コラム
2017年12月21日

減少するアメリカの上場企業-株式市場を敬遠する新興企業

総合政策研究部 取締役 部長 清水 勘

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(2) 新規上場に代わる投資回収手段へのシフト
上場の敷居が高くなった結果、スポンサーは他の回収手段にシフトした。図表10,11は、2010年以降のPEとVCの手段別投資回収実績を示しているが、両者ともに共通する点として新規上場よりも事業会社や他の投資ファンドへの事業(持分)売却に傾倒していることがあげられる。株高や金融緩和に支えられた企業の旺盛な事業買収意欲と、手っ取り早く投資を回収したいとする投資ファンドのニーズがマッチした結果ともいえる。準備と審査に6~9ヵ月要する新規上場に対し、企業や他の投資ファンドへの事業(持分)売却は、早くて数週間、稀に数日で即決することもあり、早期に投資を回収したい投資ファンドにとれば願ったり叶ったりというところであろう。内部統制を支える十分な組織・人材力のない未公開企業でも、大企業の傘下に入ればその為の必要なリソースとノウハウを獲得できるという見方も成り立つ。
図表10 PEの投資回収手段/図表11 VCの投資回収手段
2|未公開企業の環境変化
新規上場減少の背景には未公開企業固有の理由も存在する。それは、前述の96年施行「米国市場改革法(NSMIA)」によって、それまでは投資家保護の観点から厳しく規制8されていた未公開企業の私募資金調達が緩和されたことである。これにより、企業は一定の条件を満たせば、時間がかかり費用も高い証券取引委員会への登録をせずともより多くの資金が調達できるようになった。2012年に公表された米証券取引委員会の調査によれば、2010年の公募の資金調達が前年1.3兆ドルから1.1兆ドルに減少した一方、私募の資金調達は前年1.0兆ドルから1.4兆ドルに増加し、規模で私募が公募を追い越している。この点でも企業の新規上場ニーズをめぐる規制緩和の影響度が窺い知れよう9
 
8 ブルースカイ法(不正証券取引禁止法)
9 米証券取引委員会 “Capital raising in the U.S.: the significance of Unregistered Offerings Using the regulation D Exemption”

6――おわりに

本稿では米国株式市場や未公開企業の資本調達行動に大きな変化が起きていることを取り上げた。この変化を促したのは90年代の米資本市場改革と2000年以降の上場企業の内部統制やコンプライアンスの強化である。特に後者により未公開企業の新規上場がより困難となったが、同時に内部統制不備による不正の結果、企業の事業継続が困難になったり、或いはそれが原因で投資家が損害を被ったりするようなリスクも減ったのである。

その過程で米国の株式市場の上場企業数も減少したが、それ自体が市場の衰退を意味するものではない。既述の通り、上場企業を中心とする大企業は未公開企業の買収を積極的に展開し事業を拡大させている。図表1で上場企業数が減少してもなお株式市場の時価総額が伸びていることは、そのことを如実に表している。

一方で、米国の起業精神はますます健在で企業数も着実に伸びている。株式市場の間口が狭くなったこともあり未公開企業は増加傾向にあり、その中には脚光を浴びるビジネスも数多存在する。

かつては一般の株式投資家でも成長著しい新興企業の新規上場株に投資する機会がふんだんにあった。ポートフォリオに新規上場株を組み入れたかどうかで運用の優劣が決まることもあった。しかし、近年になり未公開企業が株式市場をバイパスするようになり、その投資機会は一般の株式投資家から投資ファンドに移っている。従って、将来を見据えて有望な新興企業の成長機会を享受したいのであれば、新たな投資先としてPEやVC等の投資ファンドを組み入れることも選択肢のひとつと言えよう。

企業の資本調達行動が変われば、投資家の投資行動も自ずと変わる。未公開企業の新規上場が見込みにくい今、投資家はこれまでにない領域にまでその投資の裾野を広げることが求められているのかもしれない。
 

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総合政策研究部   取締役 部長

清水 勘 (しみず かん)

研究・専門分野
経済政策研究担当

(2017年12月21日「研究員の眼」)

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