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地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(2)-「脱中央集権化」から考える合意形成の重要性
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
5――地域医療構想への応用
まず、(1)のケアの統合である。在宅ケアでは医療・介護連携を含めて、患者の生活を切れ目なく支える提供体制が必要であり、その論点や関係者は医療に限らない。地域医療構想の推進に際して、都道府県は医療部局と介護・福祉部局の連携を密にするのはもちろん、地元医師会や医療機関関係者との連携・協力が欠かせない。
冒頭で触れた通り、日本の提供体制は民間主体であり、都道府県に強制力はほとんどない。地域医療構想に定められた病床数についても、将来像を示しているとはいえ、これを絶対の数値目標と位置付けることはできない。むしろ、必要病床数は厚生労働省令に基づく一つの試算に過ぎないとの認識に立ち、合意形成に力点を置く方が望ましい。
さらに、切れ目のない提供体制の構築を図る上では医療関係者だけでなく、介護・福祉関係者との連携が重要になるほか、介護保険の財政運営や福祉行政を担う市町村との関係強化も課題である。つまり、都道府県が地域医療構想を策定しただけでは何の実効性も伴わない上、住民の生活にとっては医療だけで完結しても意味も持たないことを認識する必要がある。
次に、(2)のヘルスケア領域を超えた部門の連携である。その一例として、住宅行政を考えよう。住宅行政と医療・介護行政の連携を国レベルで強化しようとした場合、前者は国土交通省、後者は厚生労働省が所管しており、連携には限界がある12。
しかし、地域医療構想で言う在宅医療には自宅での医療提供に加えて、介護施設や高齢者住宅も対象としており、病床削減が進んだ場合、高齢者住宅は一つの受け皿となる。もし都道府県や市町村が住宅行政とのリンクを想定しなければ、受け皿の選択肢が減ることになる。
さらに、地域特性も考慮する必要がある。訪問診療や訪問介護の場合、医療機関から自宅までの移動時間が長くなると、採算が悪化することになる。そこで人口密度が希薄な過疎地や山間地、冬場の移動が困難な豪雪地帯の場合、専門職が利用者の自宅と事業所を往来する都会型の在宅ケアは現実的と言えないため、高齢者住宅などの受け皿整備を考える必要が出て来る。
実際、北海道の地域医療構想は住まいに着目しており、国民健康保険病院の3階部分を改修してサービス付き高齢者向け住宅に転用した奈井江町などの取り組みを紹介しつつ、集住の選択肢を含めた居住環境を確保する重要性を強調した。こうした形で国の縦割りを超えて他分野と連携できるのは現場に近い自治体の強みである。
12 それでも近年は連携の強化が図られており、面積など一定の要件を満たしつつ安否確認や生活相談などを提供する「サービス付き高齢者向け住宅」は国土交通省、厚生労働省の共管となっている。さらに、両省の情報共有や協議を図る場として、関係職員で構成する「福祉・住宅行政の連携強化のための連絡協議会」が2016年12月に設置されている。
最後に、(3)の住民を含めた幅広い関係者の参加である。医療政策での「住民」とは医療サービスを利用する患者、費用を負担する納税者、被保険者など様々な側面があるが、ここでは患者に限定して考えよう。
医療の場合、患者―医師の間では情報格差が大きく、患者はニーズの発生も予想できないため、(1)選択を求められていることや選択の余地があることが不明確、(2)決断を下すのは誰かあいまいにされている、(3)判断に関係する情報が医師によってコントロールされている―などの理由で、患者が治療方法を選ぶことが難しいとされてきた13。
しかし、以前に比べると、患者―医師の情報格差は改善している。第1に、情報通信技術の発達を受けて、患者が様々な医療情報に触れる機会が増えた。第2に、公衆衛生の発達や栄養環境の改善、人口高齢化を受けた疾病構造の変化である。具体的には、感染症対策や急性期疾患に対するニーズが減った一方、生活習慣病など慢性疾患の患者が増加したことが挙げられる。この結果、急性期疾患の場合、患者が病気になった瞬間、治療方針を決定しにくいが、慢性疾患は完全な回復が難しく、患者は病気と向き合い、生活に照らし合わせて治療法を選択することが必要となり、個人にとって健康は単に「病気のない状態」ではなく、「各個人が自分のためにたてた目標に到達にいちばん適した状態」となった14。言い換えると、「病気と折り合いを付けつつ、どう生きるか」が求められるため、治療を受けない選択も含め、患者が治療方針を自己決定できる余地は以前よりも大きくなっている。
こうした中で、患者と医師の関係性は変容を迫られる。医師などの専門職が治療方針やケアの内容を一方的に決定するのではなく、素人である患者の経験などをベースにしつつ、患者と専門職が生活やニーズに沿って治療方針やケアの内容を決定することが必要になる15。いわば素人である患者の経験や語りが重要性を帯びると言える16。
13 George J. Annas(1989)“The Rights of Patients”[上原鳴夫・赤津晴子訳(1992)『患者の権利』日本評論社]。さらに、医療社会学の領域では情報の非対称性が大きい点などに着目し、絶対的な権限を持つ医師が患者を統制する「専門家支配」や医療化、医原病の危険性が指摘されてきた。 Ivan Illich(1976)“Limits to medicine”[金子嗣郎訳(1979)『脱病院化社会』晶文社]を参照。
14 Rene Dubos(1959)“Mirage of Health”[田多井吉之介(1977)『健康という幻想』紀伊國屋書店]pp208-210。
15 このプロセスは「意思決定支援(shared decision making)」と呼ばれる。
16 医療人類学の領域でも患者の訴えや語りが重視されている。Arthur Kleinman、江口重幸、皆藤章編監訳(2015)『ケアすることの意味』誠信書房、Arthur Kleinman(1988)“The Illness Narratives”[江口重幸・五木田紳・上野豪志訳(1996)『病の語り』誠信書房]を参照。
6――地方分権改革との親和性
しかし、医療・介護に関して自治体側は忌避してきた経緯がある。具体的には、三位一体改革で全国知事会など地方六団体が補助金改革案を作成した際、高齢化で負担が増えると目されていた医療・介護分野は避けられた。
その意味では、これまでとは全く異なる文脈、しかも地方側が望んでいなかった医療(及び介護)分野で地方分権改革の趣旨が問われるのは皮肉な結果と言えるかもしれない。
さらに、行政学の文脈で考えると、地方分権改革は都道府県という統治機構の権力を強化することにとどまらない。一般的に行政学では「地方自治」を「団体自治」と「住民自治」に区分しており、前者は「自治体の自律的領域(の拡充)」を目指す自治体に対する権限移譲であり、「国から自治体に多くの権限を移譲することによって自治体の仕事の範囲を広げ仕事量を増やすこと」「自治体による事務事業執行に対する国の統制を緩和すること」、後者は「住民が自治体の運営に日常的に参加し、住民の総意に基づいて自治体政策が形成・執行されるように仕組みを変革していくこと」とされている17。
これを地域医療構想に当てはめると、地域の課題を地域で解決することを目指し、都道府県知事の裁量と責任を拡大した点は医療行政に関する都道府県の団体自治の強化と言えるが、団体自治と住民自治の考え方に沿うと、地域の提供体制について、住民を含めて幅広い意見が反映されるシステムにしなければ、団体自治は積極的な意味を持たないことになる。
確かに地域医療構想の推進では、最終的に民間医療機関の経営判断に関わる部分が大きくなるため、住民の意向だけで提供体制を左右できないのは事実だが、調整会議への住民代表の参加や住民向け説明会の開催、住民や現場の専門職を交えた小規模なワークショップの開催、調整会議の議事・資料公開などを通じて、きめ細かく住民の意見を聴取したり、情報共有したりする地道な取り組みが求められる。
先に触れた脱中央集権化のメリットに照らすと、移譲された権限や責任を活用しつつ、自治体が住民を含めた幅広い関係者の参加を進めなければ、自治体に移譲された権限や責任は「無用の長物」と化す。
17 西尾勝(2007)『地方分権改革』東京大学出版会pp241-253。
7――おわりに~医療計画創設時点の論議から考える~
実は、こうした合意形成の重要性については、1985年度に医療計画制度が創設された当時でも論じられていた。主に行政担当者向けに出版された書籍では、「(筆者注:日本の医療制度は民間が大半を占めているため、医療計画は)関係者の合意した努力目標に近い性格をもつ。良い計画に近づけ、実行し、評価していくには、関係者の主体的な参加が必要条件となる」と指摘されている18。さらに、当時の日本医師会長の書籍でも「医療計画は都道府県の医師会が自主的に行政と協議のうえでつくっていくべき」との記述がある19。
日本の医療提供体制が民間主導である以上、この点は時代を超えても変わらない論点である。地域の合意形成に向けた都道府県の積極的な対応を期待したい。
第3回は「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)をキーワードにして、地域医療構想の推進に関する都道府県のあるべきスタンスを考察したい。
18 郡司篤晃監修(1987)『保健医療計画ハンドブック』第一法規pp9-10。
19 羽田春冤(1987)『現代の医療』ベクトル・コアpp72-73。
(2017年11月28日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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