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「合理的配慮」はどこまで浸透したか-障害者差別解消法の施行から2年

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~差別解消法の施行から2年~
しかし、障害者差別解消法は「対話→調整→合意のプロセス」を当事者の間で義務付けているだけであり、「合理的配慮として、どういった支援を提供するか」という点については、障害者と行政機関など当事者同士の調整に委ねられている分、分かりにくいのも事実である。実際、障害者差別解消法や合理的配慮の目的や意味が社会に浸透しているとは言えないだろう。
本レポートでは、合理的配慮を中心に障害者差別解消法の内容を詳しく解説するとともに、自治体の動向やメディアの報道ぶりなどを基に、2年間の動きを考察する。その上で、国に今後、求められる対応として、支援の事例や工夫に関する情報を収集・共有する重要性を指摘する。
1 「障害」は元々、「障碍」と表記されていたが、戦後に「碍」が当用漢字、常用漢字にならなかったため、代わりに「害」の字を当てた経緯がある。近年、「害」の字が否定的なイメージを持たせるとして、「障がい」「しょうがい」と表記するケースも見られるが、本稿は固有名詞を除き、原則として法令上の表記に沿って「障害」と記述する。
2――障害者差別解消法を理解する上でのポイント
内閣府が2017年8月に実施した世論調査2によると、「障害者差別解消法の周知度」を尋ねた問いに対し、「法律の内容を含めて知っている」と答えた人は5.1%であり、「内容は知らないが、法律ができたことは知っている」という回答を合わせても21.9%に過ぎない。
そこで、法律の狙いや目的を理解するため、主な条文を詳しく見ることとしよう。2013年6月に成立した障害者差別解消法の条文は全26条の比較的シンプルな構成である。第1条の「目的」として、全ての障害者が障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人として尊厳を持っている点を強調した上で、「障害を理由とする差別の解消」を通じて障害の有無にかかわらず、共生できる社会を形成するとしている。
さらに、第2条は法律で用いられている言葉を定義しており、「障害者」について以下のように定めている。
身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
この条文は2011年8月に改正された障害者基本法をベースにしており、ポイントは「発達障害を含む」「社会的障壁」の条文である。
まず、「発達障害を含む」の条文は支援の対象を幅広く考えていることを意味する。具体的には、従来の障害者政策では「身体」「知的」「精神」の3種類で発行されている障害者手帳を持っている人を対象に実施されることが多く、発達障害だけで手帳が発行されることはない。このため、障害者手帳をベースに支援を考えると、発達障害の人は対象外となるのだが、「発達障害を含む」と書いていることで支援の対象を幅広く見ていることになる。
2 2017年8月内閣府『障害者に関する世論調査』。回答数は1,771人。
次に、「社会的障壁」という言葉である。障害者差別解消法第2条二では社会的障壁を以下のように定義している。
障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
条文を読んでも具体的にイメージできないかもしれないが、一言で説明すれば「障害者が生活するうえで支障となる外的要因」3であり、車椅子を使う人にとっては段差、視覚障害者にとっては文字、聴覚障害者にとっては音声が社会的障壁となる。ここで「社会的障壁」という単語を分かりやすく理解する一助として、1週間程度の海外旅行に出掛けた事例で考えてみよう。
最初に、羽田空港や成田空港に行く時、駅の乗り換えなどで重い荷物を持って歩くことを苦痛に感じないだろうか。その後、羽田空港や成田空港に着くと、乗り換えはスムーズに進む。こうした差異はなぜ起きるのだろうか。
理由は段差である。普通の駅の場合、乗客が重い荷物を持っていることを想定しておらず、むしろ大都市の場合は通勤ラッシュでの移動を円滑にするために設計されている。このため、多少の段差を減らすことよりも、通路や階段を多く設置することに力点が置かれており、重い荷物を持った際に不便さを感じる。ここでは通勤ラッシュで乗り換える客が多数であり、重い荷物を持つ海外旅行客は少数であるため、多数に便利な設計となっている。
一方、羽田空港や成田空港は段差が少ない設計であり、重い荷物を持っていても移動がスムーズである。これは重い荷物を持つ人が空港を多く使うため、そうした人に便利なように駅や設備を設計しているためである。
では、車いすを使っている人はどうなるだろうか。通常の駅では移動に苦労するかもしれないが、段差が少ない空港ではスムーズに移動できる。
ここで一つの事実に気付く。車いすを使う、または使わないが重要なのではなく、「段差」の有無が不便さを生み出しているのである。この場合、移動に不便さを生み出す段差が社会的障壁となる。
もう1つ事例を挙げる。訪問先(仮に「A国」とする)に着いた瞬間、A国の文字だけでなく、現地の人が話している言葉も理解できない場合、何が起きるであろうか。現地の人とコミュニケーションに苦労し、町に出掛けても途方に暮れる可能性が高い。
では、普段はなぜコミュニケーションに苦労しないのだろうか。言い換えると、日本に住んでいる時とA国滞在中に違いがなぜ生まれるのだろうか。こちらも答えはシンプルである。日本では日本語を使う人が多数であり、A国に行けば日本語を使う人が少数だからである。
次に、この状況を聴覚障害者、視覚障害者と比べると、社会的障壁をイメージしやすくなる。普段は日本でコミュニケーションに不便さを感じていなかったとしても、A国に到着した瞬間、聴覚障害者、視覚障害者と似たような環境に直面する。言い換えると、聞こえないこと、あるいは見えないことだけが不便の原因なのではなく、「日本語の音」「日本語の文字」にアクセスできるかどうかが不便さを決定付けていることになる。この場合は「日本語の音」「日本語の文字」が社会的障壁となり、前者は聴覚障害者、後者は視覚障害者に不便さを強いていることになる。
これらの事例を基に考えると、不便さが生み出される原因は障害者自身の症状や病気だけにあるのではなく、社会が作り出している障壁、つまり段差や日本語の音、文字になる。
障害者差別解消法では、以上のような障壁を「社会的障壁」と呼んでおり、社会的障壁の結果として障害が生じているという考え方を一般的に「社会モデル」と呼んでいる4。そして社会モデルに依拠すれば、必然的に「社会が障害者のニーズを無視して障害者の機会不均等をもたらしてきたのだから、社会はそれを是正する道徳的責任を負う」という直観的な理解に繋がる5。さらに、「障害のある人が経験する制約をもたらす社会的障壁に視点を据えることによって、障害問題をいわゆる福祉の問題から人権の問題へとその領域を拡大させることになった」6ことで、社会的障壁で不便さを強いられている障害者に配慮しないことを「差別」とみなす考え方に基づいている。
では、こうした社会的障壁をどう取り除くのか。ここでのキーワードが「合理的配慮」である。
3 川島聡・星加良司(2016)「合理的配慮が開く問い」川島聡ほか『合理的配慮』有斐閣p2。
4 これに対し、障害が発生する理由を「その人に障害があるから」とみなす考え方を一般的に「医学モデル」と呼ぶ。
5 星加良司・川島聡(2016)「合理的配慮と経済合理性」川島聡ほか『合理的配慮』有斐閣p115。
6 東俊裕(2012)「障害に基づく差別の禁止」長瀬修・東俊裕・川島聡編著『障害者の権利条約と日本』生活書院p41。
(2018年03月23日「基礎研レポート」)

03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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