2018年02月07日

まるわかり“内部留保問題”-内部留保の分析と課題解決に向けた考察

基礎研REPORT(冊子版)2月号

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1―内部留保の実像

1|内部留保は幅広く増加

企業の積み上がる内部留保に注目が集まっている。「内部留保」とは一般的に勘定科目の「利益剰余金」を指し、過去の利益の蓄積を意味するストック概念である。法人企業統計調査をもとに内部留保の動向を確認すると1、長期的に増加基調にあるが、アベノミクスが始まった2012年度を境に増勢が強まっている。直近2016年度末の残高は406兆円に達し、2012年度末からの増加額は102兆円に達している。
 
1 法人企業統計調査は、営利法人等を対象とする標本調査。資本金1,000万円未満の会社は、年度別調査では対象に含まれるが、四半期別調査では含まれない。本稿では、広範な企業の状況を確認するために年度別調査を分析対象とした。金融・保険業は自己資本規制があり、内部留保の議論になじまないため、分析対象から除いている。
図表1:利益剰余金と自己資本比率の推移
2012年度末からの増加額を企業規模別に見てみると、大企業が53兆円、中堅企業が13兆円、中小企業が36兆円となる。世間一般では、「大企業が内部留保を溜め込んでいる」というイメージが強いが、大企業のみならず中小企業でも内部留保は着実に増加している。
図表2:企業規模別 利益剰余金の推移
図表3:2016年度の損益計算書と2012年度からの変化 2|内部留保増加の要因
このように内部留保が積み上がった主因は利益の改善である。2016年度の経常利益は2012年度から27兆円増加し、過去最高を更新している。円安、原油安に加え、大企業を中心に海外子会社等からの受取配当金が増加したことなどが改善に寄与した。規模別では、大企業の増加幅が16兆円増と大きいものの、中小企業も7兆円増と明確に改善している。また、企業が生み出した価値の総額である付加価値の額で見ても、この間に全体で26兆円増加している。

一方、この間の従業員人件費の増加は大企業・中小企業ともに1兆円に過ぎず、全体でも5兆円に留まっている。つまり、付加価値の増加に対して人件費の増加を大きく抑えた結果、内部留保の原資である利益が改善した面が強い。

ちなみに、法人税や配当金の支払いによって社外流出が進んでいれば、内部留保の積み増しはその分抑制されるわけだが、法人税は税率の引き下げ等により、配当金は配当性向の低下により、それぞれ限定的な増加に留まった。

2―内部留保の活用は不十分

図表4:2016年度末の賃借対照表と2012年度末からの変化 内部留保は「内部に蓄積された過去の利益の累計額」であり、その後、様々な用途に使用されている。従って、内部留保増加によって生まれた資金が将来の収益に繋がる投資に充てられているのであれば、人件費等の抑制は成長のためのやむを得ない措置と捉えることも出来る。

そこで、2016年度末の貸借対照表を2012年度末時点と比べてみると、この間に負債・純資産サイドは、利益剰余金(102兆円増)や借入金(37兆円増)などで211兆円増加した。

この211兆円が各資産に分配されて運用されているわけだが、工場設備や店舗といった(国内)有形固定資産の増加は28兆円に留まる。増加が限定的に留まっているのは、企業の設備投資があまり活発化しなかったためだ。

一方、資産サイドで大きく増加しているのが投資有価証券だ。2012年度末から2016年度末にかけて69兆円増加しており、とりわけ大企業で45兆円増と大きく増加している。大企業は国内での設備投資を抑える一方で、高い成長が見込まれる海外で稼ぐために海外関係会社への投資や海外企業のM&Aを積極化しており、その結果、投資有価証券の残高が大きく押し上げられた。
図表5:現預金残高の推移 また、現預金の増加も目立つ。2016年度末の現預金残高は211兆円と2012年度末から43兆円増加し、過去最高を記録。月間売上高で割った手持月数も上昇を続けている。






 
図表6:企業規模別 現預金残高の推移 現預金の積み上がりは、規模を問わず見られる事象だが、近年はとりわけ中小企業で顕著だ。2012年度末から2016年度末にかけての中小企業の増加額は21兆円に達し、大企業(17兆円増)を上回る。この結果、企業全体の現預金のうち、6割弱が中小企業の保有分となっている。中小企業は経営資源の制約によって大企業に比べて海外展開が難しく、投資有価証券に資金が回りにくいため、現預金への資金滞留が起こりやすい構造になっている。

また、業種別で見ても、2012年度末から2016年度末にかけて、全35業種中30業種で現預金が増加している。基本的に、利益剰余金の増加幅が大きい業種は現預金の増加幅も大きいという関係性が確認できる。

3―内部留保増加の背景

ここまでで明らかになったことは、「内部留保の増加は人件費や配当等の抑制によって一部実現されており、さらに内部留保増加によって生まれた資金は設備投資に十分に回らず、現預金に積み上がっている」という事実だ。この現象は大企業のみならず、中小企業も含めて幅広く起こっている。 

企業がこのような後ろ向きの姿勢を取り続ける最大の理由は「成長するイメージ」を持てないためと考えられる。内閣府の企業向けアンケートによれば、わが国の今後5年間の期待実質成長率は2016年度で年1.0%に過ぎず、バブル期の約3.5%を大きく下回る。さらに、内需型産業を中心に、業界需要の期待実質成長率は、ただでさえ低い日本全体の期待成長率を下回っている。

家計の将来不安はよく言われることだが、企業でも少子高齢化に伴う人口減少や厳しい財政状況などを背景として、内需を中心とした低成長持続への懸念が根強いことがうかがわれる。そのような状況では、将来にわたってのコスト増に繋がる人件費や設備投資等の増加を抑え、危機に備えた自己資本の積み増しを優先するという行動が、企業において正当化されやすくなる。

また、近年の利益改善には大幅な円安、原油安が大きく寄与した点も影響していると考えられる。為替レートや原油相場は不安定で持続性が保証されないことから、近年の利益改善は、企業に「追い風参考記録」と捉えられている可能性が高い。追い風によってかさ上げされた利益を基に人件費や設備投資を増加させれば、将来過大な負担になりかねないという懸念が根強いことも、前向きな動きの抑制に働いていると考えられる。
図表7:企業の期待成長率

4―企業の前向きな動きを促す方策

企業の立場で考えると、資金を前向きに使えない事情も理解できる。しかし、このままだと経済の本格的な好循環は期待できない。政府は賃上げや設備投資に積極的な企業への減税を段階的に拡充しているが、最も求められるのは「企業の成長期待を高める政策」だ。企業が日本や業界の将来に自信を持てるような構造改革(少子化対策、人手不足への対応策、社会保障制度改革、財政健全化、自由貿易協定の拡大など)に加え、企業の活躍領域を広げるための規制緩和が求められる。

また、労働規制の緩和も重要だ。労働規制は従業員を守るために必要なものだが、厳しすぎたり、明瞭さに欠けていたりすれば、企業の国際競争力を削ぎ、柔軟な事業展開を阻害してしまう。また、雇用量による人件費総額の調整が難しいことが賃上げを抑制しているという面もある。

さらに生産性の持続的な向上も求められる。持続的に生産性が向上し、付加価値が増加しないと、賃上げの継続は不可能だ。政府・企業・従業員が協力して生産性を高めていく取り組みの継続が求められる。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

(2018年02月07日「基礎研マンスリー」)

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