2018年05月09日

「合理的配慮」はどこまで浸透したかー障害者差別解消法の施行から2 年

基礎研REPORT(冊子版)5月号

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

1―はじめに

状況に応じて障害者を柔軟に支援することで、障害者*1の権利確保に主眼を置く障害者差別解消法が2016年4月に施行されて2年が過ぎた。この法律は障害者の特性や個別事情に応じた「合理的配慮」の提供を行政機関に義務付けているが、「合理的配慮として、どういった支援を提供するか」という点については、障害者と行政機関など当事者同士の「対話→調整→合意のプロセス」に委ねられている分、分かりにくいのも事実である。

本レポートでは、合理的配慮を中心に障害者差別解消法の内容を解説するとともに、自治体の動向やメディアの報道ぶりなどを基に、2年間の動きを考察する。その上で、国に今後、求められる対応として、支援の事例や工夫に関する情報を収集・共有する重要性を指摘する。

2―障害者差別解消法とは何か

最初に重要になるのは「社会的障壁」という言葉である。法律は「障害者」を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義しており、社会的障壁で制限を受けている人と説明している。

では、「社会的障壁」とは何か。法律は「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」としている。これを一言で評すると「障害者が生活するうえで支障となる外的要因」*2、つまり車椅子を使う人には段差、視覚障害者には文字、聴覚障害者には音声が社会的障壁となる。

このように考えると、不便さが生み出される原因は障害者自身の症状や病気だけにあるのではなく、障害者との関係性の中で、社会が作り出している社会的障壁になる。

では、社会的障壁をどう取り除くのか。ここでのキーワードが「合理的配慮」である。これは社会的障壁を除去することで障害者の不利を解消する方法であり、1973年のアメリカの「リハビリテーション法504条」を通じて、行政機関や連邦政府との契約者などに対して障害を理由にした差別を禁じるとともに、合理的配慮の提供を義務付けた後、1990年に「ADA法(障害をもつアメリカ人法)」でレストランやホテルなどが対象となった。

そして、日本の障害者差別解消法では「負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と定めている。

つまり、先の事例で言うと、段差や文字、音声といった社会的障壁を除去するため、行政機関は合理的に配慮しなければならないとしている(第8条2は民間事業者に対して努力義務を課している)。仮に聴覚障害者がシンポジウムに参加を希望し、情報保障の提供を事前に要望した場合、支援を提供する機関が行政機関であれば、合理的配慮として手話通訳の確保などが義務付けられる。

ここで論点となるのは合理的配慮の内容である。通常の制度であれば、国が要綱などを作成して細かく要件を定めるが、合理的配慮の考え方は全く異なる。行政機関が支援の可否や内容、水準などを判断する際、双方の「対話→調整→合意プロセス」を義務付けているに過ぎず、具体的な内容には言及していない。

確かに先に引用した条文に従うと、「過重な負担」を伴う時には障害者の申し出が断られることもありえるが、その線引きは定められておらず、「事務・事業への影響」など5項目を挙げているだけである。 つまり、「対話→調整→合意プロセス」を義務付けているが、その運用は現場に委ねられている。

3―障害者差別解消法の意義

では、障害者差別解消法や合理的配慮の説明を通じて、どんなことが言えるだろうか。まず、障害者の権利保障、特に機会均等を重視している点であり、人権保障の側面を持っている。

次に、障害者に配慮する意味合いである。障害者に配慮することは「施し」ではない。法律に沿って考えると、障害は社会との関係性で生まれることになるため、自らを「健常者」と疑わない多数の人も、いつどんな時に少数の立場になるかどうか分からない。

例えば、普段は段差の存在が気にならなかったとしても、翌日の海外出張で重いトランクを持てば移動に苦労し、車いすの人と同じ環境になる。だからこそ駅や施設の段差を取り除けば、結果的に障害者だけでなく、その他の多くの人も便益を受けるのであり、「過重な負担」を伴わない範囲で障害者に配慮することは多数の人にとっても住みやすい社会を作ることに繋がる。

障害者差別解消法や合理的配慮を考える上で、もう1つ重要な側面がある。それは支援の可否や内容、水準に関する判断は社会の合意形成の上で成り立っている点である。先に述べた通り、合理的配慮の内容は当事者同士による「対話→調整→合意プロセス」に委ねられており、障害者と対象機関が個別的かつ具体的に対話・調整し、合意形成を積み重ねる柔軟性を有しており、やや分かりやすい言葉で言うと、現場レベルで「相場観」を形成していくことが求められる。

実際、障害者差別解消法の解説書では「社会的な意識改革や地域づくりを主体に置いて総合的に取り組むことが重要」と規定している*3

4―施行後2年間の変化

「障害者差別解消法」「合理的配慮」の登場回数 1|自治体の対応
では、どのような対応が現場でなされているのだろうか。筆者が各自治体や日本障害者リハビリテーション協会のウエブサイト*4で確認した範囲では、今年2月までに26道府県が法律に対応した条例を独自に定めている*5ほか、独自の条例を定めた兵庫県明石市や大分県別府市などの事例も散見されるが、その数は依然として少ない。

2|メディアの報道と周知度
次にメディアの報道ぶりを見る。図は朝日新聞と読売新聞のデータベースを使い、「障害者差別解消法」「合理的配慮」のキーワードが両新聞に登場した回数を調べた結果である。ここから言えることは3点ある。
 
まず、障害者分野の関心の低さである。障害者分野の政策は障害者差別解消法だけではないが、登場回数の最高は2016年の朝日新聞163件であり、医療・介護・年金などと比べると、決して多いとは言えない。

第2に、2016年の障害者差別解消法施行を境に、登場回数が増加したものの、2017年は早くも半分程度に下がっている点である。施行後はニュースバリューが下がったとみなされているのであろう。第3に、「障害者差別解消法」の登場回数に比べると、「合理的配慮」の登場回数が少ない点である。この差は障害者差別解消法を説明する際、合理的配慮の文言を用いていない可能性を意味している。合理的配慮という単語が難解で、そのコンセプトも一言では説明しにくいため、記事化に際して忌避されたと見られる。

5―おわりに

以上のように考えると、依然として障害者差別解消法と合理的配慮は浸透しているとは言い切れないであろう。今後に求められることとしては、既述した「相場観」の形成に向けて、「現場で個別かつ具体的な対応がどのようになされているのか」という情報が収集され、広く公開される必要がある。

この視点で見ると、内閣府のウエブサイト「合理的配慮サーチ」*6が整備されているが、まだまだ十分とは言えない。自治体や民間の業界団体、障害者団体、支援団体などと連携しつつ、国(独立行政法人を含む)が情報の収集・共有を強化することが求められる。
 
 
[*1]近年、「害」の字が否定的なイメージを持たせるとして、「障がい」「しょうがい」と表記するケースも見られるが、本稿は法令上の表記に沿って「障害」と記す。
[*2]川島聡・星加良司(2016)「合理的配慮が開く問い」川島聡ほか『合理的配慮』有斐閣p2。
[*3]障害者差別解消法解説編集委員会編著(2014)『概説障害者差別解消法』法律文化社p68。
[*4]日本障害者リハビリテーション協会ウエブサイト「国内外の障害者差別禁止法・条例・手話言語条例」を参照。
   http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/law/anti/index.html
[*5]千葉県など法律施行前から条例を制定していた県も含む。
[*6]下記のウエブサイトを参照。
   http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年05月09日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【「合理的配慮」はどこまで浸透したかー障害者差別解消法の施行から2 年】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「合理的配慮」はどこまで浸透したかー障害者差別解消法の施行から2 年のレポート Topへ