歩 改訂版」稲田健編(羊土社)より。
20 この他に、妄想型、解体型、緊張型に分類できない鑑別不能型。一度統合失調症になった人に、軽い妄想、幻覚、会話・行動の異常が残っている場合や、喜怒哀楽の感情が乏しく意欲や考えが乏しいといった陰性症状が残っている場合の残遺型があった。

1) 妄想型
日々生活の中で、周囲の出来事を予兆と感じて、妄想を抱く。自分は他人よりすぐれていると信じ、自己を過大評価する「誇大妄想」。他人から危害を加えられる、苦しめられるなど、被害を受けると信じる「被害妄想」。自分が誰かに愛されているという「被愛妄想」。自分は空虚で世界は存在せず、この世は生きる価値がないとする「虚無妄想」などがみられる。さらに妄想が最高度にまで高じると、“恐ろしい災いが切迫している”、“無類の大災害がやってくる”、“世界戦争が起きる”、“この世界が破滅する”といった「世界没落体験」が生じることもある21

また、別の形の妄想として、自分の考えが周囲に知れ渡っているという「考想伝播」、自分は世間から絶えず見張られているという「注察妄想」にさいなまれることもある。
 
21 「世界没落体験」は、ドイツ語のWeltuntergangserlebnis を和訳したもの。なお、ノルウェーの画家ムンクは、代表作「叫び」を描いているが、この作品は、統合失調症の影響による世界没落体験と幻聴を絵にしたものであるとされている。

2) 解体型
陰性症状として、感情の起伏がなくなったり、意欲が減退したりする。一方、陽性症状として、会話や行動のまとまりがなくなり、支離滅裂なことを言って周囲とのコミュニケーションがとれなくなる。会議などで突然クスクス笑い出したり大声で叫んだりして、出席者を驚かせてしまうこともある。

3) 緊張型
激しい運動性の興奮や、あるいはまったく逆に無動・無言などが中心的な症状となる。あらゆる指示や要求に対して抵抗を示す「拒絶症」。奇妙な姿勢をとり続ける「蝋屈症」。同じ行動を繰り返す「常同行動」。相手の動作をそのまま真似する「反響動作」。話し相手の言葉をおうむ返しに答える「反響言語」などがみられる。

統合失調症の経過は、患者によってさまざまとなる。比較的短期間で治癒する人がいる一方、何度も回復・再発を繰り返す人もいる。また、完全に治癒する人がいる一方、変化がみられなかったり、症状が次第に進行したりする人もいる。なお、青年期に発症した患者が老年に達して症状が回復する「老年軽快」という現象もみられる。統合失調症は、症状の先読みが難しい病気といえる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【精神医療の現状 (前編)-「世界没落体験」とは何か?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

精神医療の現状 (前編)-「世界没落体験」とは何か?のレポート Topへ