コラム
2018年07月20日

AI時代を生き残るための良策は?-映画『ドリーム』(原題: Hidden Figures)から学ぶ-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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人工知能(以下、AI)の技術水準が向上しつつあり、将来、AIにより人間の仕事が奪われるのではないかという懸念がマスコミなどにより報道されている。AIは、Artificial Intelligenceの略称で、その定義は多様であるものの、人間の学習能力と推論能力、知覚能力や自然言語の理解能力などをコンピュータ・プログラムで実現した技術であると言えるだろう。最近では、ビックデータを活用して学生から送られたエントリーシートの内容をAIが評価し、その企業にマッチした優先度の高い学生を抽出したり、応募者の内定後の辞退可能性などを予測したりするAIを利用したサービスまでも提供されている。今後AIが普及すると、今まで人間が担当してきた多くの仕事がAIにより実施されるだろう。

では、AIの普及に対して人間はどのように対応すればいいだろうか。昨年日本でも上映されたアメリカ映画『ドリーム』(原題: Hidden Figures)から今後の対応を考えてみたい。

物語は、アメリカと旧ソ連(以下、ロシア)が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げており、キング牧師が非暴力主義を唱えていた1960年代初頭を舞台にしている。ロシアは、1957年10月に世界で初めて人工衛星の打ち上げに成功し、1961年にはユーリ・ガガーリンによる史上初の有人宇宙飛行を成功させていた。

宇宙開発競争でロシアに遅れを取ってしまったアメリカは、地球周回軌道飛行を成功させるために、優秀な数学者やエンジニアを探し、最新型コンピューターIBM7090を導入する。この過程で登場したのがアメリカ南東部のラングレー研究所で計算手として働いていた、キャサリン・G・ジョンソン、ドロシー・ボーン、メアリー・ジャクソンという3人の黒人女性である。

キャサリンは優れた計算能力が認められ、黒人女性としては初めて宇宙特別研究本部に配属されることになる。また、エンジニアとしての才能があったメアリーは、当時白人だけに入学が許容されていたエンジニア学校に入るために、裁判所に訴えを起こし、入学する権利を勝ち取る。一方、最新型コンピューターが登場する前に手作業で計算作業を行っていた黒人グループのリーダーであるドロシーは、1秒当たり24,000回の演算が可能なIBM7090が作動されると、臨時職である彼女たちの仕事がなくなることを懸念し、黒人グループにFORTRANを勉強させ、プログラムを組む能力を高め始めた。その結果、IBM7090を使いこなす人材を募集していたNASAに全員が雇用され、ドロシーは、その能力が評価され、黒人女性としては初めてNASAの管理職になる。この3人の黒人女性が影で支えた結果、アメリカは1962年に初めて有人地球周回軌道飛行に成功した。

筆者が映画で注目したのは大きく二つである。一つは人種差別を乗り越えた黒人女性の活躍ぶりであり、もう一つは最先端技術に対応する人間の姿勢である。映画の舞台になった1960年代初頭はまだ差別を是正するための「アファーマティブ・アクション」1が施行される以前であり、人種差別はかなり酷かった時代である。しかしながら、主人公の3人の黒人女性は人種差別に屈せず、生き残るために、そして夢をかなえるために日々努力を重ねており、それが彼女たちの成功に繋がった。

そして、筆者が最も注目したのは「最先端技術に対応する人間の姿勢」である。現代でも、急速な技術の進歩により、AIの進化やその脅威についてしばしば議論が行われている。たしかに、AI等の技術の革新によって、元来人間が担っていた役割が取って代わられる可能性が大きくなったのは事実だろう。しかしながら、映画の中で、IBM7090が導入され彼女たちの仕事が取って代わられようとした際にドロシーが「最終的に機械のスイッチを押すのは人間である」と言って、最終的に機械を使用するポストを勝ち取ったように、どれだけAIが進化しても最終的にそれを扱うのは人間であるのだ。

また、総務省の『情報通信白書(平成28年版)』では、AIの導入初期には機械化の可能性が高い職種のうち、AIと労働力を比較して労働力の方がコスト高となる業務はAIに取って代わられるものの、AIを導入・普及させるために必要な仕事と、AIを活用した新しい仕事の2種類の仕事の誕生により、新しく創出される職種のタスク量は増加すると予想している。

どれだけ機械中心の社会になったとしても、最後に我々人間が絶対的な信頼を置き、頼れる存在は人間ではあることを忘れず、AIを上手く活用できる実力を育てる必要がある。それこそがAI時代で生き残る良策であるだろう。
 
1 アメリカにおけるアファーマティブ・・アクション(Affirmative Action)は、1965 年にジョンソン大統領命令により施行されたと言われている(安井倫子(2010)「アファーマティブ・アクション史ノート:歴史に現れた三つのアファーマティブ・アクション」『パブリック・ヒストリ』No.7,pp.64-75)。この政策は、歴史的に不公平な待遇を受けてきた黒人などの少数派の人々に対して、教育や雇用などの機会を優先的に与える制度であり、その対象は最初は奴隷制により差別されてきた黒人から先住諸民族(インディアン)、ヒスパニック系、他のマイノリティ集団、そして女性や障がいを持つ人々にまで拡大された。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2018年07月20日「研究員の眼」)

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