2018年02月23日

都道府県と市町村の連携は可能か-医療・介護の切れ目のない提供体制に向けて

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――市町村に期待されていること

次に、市町村にはどのようなことが求められているだろうか。介護・福祉分野に関する市町村の権限は1990年の老人福祉法などの制度改正、2000年の介護保険制度の導入などを経て少しずつ強化されており、住民に身近な基礎自治体として総合的な行政を展開することが求められている。

特に、介護保険について、市町村は介護保険の保険者として財政運営に責任を持っており、介護保険事業計画の策定を通じて3年間の需要予想に立ち、65歳以上被保険者(第1号被保険者)の保険料を設定している。

今回の制度改正で期待されているのは「保険者機能」の強化である。「保険者機能」とは元々、医療分野で1990年代後半から言われ始めた考え方であり、日本では専らメタボ健診の文脈でしか語られていないが、本来はレセプト(診療報酬支払明細書)の審査、適切な受診行動に向けた情報提供なども含んだ概念であり。先行研究では保険者機能を「医療制度における契約主体の1人として責任と権限の範囲内で活動できる能力」、保険者機能の発揮を「保険者が自立し、医療制度における他のプレーヤーと直接かつ対等に十分な対話ができること」と定義し、保険者が被保険者の利害を代弁しつつ、医療のアクセス改善や質・効率性の調整などに影響を及ぼすことに期待していた11

これに対し、改正介護保険法で言われている「保険者機能の強化」とは介護給付費を抑制するため、介護予防の強化を通じて要介護度の維持・改善を図ることを重視している12。さらに、要介護度を維持・改善させた市町村を財政的に優遇するインセンティブ制度が2018年度からスタートすることになっており、2018年度予算案では200億円の交付金が盛り込まれた13
 
11 山崎泰彦(2003)「保険者機能と医療制度改革」山崎泰彦・尾形裕也編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社を参照。泉田信行(2009)「保険者機能の強化について」田近栄治・尾形裕也編著『次世代医療制度改革』ミネルヴァ書房p141では保険者に期待される役割として、加入者管理や保険料の賦課・徴収、サービスに関する情報提供、適切な受診行動の奨励、医療費の審査・支払いなどを列挙しつつ、こうした日常業務から得られる情報を生かした活動を行うことこそ保険者に本質的に求められるとしている。
12 自立支援介護を巡る論点については、2017年12月20日付レポート「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か-改正法に盛り込まれた『自立支援介護』を考える」(http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57438?site=nli)を参照。
13 介護給付費の5%を充当している「調整交付金」を使う案が政府内で浮上していたが、市町村の反発に配慮して見送られた。
 

5――都道府県と市町村の連携

5――都道府県と市町村の連携

1|両者の連携が必要な分野
こうした制度改正の結果、「医療=都道府県、介護=市町村」という分担が明確になると、在宅ケアの推進に際して切れ目が発生する可能性がある。在宅ケアでは医療・介護の垣根が低く、現場では「顔の見える関係」を作るためのケース検討会や交流会が開かれるなど、専門職同士の連携を促す多職種連携の必要性が盛んに言われており、厚生労働省としても人材育成やマニュアルの整備など、医療・介護連携の深化に向けて懸命だが、こうした医療と介護の連携を自治体に当てはめると、都道府県と市町村の連携となる。

実際、厚生労働省は両者の連携を促している。2016年9月に改正された「地域における医療及び介護を総合的に確保するための基本的な方針」では、都道府県が作成する医療計画と介護保険事業支援計画、市町村が作る介護保険事業計画を連携させるよう求めており、関係者による協議の場を設置することを通じて、関係部局の相互連携や住民を含めた関係者との連携、データや目標の整合性などを図る必要性を指摘している。

しかし、こうした取り組みでは十分とは言えず、計画策定時だけでなく日常から都道府県と市町村の連携が求められる。
2|在宅医療・介護連携推進事業の実施状況と課題
さらに、厚生労働省は市町村に対して、在宅医療の推進や医療・介護連携を図る「在宅医療・介護連携推進事業」の実施を求めている。これは2015年度から始まった事業であり、介護保険財源の一部を使う「地域支援事業」の一環として市町村が実施している。具体的なメニューとしては、表3の8事業があり、2018年4月までに全ての市町村が8つの事業を全て実施することが義務付けられている。
表3:在宅医療・介護連携推進事業で求めらてれる内容
では、市町村はどのようなスタンスで臨んでいるだろうか。厚生労働省が提出した公表した資料14を基に明らかにしてみよう。データが2016年8月現在であり、最新の数字ではないことに留意する必要があるが、市町村を対象としたアンケートでは市町村が感じている課題として、ノウハウ不足(1,294団体)、 行政と関係機関の協力関係構築(1,204団体)、事業推進を担う人材確保(1,174団体)などが挙がっているほか、都道府県に対して期待する課題としては、「医師会等関係団体との調整」(1,208団体)、「広域的な医療介護連携(退院調整)に関する協議」(1,200団体)、「在宅医療・介護連携推進事業に関する研修・情報提供」(1,119団体)、「都道府県が把握している在宅医療や介護の資源に関する当該市町村のデータの提供」(1,079団体)の順となっている。

ここでは上記のデータに加えて、筆者が市町村職員から見聞きする話も含めて、浮かび上がる課題として3点を挙げる。第1に、在宅医療を含む医療提供体制に関して、市町村の取り組みが十分とは言えない可能性である。市町村が都道府県に対し、事業推進を担う人材の確保やデータの提供などを要望している点から分かる通り、ほとんどの市町村で職員の経験やスキルは現時点で十分とは言えない。医療政策を担う担当のセクションや職員を置いておらず、介護保険や健康関連の部署が併任で実施しているところも少なくないと見られる15

第2に、市町村が地域の医師会との関係構築に苦労している可能性である。市町村と地域の医師会の接点は意外と少なく、市町村から地区医師会に対し、地域・学校の健診や介護保険の要介護認定審査会で協力を依頼している程度である。しかも、複数の自治体職員から「健診などを依頼している立場なので、気を遣っている」といった声を耳にしており、市町村が地域の医師会に遠慮している様子が伺える。この点については、市町村が都道府県に望んでいる支援策のトップとして、医師会など関係団体との調整を挙げていることからも分かる。

第3に、近隣市町村同士の連携である。病床数を制限する医療計画の基準病床の設定や、地域医療構想に基づく病床再編に向けた協議は全て人口20~30万人単位の2次医療圏16で実施される。2次医療圏は多くのケースで複数の市町村にまたがっているため、ここでの協議結果を踏まえて、在宅ケアの体制整備を話し合う場合、同じ2次医療圏を構成する市町村同士の連携が必要となる17。後で述べる通り、こうした市町村同士の連絡調整を図るのは都道府県の重要な役割である。
 
14 2017年3月9日、都道府県在宅医療・介護連携担当者会議に提出された資料。ここで挙げた設問の回答数は1,741団体、いずれも複数回答可。
15 さらに、小規模市町村の場合、元々の担当職員が少ない上、近年は介護保険関係の制度改正が相次いでおり、その対応に忙殺されている可能性がある。
16 地域医療構想に基づく病床推計や病床再編に向けた調整では「構想区域」が設定されているが、ほとんどの地域で医療計画の2次医療圏と重なっており、ここでは2次医療圏に統一して議論を進める。
17 政令市の場合、同じ市の中に複数の医療圏が存在しているところもあるため、市全体の医療政策との調整が論点となる可能性がある。
3|市町村独自の取り組み
都道府県と市町村の連携を考える上で、既に市町村による独自の取り組みが進んでいる点が注目される。ここでは、市町村が医療行政に乗り出している事例をいくつか挙げよう。

まず、在宅医療・介護連携に取り組んでいる神奈川県横須賀市の事例である18。国が在宅医療・介護連携推進事業を制度化する以前の2011年度から医療・介護連携に取り組んでおり、施策は大別すると、(a)専門職の連携強化、(b)市民向け啓発――の2つであり、前者では▽多職種による合同研修会やセミナーの開催、▽市独自の「退院前カンファレンスシート」の作成、▽医療的な知識を持たないケアマネジャー(介護支援専門員)のための在宅療養セミナー、▽異なる文化の多職種が集まった際の留意点などを定めた「よこすかエチケット集」の作成――などを実施している。

さらに、後者の市民向け啓発では、▽在宅医療を実施している医療機関の公表、▽在宅ケアに向けた心構えや方法論を記した「在宅療養ガイドブック」の作成・公表、▽在宅療養に関するシンポジウムの開催――などの施策を展開しており、市役所や市医師会などの関係者が集まる「在宅療養連携会議」で議論・決定している。

さらに、東京都稲城市の事例も挙げる19。稲城市は市版地域医療構想と言うべき「市医療計画」を2016年3月に作成した。ここでは市が入手できる国民健康保険、後期高齢者のレセプトのデータを活用し、他市への患者流出入を明示したり、地域包括支援センターごとに医療・介護資源の位置情報を地図に落とし込んだりしつつ、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の現状と2025年の医療の姿を予想。さらに、市民を対象にしたアンケートに加えて、地元医師会に加入する医師にもアンケートも実施し、市民のニーズと医師との認識ギャップも浮き彫りにし、市が現時点で考える施策の方向性を「あるべき姿」という別紙で整理している。

東京都武蔵野市も2017年5月、「市地域医療構想2017」を策定した20。ここでは市内にある病院の廃止や建て替えも視野に入れつつ、医療需要や病院の現状を可視化した。その上で、2025年に向けた病院機能や救急医療体制の維持・充実、武蔵野赤十字病院の高度急性期としての機能強化、医療・介護連携、認知症ケアへの対応、人材確保といった対策を列挙している。

このほか、岡山県高梁市が市独自の医療計画を策定する動きが伝えられる21など、市町村の間に同様の動きが広がる可能性がある。言い換えると、それだけ市町村が医療行政、特に在宅医療や医療・介護連携など身近な医療分野に取り組む必要性は高まっていると言える。
 
18 詳細は横須賀市ウエブサイトに加え、『毎日新聞』2016年8月21日、2014年10月9日開催の「第2回都道府在宅医療介護連携担当者・アドバイザー合同会議」資料を参照。
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/3120/zaitaku.html
19 稲城市の医療計画は以下のウエブサイトを参照。https://www.city.inagi.tokyo.jp/shisei/keikaku_hokoku/keikaku/inagishi_iryoukeikaku.html
20 武蔵野市の地域医療構想は以下のウエブサイトを参照。
www.city.musashino.lg.jp/shisei_joho/sesaku_keikaku/kenkofukushibu/1016754.html
21 『山陽新聞』2017年8月30日。
4|都道府県独自の取り組み
さらに、在宅医療や医療・介護連携について、都道府県として市町村を支援する動きが各地に見られる。ここでは福井県、三重県を取り上げる。

福井県は全県統一の「退院支援ルール」を作成した22。退院支援ルールとは、要介護・要支援状態の患者が自宅などに退院準備する際、病院から介護支援専門員(ケアマネジャー)に着実に引き継ぐための情報共有のルールである。福井県の退院支援ルールでは病院関係者と在宅関係者が連携してルールを実践することで、在宅での生活や療養に困る患者や家族をなくす観点に立ち、ツールの末尾に担当者の氏名、連絡先、部署名の一覧表を示したり、基本的な意思疎通の流れを明示したりすることで、退院後の在宅移行支援を全県単位で進めようとしている。市町村の支援に直接的に繋がるわけではないが、市町村を含めた現場における医療・介護連携を支援する一つの試みと言える。

三重県は市町村の取り組みを可視化する「在宅医療フレームワーク」を整備しようとしている23。フレームワークは「定性的資料」「定量的資料」に分かれており、前者では相談窓口の設置、関係者で構成する地域協議体の設置、症例支援マニュアルの整備などを、後者では在宅医療を実施している医師数、医師1人当たりの在宅患者数の試算などを公表することで、在宅医療や医療・介護連携に向けた市町村の取り組みを可視化し、県として支援するとしている。

こうした取り組みは緒に就いたばかりであり、どこまで実効的になるか検証が必要だが、市町村を支援する独自の動きが都道府県に広がっていることは注目に値する。
 
22 福井県の取り組みは以下のウエブサイトに加え、『CB News』2017年10月31日、『メディ・ウオッチ』2017年3月1日を参照。
http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/kourei/taiinshien.html
23 2017年3月公表にされた三重県地域医療構想を参照した。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

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