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文在寅政府の医療政策「文在寅ケア」がスタート-財源の安定的な確保こそが成功の近道-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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1――「文在寅ケア」がスタート
文大統領は2017年8月にソウル市内の大手病院を訪問した際に、「健康保険(韓国の公的医療保険制度)に加入するだけで、大きな心配なく治療が受けられ、健康状態が回復できるように、健康保険の保障性(医療費総額のうち、公的医療保険によりカバーされる割合)を画期的に高める」と主張しながら、「健康保険の保障性強化対策(以下、文在寅ケア)」を発表した1。
1 本稿は、金 明中(2018)「曲がり角の韓国経済(30)医療費の心配いらない国つくる「文在寅ケア」-財源の安定的な確保こそが成功の道」東洋経済日報2018年4月6日3面を加筆・修正したものである。
2――「文在寅ケア」の主な内容は?
3大保険外診療の中で患者の負担が最も大きいのは、選択診療制である。選択診療制とは、病院級以上の医療機関を利用する患者が、特定の資格を満たしている医師を選択し、その医師から医療サービス(診察、入院、検査、影像診断及び放射線治療、麻酔、精神療法、処置及び手術、鍼灸や附缸治療)を受けた場合、診療費の15~50%に達する費用を追加で負担する仕組みである3。患者やその家族にとって負担が大きく、制度の改善が継続的に要求されていたので、韓国政府は選択診療制を段階的に縮小(制限)してきた。今回の措置により選択診療制は来年から完全に廃止される。また、差額ベッド代の基準を変え、健康保険の適用が現在の4人部屋から、2018年下半期からは2~3人部屋まで拡大される。さらに、重度認知症高齢患者の自己負担率が現在の20~60%から10%に、子どもの自己負担率が現在の6歳未満10%から15歳以下5%に調整され、所得下位50%以下の低所得層の自己負担上限額も引き下げられる。
このように保険外診療に健康保険が適用拡大されると、国民の医療費負担は減るものの、韓国政府の財政的な負担は現在より大きくなるだろう。韓国政府は、健康保険の保障性強化対策を実施するために約30.6兆ウォンの財源を投入する計画であり、財源の調達方法として20兆ウォンに達する健康保険の累積積立金の活用、国庫支援の拡大、保険料率の引上げなどを考えている。韓国政府は、今般の健康保険の保障性強化対策の実施により、2015年現在63.4%である健康保険の保障率を2022年には70%水準まで引き上げることを目標としている。
韓国政府が目指している保障率70%に対して市民団体の「参与連帯」は、OECD加盟国の公的医療保険の保障率が平均81%であることと比べると、韓国政府の目標値は適正な数値とは評価し難く、健康保険に対する国庫支援を拡大するなどの積極的な財政拡大政策を実施し、より高い保障率を提示すべきだと提言している4。
但し、公的医療保険による保障率は、各国の医療制度が異なるために、直接的に比較することは難しい。従って、国際比較のためには、国民医療費に占める公的医療費の割合を見た方がより望ましい。OECDのHealth Data 2016によると、OECD加盟国の国民医療費に占める公的医療費の割合は、2014年時点では平均73.1%で、韓国の56.5%を大きく上回っている。韓国の公的医療保険の保障性が低いことがうかがえる。このような結果を踏まえると、今後、文在寅ケアの実施などにより保障性をより強化する必要がある一方、他方では健康保険の財政を考えなければならない。特に、韓国の高齢化率は2018年に高齢社会の基準である14%を超えてから早いスピードで上昇し、2065年には42.5%で、同時点の日本の高齢化率38.4%を上回ると推計されている。
2 韓国の自己負担割合の詳細は、金 明中(2015)「日韓比較(8):医療保険制度-その3 自己負担割合―国の財政健全性を優先すべきなのか、家計の経済的負担を最小化すべきなのか―」を参照すること。
3 韓国の選択診療制の詳細は、金 明中(2015)「日韓比較(12):医療保険制度-その5 混合診療―なぜ韓国は混合診療を導入したのか、日本へのインプリケーションは?―」を参照すること。
4 「医療保障性の拡大を超えて、医療公共性の強化に」ハンギョレ新聞2017年8月17日
http://www.hani.co.kr/arti/PRINT/807164.html
3――財源の安定的な確保こそが成功の近道
従って、健康保険の持続可能性を高めるためには、国庫負担の拡大だけに頼ってはならず、保険料率を引き上げるなど、財源確保のための多様な取り組みが必要である。2018年現在、韓国の健康保険の保険料率は6.24%で、同じ社会保険方式を採択している日本の9.91%(2018年度協会けんぽの健康保険料率、東京都基準)を大きく下回っている。低い保険料率で先進国水準まで保障性を引き上げ、質の高い医療サービスを提供することは難しく、韓国政府の負担が大きい。韓国租税財政研究院のイウンギョン研究員は、文在寅ケアによる保障性強化政策を推進するためには、国民健康保険法で規定している8%という健康保険の保険率の上限を長期的に調整する必要があると主張している。今後、低所得層の負担増加を考慮しながら、段階的に保険料率の引き上げを検討するのが望ましい。また、高齢化の進行とともに増加すると予想される高齢者医療費を抑制するためには、慢性疾患の予防及び健康管理体制を強化することも重要である。
人を中心とする文在寅政府の政策方向は、専門家や医療サービスの供給者中心ではなく、医療サービスを利用する需要者を中心に健康保険のガバナンスを変化させると期待されている。しかしながら、今後予想される早いスピードの高齢化や慢性疾患の増加、そして文在寅ケアによる保障性強化政策などは、健康保険の財政状況を圧迫する要因になる可能性が高い。保障性を高め、医療サービスの質を向上させるためには、財源の多様化による財源の確保が何よりも重要であることを忘れてはならない。財源の安定的な確保こそが文在寅ケアを成功させる近道ではないだろうか。
(2018年07月04日「基礎研レター」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
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