2018年03月23日

「合理的配慮」はどこまで浸透したか-障害者差別解消法の施行から2年

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|合理的配慮とは何か
結論を先取りすると、合理的配慮とは社会的障壁の除去を通じて、障害者の不利を解消するための方法である。元々は「reasonable accommodation」の訳であり、宗教差別と関連して登場した経緯があるが、障害者分野の歴史としては1973年のアメリカの「リハビリテーション法504条」が始まりである。ここでは行政機関や連邦政府との契約者などが障害を理由に差別を行うことを違法と定めるとともに、合理的配慮の提供を義務付けた。その後、1990年に「ADA法(障害をもつアメリカ人法)」が制定されることで、レストランやホテル、工場など民間事業者や商業施設などが対象となった。

こうした合理的配慮が日本に「輸入」される直接の引き金は国連障害者権利条約だった7。合理的配慮について、2006年12月に国連総会で採択された国連障害者権利条約第2条に以下のような定義がある(外務省の訳文)。
 
障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

ここでは「過度な負担」にならない範囲で、必要かつ適切な変更、調整を行うことで、障害者と障害のない人との平等を確保するとしている。こうした国際的な潮流を踏まえて、日本で障害者差別解消法は合理的配慮について、第7条2で以下のように規定している。
 
行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。

条約の「過度な負担」という文言が法律では「過重な負担」に変わったが、論点は同じである。この条文では、障害者から意思表明があった時、行政機関は社会的障壁の除去に向けて、合理的配慮を提供しなければならないとしている。先の例で言うと、段差や日本語の音、文字という社会的障壁を除去するため、行政機関は合理的に配慮しなければならないとしている(第8条2は民間事業者に対して努力義務を課している)。仮に聴覚障害者がシンポジウムに参加を希望し、情報保障の提供を事前に要望した場合、支援を提供する機関が行政機関であれば、合理的配慮として手話通訳の確保などが義務付けられる(民間は努力義務)。もし行政機関が「そんな用意はありません」と門前払いすれば、その瞬間に障害者差別と見なされることになる。

ここで論点となるのは合理的配慮の内容である。通常の制度であれば、国が要綱などを作成して細かく要件を定め、自治体や民間事業者は国の方針に従うことが義務付けられるが、合理的配慮の考え方は全く異なる。行政機関が支援の可否や内容、水準などを判断する際、当事者同士の対話・調整に委ねられている。

これが障害者差別解消法と合理的配慮の大きな特色と言える。例えば、国が2015年2月に定めた障害者差別解消法の基本方針には以下のように書かれている。
 
合理的配慮は、障害の特性や社会的障壁の除去が求められる具体的場面や状況に応じて異なり、多様かつ個別性の高いものであり、当該障害者が現に置かれている状況を踏まえ、社会的障壁の除去のための手段及び方法について、「過重な負担の基本的な考え方」に掲げた要素を考慮し、代替措置の選択も含め、双方の建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で、柔軟に対応がなされるものである。

 ポイントはいくつかある。第1に、合理的配慮の内容は「障害の特性」「具体的場面や状況」に応じて異なり、多様性や個別性が高いとしている点である。障害者自身の特性に加えて、支援が求められる場面や支援を提供する状況で変わり得る点を強調している。

第2に、「双方の建設的対話による相互理解」を挙げている点である。ここで言う「双方」とは、障害者と支援を提供する機関(例:行政機関)を指しており、双方の「対話→調整→合意プロセス」を通じて相互理解を図り、柔軟に実施することが定められている。

第3に、その場合は「必要かつ合理的」な範囲とする点である。ここに「過重な負担」が絡んでくるので、「過重な負担の基本的な考え方」をベースに具体的な事例を使いつつ、次に考察する。
 
7 障害者差別解消法の成立を受けて、政府は2014年1月、国連障害者権利条約に批准した。
4|過重な負担とは何か
先に触れた通り、合理的配慮は個別性が高いため、国の基本方針は合理的配慮の内容を具体的に定めておらず、手続きを義務付けているに過ぎない。過重な負担についても同様であり、国の基本方針は以下のように定めている。
 
過重な負担については、行政機関等及び事業者において、個別の事案ごとに、(略)具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断することが必要である。行政機関等及び事業者は、過重な負担に当たると判断した場合は、障害者にその理由を説明するものとし、理解を得るよう努めることが望ましい。

つまり、「具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断することが必要」としているだけで、具体的な内容には一切、言及していないことが分かる。その上で、考慮すべき要素として表1の5項目を挙げている。
表1:合理的配慮の「過重な負担」を判断する考慮すべき要素
ここでも具体的な事例を基に考えよう。地方自治体が古民家を使ったイベントを企画し、そのイベントに参加したいと考える車椅子の人が「段差を解消するための施設を設置して欲しい」と希望した場合、スロープやエレベーターの建設には時間を要するため、「実現可能性」の観点で不可能に近い。このケースでは「過重な負担」と理解される可能性が高い8

しかし、自治体は「参加したい」というニーズを無視して良いわけではない。自治体は車椅子の人のニーズを聞きつつ、段差という社会的障壁の解消に向けて、車椅子を運ぶ人員を準備できる点などを説明し、車椅子の人との合意を模索することになる。その場合、車いすが自分で動かすタイプ(自走式)なのか、電動式なのかで対応は変わる可能性がある。

次に、同じ自治体のイベントについて、聴覚障害者が「登壇者や参加者とリアルタイムかつ双方向で議論したい」と望んだ場合、どうなるか。もし自治体の担当者が全く対話しないまま、「終わった後に議事録と資料を掲載しますので、そちらをご覧下さい」と答えた場合、「リアルタイムかつ双方向の議論」というニーズに全く応えておらず、聞こえる人との平等性を確保していない点で、障害者差別になる可能性がある。

そして、この場面では「日本語の音声」という社会的障壁を除去するための配慮として、手話通訳やパソコンノートテイク(パソコンで議論の内容を入力し、映写すること)が求められる。しかし、全ての聴覚障害者が日本手話を理解できるわけではないため、その際には当事者の意向や希望を聞きつつ、必要な対応を模索する必要がある。

「過重な負担」に関して、判断が難しいのは「費用・負担の程度」かもしれない。ここでも具体的な事例で考えると、もし情報保障に必要な経費を上乗せしても、イベントの経費が全体で数%程度しか増えない場合、「過重な負担」とは言いにくく、聴覚障害者のニーズを聞きつつ、情報保障が義務付けられる。逆に自治会の会合や手弁当の小規模な勉強会などボランタリーなイベントの場合、情報保障に要する経費が「過重な負担」と判断される可能性も否定できない。負担・費用の程度についても、このようにケース・バイ・ケースで当事者同士が対話・調整することになる。

ここまでに挙げた事例は筆者の「思考実験」であり、多様性で個別性が高い合理的配慮の考え方に沿うと一つの事例に過ぎないが、このように支援の可否や内容、水準について、当事者同士が個別的かつ具体的に「対話→調整→合意プロセス」を取ることを義務付けているのが障害者差別解消法と合理的配慮の基本的な考え方である。
 
8 今回は古民家の想定で議論を進めたが、人が多く出入りする施設
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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