2018年02月14日

生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

文字サイズ

2|生産緑地の貸借円滑化が求められる背景
次になぜ生産緑地の貸借円滑化が必要かを整理したい。

(1) 農業従事者の高齢化と農業後継者の不足
まず農業従事者の高齢化と後継者の問題がある。生産緑地は宅地化農地に比べ減少率は低く、都市農地の維持に効果を上げてきたと言える。しかし、2006年以降一貫して減少し続けており、2010年以降は減少幅も大きくなっている。減少分の多くは、農業従事者の死亡や故障によって農業継続できなくなり転用したものと考えられる。(図表2)
図表2 生産緑地面積の推移
図表3 年齢別基幹的農業従事者数比率の推移(東京都) 高齢化について東京都でみると、生産緑地に限ったものではないが、2015年における70歳以上の基幹的農業従事者の比率は全体の約42%を占め、60歳代も含めると約66%となる。1990年に比べ16ポイントの増加である。(図表3)
農業従事者の高齢化とともに生産緑地も徐々に失われているのである。特定生産緑地指定制度が設けられたが、10年間営農継続できるか体調を不安視して、指定をためらうケースも考えられる。しかし、後継者がいれば農地を維持できる。

農業後継者について、東京都が2016年に、都内の生産緑地を有する農家を対象に実施したアンケート調査では、既に就農している、または就農予定の後継者が「いる」との回答は、全体の35%で、「いない」は38.7%と「いる」を上回る。「未定」は26.3%である。(図表3)

地域差はあると思うが、これらの結果を見ると、農業従事者の高齢化が進む中、30年買取り申出までに後継者が定まらない農家も相当数あると予想される。あるいは農業継続を希望していても、後継者がいなければ、その先10年営農が義務となる特定生産緑地の指定を躊躇する農家がいてもおかしくない。
図表4 すでに就農している後継者または就農予定の後継者の有無(東京都)
平成3年1月1日現在の三大都市圏特定市13においては、生産緑地に相続税納税猶予制度を適用すると終身営農が義務付けられる。このため、営農困難になった時に後継者がいなければ、生産緑地を廃止し、売却して猶予税額を支払うことになる。こうした事情からあえて生産緑地に指定せず、いつでも売却可能な宅地化農地としている農家も多い。その場合の固定資産税は、賃貸住宅経営などの農外収入で賄う実態があると言われている14

後継者がいれば、このような不安定な経営をしなくてもよいのだが、いない場合、生産緑地はいずれ相続のために売却し宅地になることが前提であった。貸借して農地を維持することができ、その場合も納税猶予が認められれば、安心して営農継続することができるようになる。仕方なく宅地化農地にしている場合も、生産緑地に追加指定して安定的に営農することが選択肢になってくるだろう。
 
13 都市営農農地等に限る(東京都の場合、羽村市、あきる野市の旧五日市町を除く)
14 蔦屋栄一は「都市農業を守る -国土デザインと日本農業-」(光の家協会)で、こうした実態を指摘している。
(2) 新規就農希望者の増加
一方で、新規就農希望者は増加している。東京都内での新規就農相談を担当している、東京都農業会議15の松澤龍人さんによると、近年は毎年100人以上の新規就農希望者と面接を行っているという16

2009年に都内初の新規就農者が誕生して以降希望者が増え、2015年までの7年間に新規就農者は60人ほどとなっている17

ところが新規就農した場所は、いずれも市街化調整区域である。前述のとおり、生産緑地は事実上借りることが困難なためだ18。農業者の高齢化が進行し、後継者不足の中、せっかく新規就農希望者という都市農業の担い手が増えていても、現状では生産緑地を活用することはできない。
 
15 一般社団法人東京都農業会議(東京都渋谷区)
16 松澤龍人業務部長へのヒアリングより
17 新規就農者の集まりである「東京NEO-FARMERS!」のメンバーは農業研修中を含めると60人ほど。「東京で農業がブーム」NewsSocra (2015年7月)の松澤氏のコメントより。
18 宅地化農地は固定資産税が高額になるため新規就農者の営農は現実的ではない。
(3) 市民農園の増加
近年の都市住民の農業への関心の高まりを背景に、都市部での市民農園の開設数が伸びている。農林水産省の調べによると、2016年における全国の都市的地域における市民農園数は3,370カ所あり、2005年の2,373カ所から1,000カ所近く増加している。(図表5)

2016年の開設主体別市民農園数は、「地方公共団体」2,260カ所、「農業者」1,108カ所、「農業協同組合」526カ所、「企業・NPO等」329カ所の順で多くなっている。2005年からの推移をみると、農業者と企業・NPOの伸びが大きい。(図表6)

このように市民農園に対するニーズは高いのであるが、前述のとおり、市民農園という公益的な目的であっても、生産緑地の貸し借りは難しいのが実態である。
図表5 地域類型別市民農園開設数、開設面積推移
図表6 開設主体別市民農園数推移
Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果のレポート Topへ