2018年06月07日

教条主義という危険-アキレスと亀の話を論破できますか?

基礎研REPORT(冊子版)6月号

櫨(はじ) 浩一

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1―アキレスと亀

アキレスは、致命的な弱点の代名詞であるアキレス腱に名を残しているギリシャ神話の英雄だ。あるとき、友達が「俊足のアキレスは亀との競争に勝てない」という話を持ち出してきたが、アキレスは勝てるはずだということをうまく説明できずに困ったことを覚えている。

アキレスは、亀との競争でハンディキャップを付けて少し後ろから出発した。アキレスは亀がスタートした地点に、あっという間に達するが、アキレスがそこにたどり着くまでの間に亀は前に進んでいる。亀が進んだ地点までアキレスが走っていくと、その間に亀はまた先に進む。どこまで亀を追いかけても、亀がいるところまでアキレスが走っていく間に、亀が更に先に進んでしまうので、これを何度繰り返してもアキレスは絶対に亀を追い越せない。

ウサギと亀の話のようにアキレスに慢心があったことが問題ではないのは明らかで、ハンディキャップを付けたことに原因があるというわけではない。常識からすれば、どう考えてもアキレスが亀に追い付き、追い越せないはずはないのだが、この話のどこが間違っているのかを、ズバリと指摘することができなかった。話を持ち出した友人が本当にそう信じていたのか、からかわれただけだったのかは分からないが、ひどくまごついた思い出だけが残っている。

2―自由と民主主義という原理

数年前に、経済発展できない国とうまく豊かになる国があるのは、どこが違うからなのかというテーマの本が何冊か出版された。経済発展を遂げている国々のほとんどは西欧諸国なので、どうして西欧文明が世界的に広まったのか、西欧的な考え方や社会システムが世界を動かすようになったのかといったことが主題となる。大胆に言えば、自由で民主的な社会でなければ市場機能はうまく働かず経済発展できないということが、共通して流れている論調だといえるだろう。民主的であることや自由の重要性については全く異論が無いが、東洋にある日本という国の一員として単純な西欧礼賛は面白くないということもあるのだろうが、どこか違和感が残った。

最近同じような違和感を覚えたのは、米国の高名な経済学者が、中央集権化を推し進めている国は技術革新で世界をリードする力を持てず、世界経済の覇権を握ることはないと論じていた記事を読んだ時だ。もちろん米国社会に対して警鐘を鳴らすことも忘れておらず、社会を鼓舞しようという激励と受け取ることもできるが、急速な発展を続けている人口大国がいずれ世界経済の覇者となるのではないかという不安を抱いている多くの人達が、「自由で民主的な社会でなければ市場機能はうまく働かず経済発展できない」という原理に安心するだけに終わっているだろう。

3―教条主義という危険

先日、「日本経済を活性化するためにどうすれば良いのかという質問に、経済学者やエコノミストは皆口をそろえて規制緩和と言う」という指摘を受けて、少々返答に困った。正直なところ、筆者は日本経済を活性化する特効薬のような処方箋はなかなか思いつかず、原理的に間違いのないお決まりのコメントとして規制緩和と言っている面があることは否定できない。経済活動を阻害している規制を緩和することは重要な手段だが、規制には阻害される経済活動よりも重要な社会的な意義があるかも知れない。

原理は正しくとも、個別のケースでは状況がちがって必ずしも原理通りにならないこともあるし、一般論には例外が付き物だ。原理・原則は正しいと思い込んで、あらゆる場面で全く疑うことなしに適用することには問題がある。原理・原則が一般に認められていると、個別のケースが例外であることを証明する責任は、例外を主張する側にあるとされる。しかし、常識的におかしいと思っても、原理がうまく機能しないことを証明するのは意外に難しく、原理を主張する人が強い先入観を持っていればなおさら説得は困難だ。

後日アキレスと亀の話のどこが問題なのか自分なりに分かったつもりだが、それでもあの時の友達を納得させることは難しいだろうと感じる。信じ込んでいる人に、なるほどと言わせるほどうまく説明するのは簡単ではないし、いわんや、もし友人が分かっていて、筆者をからかっていたのであれば、とても論破できるとは思えない。

原理・原則、一般論を無批判に繰り返すのは、教条主義という批判を免れないだろう。社会主義には少なくとも一分の真理があったと考えるが、結局失敗したのは教条主義に陥ったことも大きな要因ではないか。自由と民主主義という原理もただ無批判に繰り返すだけでは、教条主義に陥って結局はこの貴重な原理に基づく社会の存続をも危うくしてしまう恐れがあるのではないだろうか。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2018年06月07日「基礎研マンスリー」)

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