2018年03月13日

テロ保険の浸透-テロのリスクに対して保険の備えは進んでいるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ以降、世界中で、テロを重大なリスクと位置づける動きが生じた。近年、イスラム過激派組織の拡散に伴い、中東・アフリカ地域を中心に、世界的にテロのリスクが高まっている。

テロを未然に防ぐための取り組みが、各国の政府で展開されているものの、テロの完全な阻止には至っていない。それどころか、2010年代以降、テロの発生件数は増しており、その脅威は増大している。この状況に呼応して、欧米では、テロのリスクに備えるための保険制度が整備されている。

特に、アメリカでは、同時多発テロを受けて、公的な保険制度が導入され、大規模なテロ損害に対して、政府からの支援が行われる仕組みが整っている。本稿では、アメリカの公的テロリズム保険制度に焦点を当てて、テロ保険について、概観することとしたい。
 

2――近年のテロの動向

2――近年のテロの動向

そもそも、テロとは何だろうか。一般に、テロを正確に定義することは難しいとされており、その定義は、1つには定まっていない。辞書によれば、政治目的のために、暴力またはその脅威に訴える行為などとされている1。この章では、まず、テロの発生動向を簡単に見ていくこととしたい。
 
1 「広辞苑 第七版」(岩波書店)によれば、「①政治目的のために、暴力あるいはその脅威に訴える傾向。また、その行為。暴力主義。テロ。②恐怖政治。」とされている。
1|2010年代のテロは、付保損害額の大きさではテロの上位20位までに入っていない
通常、事件や事故の損害規模は、死者数、負傷者数、損害額などを用いて表示される。保険による損害額の補填を考える場合には、付保財産の損害額(付保損害額)が問題となる。2015年までに発生した付保損害額の大きいテロは、図表1のとおりにまとめられる。この表を見ると、アメリカの同時多発テロは、損害額の面でも、死者数の面でも、他のテロとは、スケールが大きく異なることがわかる。また、2010年代のテロは、付保損害額の大きさでは上位20位までに入っていないこともわかる。つまり、意外にも、近年、保険収支に大きな影響を与えるテロは発生していない、ということになる。
図表1. 付保損害額が大きかったテロ (上位20位)
2|2010年代のテロの発生件数は急増している
それでは、テロそのものの発生動向はどうか。一般に、テロのリスクは高まっていると言われる。10人以上の死者が出たテロの発生件数の推移は、図表2のように表される。2010年代に、テロの件数は、急増している。特に、中東またはアフリカ地域でのテロの増加が、その大きな要因となっている。
図表2. テロ事件(死者数10人以上)の発生件数推移
欧米では、イスラム過激派組織などが唱える主義・主張に感化されて、若齢者が、自らが居住する国・地域でテロを行う「ホームグロウン・テロリスト」の脅威が深刻化している。ホームグロウン・テロリストは、端緒が表面化しにくく、活動実態の把握や、テロリストとしての識別が困難とされる。

また、テロの性質も変化している。以前は、要人を狙ったテロが多かったが、近年は、ソフトターゲットと呼ばれる不特定多数の一般市民を狙うテロが増加している。こうしたテロは、発生前に時間、場所、対象を特定することが困難なため、警察組織等によるテロ対策が効果を挙げにくい状況となっている。この傾向は、社会に、テロの不安を助長させる一因となっているものと考えられる。
 

3――アメリカの公的テロリズム保険制度の概要

3――アメリカの公的テロリズム保険制度の概要

アメリカでは、テロに対する公的保険制度が確立している。その内容を概観しよう。
1|同時多発テロを受けて、公的テロリズム保険が導入された
アメリカでは、2001年の同時多発テロ発生を受けて、2002年に、テロリズムリスク保険法(Terrorism Risk Insurance Act, TRIA)が成立した。この法律に基づいて、テロリズム保険制度(Terrorism Risk Insurance Program, TRIP)が導入されている。

TRIA の目的は、政府が、大規模なテロ損害に伴う損害補償の一部を負担することにより、財物保険等の企業保険の市場を安定化させ、テロリスクにかかる補償を可能にすること、などとまとめられる2。これは、同時多発テロの発生後、企業保険において、テロを免責としたり、保険料を大幅に引き上げる動きが生じていたことに対処するものであった。

TRIAは、時限立法とされている。これまで、期限の到来時期に、規制内容の改定の上、期限の延長が行われてきた3。現在は、2015年の改定法(Terrorism Risk Insurance Program Reauthorization Act of 2015, TRIPRA 2015)による規制が、2020年末までの期間に対して、有効となっている。
 
2 “Report on the Overall Effectiveness of the Terrorism Risk Insurance Program”(Federal Insurance Office, U.S. Department of the Treasury, Jun. 2016)の内容をもとに、筆者がまとめた。
3 2005年、2007年、2015年に改定されている。
2|連邦政府は、大規模テロ損害について、損害額の一部を負担する
TRIPでは、2億ドルをトリガー額として、それを上回るテロ損害が発生した場合、損害額とトリガー額の差の80%を連邦政府が負担するとされている4。なお、損害額は、1,000億ドルを上限額としており、上限額を超えた部分については、補償されないこととなっている。

TRIPには留保額の規定がある。保険会社は、前年の保険料の20%までは、損害額の全額を負担しなくてはならない。また、その保険料の20%の負担と、損害額とトリガー額の差の20%を合計した、保険会社の負担合計が375億ドル以下の場合、連邦政府は、連邦政府負担額の140%相当額を保険料に上乗せして、契約者から回収する取扱いとなっている。保険会社の負担が375億ドルを超える場合は、回収の取扱い等は、テロの損害の規模や保険業界への影響を考慮して財務長官の裁量に委ねられる5

TRIPは、企業保険での損害保険が対象で、個人保険としての損害保険や、生命保険は対象とされていない。また、企業保険としての損害保険であっても、全てが対象となる訳ではなく、自動車保険、穀物保険、金融保証保険、洪水保険、再保険などは対象外とされている。なお、TRIPの対象となる損害保険を販売する保険会社には、併せて、テロリスク補償を提案することが強制されている。

テロリスク補償は、企業保険として損害保険の一部に組み込まれる場合と、テロリスク保険として、別途契約される場合がある。(以下、これらを併せて、「テロ保険」と呼ぶ。)
 
4 現在は、制度変更の過渡期。トリガー額は、2015年の1億ドルから2020年の2億ドルまで毎年0.2億ドルずつ引き上げられる。また、連邦政府負担割合は、2015年の85%から2020年の80%まで毎年1%ずつ引き下げられる。
5 現在は、制度変更の過渡期。375億ドル、140%は、それぞれ2015年の275億ドル、133%から徐々に引き上げられていった後の2020年の水準。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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